Jo Kanamori / 金森穣

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Jo Kanamori / 金森穣
@jokanamori
舞踊家 / 演出振付家 / Noism Company Niigata / gluten-free グルテンフリー /インスタ個人instagram.com/jo_kanamori /インスタ夫婦 instagram.com/jokanamori_saw
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初の書籍『闘う舞踊団』の予約開始しました。御大には「40代には本を出しなさい」と言われてきたので、ギリギリ間に合いました。インタビューをもとにしていますが、ほぼ書き下ろし。回顧録ではありますが、私の劇場文化論と舞踊論も記してあります。読んで頂ければ幸いです。
【報告】この度、紫綬褒章を賜る事となりました。青天の霹靂とはまさにこの事。まだまだ道半ば、反省ばかりの日々ですが、許されるのなら、これからもここ新潟から、舞踊家として、世界に向けた活動を続けて行きたいと思います。それが新潟の、そしてこの国の、芸術文化の発展に寄与することを願って。
舞踊家たちへ。生活(将来)が心配でも、部屋が狭くても、1日2時間でいい、自分の身体に集中しよう。呼吸を意識し、四肢を連動させ、骨を回し、腱を伸ばし、筋肉を刺激しよう。舞台がなくてもリハがなくても、この状況がいつまで続くかわからなくても、諦めないで稽古を続けよう。舞踊家である為に。
若き舞踊家へ。1日1時間でいい。30分でもいい。苦手なこと、知らないこと、興味が湧かないことに、敢えて取り組んだ方がいい。苦手な本を読み、知らないドラマや映画を見て、聴いたことない音楽を聴くこと。続けていれば必ず発見があるし、それが君の感性、感覚、実演に、活かされる日が必ず来るから。
舞台芸術の本質は“消えて無くなる”ことにある。表現は今という瞬間に立ち現れ、次の瞬間には消え失せている。それはある種の現象とも言える。後に残るのは、その現象を目の当たりにした観客の記憶(作品)だけである。だからこそ舞踊家の命題は、その身をいかに舞台(観客の記憶)に彫刻するかなのだ。
踊りをするならバレエを習った方がいい。これは昭和の時代によく聞いた言葉。JAZZであれModernであれ、踊りには基礎が必要で、その基礎がバレエにあるという。でもここが重要。バレエ“が”基礎ではなくて、バレエ“に”基礎がある。課題はバレエの中に同時代舞踊にも応用可能な基礎を見出すことだと思う。
気持ちで踊るなと言われ、気持ちが足りないと言われ、技術を磨けと言われ、技術を見せるなと言われ、考えが足りないと言われ、考え過ぎだと言われ、意識しろと言われ、意識するなと言われ、解らないと言うと、解ろうとするなと言われる。その先にある3つのムイ(無為/無意/無畏)で、舞踊に出会う。
キエフ・・・。バレエに携わっていれば、あるいはファン(観客)であれば、誰もが心を痛めていると思う。バレエ史に燦然と輝く舞踊家を数多く輩出し、現ロシアバレエを支えている人材も数多く輩出しているのに・・・政治と芸術は違う。でも無縁でいられるはずもない。今はただ、1日も早い終戦を願う。
素直に。チケットが売れてない・・・このご時世に劇場への足が遠のく事、再演には客足が伸びない事も分かっているけれど、2度とはない2021年夏の実演。新作を見て欲しいのは勿論だけれど、自信作、しかも今回は4つの自信作。一人でも多くの方に観て欲しい・・・後悔はさせません!お待ちしております!
バレエのコンクールで審査員に「才能ないからやめたほうがいい」と言われ、留学先では授業にもついていけない劣等生だったし、振付コンクールに出品すれば予選落ち。悔しくて稽古をし、諦めきれずに創作を続け、今もまだそれを続けている。もっと上手くなりたい。もっといい作品を創りたい。それだけ。
結婚記念日。早くも15周年。月日が過ぎるのは早い。今もこうして二人して、踊り続けているとは想像もしていなかった。きっとこれからも、想像もしていないことが起きるんだと思う。それでも二人で力を合わせて、乗り越えていけたら嬉しく思う。それがこの国の、劇場文化のためになるなら嬉しく思う。
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「顔で踊るな」。これは表現と呼ばれる全身的(空間的)営みを、顔に集約させてしまうことを戒める言葉。映像表現ならいざ知らず、舞台芸術におけるそれは本質を欠くわけで、仮面劇の真髄にその証左はある。面の表情が身体を規定するのではなく、身体の表情によって面に表現を与えること。それが至芸。
30代の舞踊家達へ。20代の無理が身体に蓄積され、思うように踊れない事が増えたでしょう。積み重ねた経験が教養に変わり、表現できる事が増えたでしょう。競技者としてのシンドさと、表現者としての充実感を天秤にかけ、進退に迷っていることでしょう。それでも40代、まだまだ新たな発見がありますよ。
恩師、牧阿佐美先生が逝去されました。今私がこうしてあるのは、全て30年前のあの日、私をベジャールさんの元へ送り出して(その縁を繋いで)くれた、阿佐美先生のおかげです。作品/実演/教え子の舞踊道を、もっともっと観ていて欲しかった。これからも精進します。心からの感謝を、胸に抱きながら。
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【情報解禁】今年秋、東京バレエ団にて新作を発表します。17年前にNoismを立ち上げて以来、初めて他の舞踊団に振付することになります。慣れない創作環境、初めて対峙する舞踊家たち。不安が無いといえば嘘になりますが、それを上回るほど、今はそこから生まれる作品、そして自分に期待しています!
目をかけてもらって成長するのは当たり前。放っておかれて成長するのは努力。注目されていないと努力しない子はこの道に向いてない。舞踊家人生で注目されている時なんて、あって2、3割が普通。それ以外の7割を、いかに自分を律し、鼓舞し、忍従できるかが課題です。その姿を見ている人は必ずいる。
真赤なドレスに身を包んだ先生に、お別れしてきました。32年前、私を先生の元へ送り出してくれた父と共に。毎日通った中野駅からバレエ団への道を歩いて。当時お世話になった先生方や先輩方にもお会いして、一つの円環が閉じる思いでした。140字で足りるはずのない想いは、後日ブログにアップします。
東京バレエ団の飯田宗孝さんが亡くなられた。もう舞台には立っていないからと、断る飯田さんに翁を踊って欲しいと懇願したのは、飯田さんの眼差し、その背中から、舞踊への尽き果てぬ愛、舞台への夢が滲み出ていたから。舞台人の生き様、カーテンコールの笑顔、忘れません。本当に有難うございました。
踊りながら目の色が変わらない舞踊家がいる。踊りながら様々な方向も見ているし、一緒に踊る相手の目も見ている。けれど、目の色が変わらない。要するに心が変わらない。こればかりはどのように指摘しても、他人には変えられない。身体の動かし方(技術)は伝えられても、心の動かし方は伝えられない。
【Noismを応援頂いている皆様へ】市からの提案以降内部調整を続け、本日会見にて2022年までの活動継続を発表致しました。提示された課題に真摯に向き合い、取り組み、支配人始め劇場職員と連携し、官民の理解と協力を仰ぎながら、これからも精進して参ります。今後とも応援の程宜しくお願い致します。
もう一度見られる、もう一度聞ける、もう一度会える、もう一度、もう一度。その安心、保証、気の緩みから、私たちの体験はどれほど多くのものを失っているだろうか。もう二度と見られない。もう二度と聞けない。もう二度と会えない。そうやって生きていくことは疲れるけれど、そこに大事なものがある。
言われたことをやるのは努力。言われなくてもやるのは気持ち。言われたこと以上のことをやるのは才能。結局その全てがなければ大成しないと思う。しかし最終的には本人が何を大成と考えるか、どこまでを望むのか。望むためには見えなければ。理想の踊り、目指す自分が見える(想像できる)ことが大事。
バレエダンサーがコンテンポラリーを踊ると動きが硬いと言われる。コンテンポラリーダンサーは形が取れないと言われる。要するに古典=ポジション、コンテンポラリー=ムーブメントが基準に語られている。でもこんなジャンル論、技術論は無意味だと思う。私達が21世紀の舞踊を求めているのであれば。
バレエには幾つかのポジションがある。というよりバレエはポジションの芸術である。しかしそのポジションはよく誤解されるように外形的なものではなく、医学的研究に基づいた腱や筋肉の適切な働きによる骨のポジショニングのこと。だからバレエは、極めて高度な集中を要する、内在的芸術なのだと思う。
最近、舞踊家に最も必要なのは胆力なんじゃないかと思う。負けず嫌いのように対象がある意志の強さではなく、長い年月を費やす稽古に必要な忍耐力や、妬みや嫉妬、あるいは批判すらも受け流す鈍感力でもない。その全てを一身に背負い、動じる事なく己と向き合い続けることが出来る、胆力なんだと思う。
上手いけれど面白くない舞踊家というのがいる。踊りが安定しているので安心して見ていられるのだが、面白くない。それは安定や安心と面白さが相入れないこと、そして上手さが必ずしも面白さに繋がらないことも示している。舞踊家自身が面白がっていない踊り、遊びのない踊りは見ていて面白くないのだ。
【お願い】応援してください、Noismのことを。共有してください、劇場文化の課題を。寄り添ってください、未知の旅路に。信じてください、未来の舞踊家のために。夢見てください、100年前の先達が夢見たように。願っています、100年経ったらまた会うことを。消え逝く定めを背負う舞踊家として。
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Noism Company Niigata(ノイズム)
@NoismPR
【Noism活動支援について】Noismでは2010年からNoism活動支援会員制度を設け、皆様からのご協力を募ってきました。今あらためて、15年目以降の活動、そしてその先の100年を見つめ、『100年後のその先まで続く文化』を創造する我々の活動にご賛同いただける方を求めています。 noism.jp/support/
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【報告】佐和子が第71回芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞致しました!芸術監督として誇らしく、演出振付家として感慨深く、同志として最高に嬉しいです!彼女の17年の闘いを隣で見て来た伴侶としては、言葉もありません。新潟発の日本を代表する舞踊家となった佐和子の、これからが楽しみでなりません!
コンテだから「身体硬くても大丈夫」「足先伸びなくても大丈夫」「太ってても大丈夫」「始めたのが遅くても、バレエができなくても大丈夫」。確かにそれでも優れた舞踊家はいる。でも彼らは「大丈夫」だったのではなく、コンプレックスと戦い、慣習を打ち破り、自らの才能を立証してきたのだと思うよ。
音楽にはメロディーとリズムがある。メロディーは空間に、リズムは大地にある。そこに舞踊の身体性の鍵がある。空間を動かすことで旋律を生み、大地を踏みしめることで拍を生む。舞は上半身に、踊は下半身にある。例え無音で舞い踊っていても、そこに音楽が聞こえるような(見えるような)舞踊が至高。
【報告】横浜DDDにて小林十市さんに振付することになりました!十市さんからのお声がけに即答で是非!同じ舞台に立つのは28年ぶり(ヒヨッコ学生とプロでしたが^^;)、振付するのはもちろん初めて。当然MrBに想いを馳せつつ、21世紀の、Noismと小林十市の邂逅を作品化できればと、妄想膨らませています!
50歳になりました。29歳の時にここ新潟に来て、30代、40代と、20年の月日を駆け抜けました。そして今日から50代。また新たな旅が始まります。現在に感謝して、過去を信じて、未来に挑みます。誰も歩んだことのないこの道を、一回性のこの人生を、やり切ったと思えるほどに駆け抜けたい。舞踊家として。
【ご報告】この度、第42回橘秋子賞を受賞致しました。亡き恩師の母君であり、日本バレエの礎を築かれた偉大なる先人の名を冠した賞を頂けたことは、誠に光栄なことであります。選考委員の先生方、誠に有難うございました。これからも驕る事なく、より一層精進して参りますので、宜しくお願い致します。
現状報告。市から方針報告受けました。劇場(財団)からも受けました。まだ何も決まっていません。各所(勿論私側にも)においてまだまだ熟慮が必要です。それが如何なる結果になろうと、17年間注いできた情熱、世界に発信する、新潟独自の文化であるNoismが受け継がれていく為に、最善を尽くします。
舞踊家に必要な才能は数々あるけれど、一際必要なのは審美眼である。憧れの舞踊家や先輩の踊りの何が、どのように自分と違い、なぜ美しいのかを見極める能力。この能力無くして成長は見込めない。ましてプロになった後には、自助努力こそが実演の質を決める。そこに志が問われる事は、言うまでもない。
欧州に出て一番自己変革を強いられたのは、自分の意見を言うこと。そして気付いた。自分には意見が無いことに。言葉の壁や、発言する勇気や、経験が無いのが問題ではなく、言うべき意見が無いことに。あの衝撃は今でも忘れない。大事なのは、意見を言うことではなく、自分の意見を持つ事。自問する事。
芸術選奨・贈呈式。永田町の都市センターホテル・コスモスホールで開催されました!感染防止対策で選考委員の方々、そして推薦人の方々が来場されなかったのでご挨拶できずに残念。それでも、昨年は開催されなかったことを考えれば有難いこと。佐和子の晴れの舞台を見られて良かった。おめでとう!!!
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孤独に耐える力。これは舞踊家のキャリアにおいて最も必要な力だと思う。友達と配役を巡って競い合ったり、恋人と共に契約を得られなかったり、同僚から疎まれたり妬まれたり。けれど大事なのはそれでも尚、心を閉ざすことなく、他者から影響を受け、与える存在であり続けること。愛を抱き続けること。
「コンテンポラリー“なら”出来る」。これは現代の若い舞踊家の間で意識無意識に蔓延している判断基準だと思う。特定の基礎を習得、あるいは実践できなくても、“自由な”同時代表現なら出来ると本気で思っているのだろうか。同時代的である為には前時代の基礎、その歴史的、身体的教養が必要なのですよ?
どれだけの批判を浴びても、どれだけの困難を乗り越えても、どれだけ稽古を重ねても、どれだけ自信作が生まれたとしても、観てもらわなければ意味がない。劇場に足を運んで頂かなければ、そこ(客席)にいて頂かなければ届けられない。挑戦を恐れず己の芸術を追求しつつ、集客できる芸術家でありたい。
紫綬褒章受章に際して思う事。それは他の芸術文化の受章者に比して、歴代舞踊家の受章が早い(若い)という事。そこには舞踊芸術(主にバレエやダンス)活動における齢の問題があるのかな。個人的にはまだこれからだと思っているけれど、この年齢で頂けて、父と母の喜ぶ姿が見られて、嬉しい限りです。
SWAN MAGAZINに若かりし頃の写真が掲載された。15歳の時に、牧阿佐美バレエ団の「くるみ割り人形」でフリッツを演じた時のもの。発育が遅かったことは自他共に認めるけれど、流石に幼くないか?勿論バレエメイクはあるけれど(苦笑)。あれから32年、こうして現役でいることこそが恩師への恩返しかな。
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支援会員の申し込みがあった。その子は小学生の頃からNoismの舞台を見続けていて、いつか社会人になったら自分も支援会員に申し込もうと思っていたという。そして18年。その子は成人して支援会員になってくれた。これは18年前に渡来の舞踊家が抱いた夢の話ではなく、18年の時を経て実現した新潟の話。
プロの条件。1 見巧者の評価を得る事。身内や友人の評価に甘んじているうちは素人。2 どう踊りたいかの意志を持つ事。振付家や先生の指示に従っているだけでは生徒。3 偉大な先人と勝負する事。同僚や同時代の人と勝負するのは当然。4 異分野のプロを感動させる事。プロにプロと言わせるのがプロ。
【無料配信】国際交流基金のオンライン配信事業「STAGE BEYOND BORDERS」で、Noismの『春の祭典』と『残影の庭』が無料配信されることになりました!海外に持っていくならこの2つ。いずれ世界で上演できれば嬉しい。でもまずは映像で。明後日3月20から来年の10月23日まで無料で観られますので、是非!
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今回の協議で私が最もショックを受けたのは、17年経っても新潟市が、私が辞める=Noismも無くなる(持っていかれる)と考えていたことでした。それは私が提唱する劇場文化100年構想が理解されていなかったということです。自らの力不足を痛感しながら、私にはまだやるべきことがある。そう思いました。
舞踊がなくても人は生きていける。踊らなくても、踊りを観なくても、人は生きていける。それでも生や死や愛、自我や他者や人間について問わずに生きていける人は一人もいないでしょう。その問いに身を以て挑む者、その問いへの非言語的解答を、その身を以て表現する者、それが舞踊家なのだと思います。
49歳になりました。新潟に来たのは29歳の時。あっという間の20年でした。40代最後の年。Noismの20周年と合わせて悔いのないように、まだまだ走ります。まだ走れるから。まだ走りたいから。その先に何が待っているか。ドキドキワクワクしていたい。もう少しだけ、自分勝手に走っていたい。感謝と共に。
「ダンサーとは職業の名詞ではなく、生き方の形容詞である」。これは昨年ある映画のために書いたコメントだが、ここ数日この言葉が身に染みる。公演期間が終わった後の、存在理由を失ったようなこの虚無感は筆舌に尽くし難い。そしてまた、再び日々の稽古に勤しむのだ。生きていることを確認する為に。
違いが分かること。これは芸の習熟に欠かせない大事なことだ。違いが分かるということは、見る力があるということであり、見えれば真似することも、学ぶこともできる。見えない子に、違いを言葉で説明するのは難しい。だからひたすら見ること。見る力をつけること。これが最も大事な教育だと思います。
海外からのオーディション希望(男性)が後を絶たない。3月にはアメリカ人とポーランド人が来新する。2人とも現在は日本に語学留学中だが、先日はオーストラリア在住の舞踊家からも打診が来た。諸外国の舞踊家にとって”新潟のNoism”が所属したい舞踊団として認知され始めたことは、嬉しいことである。
川縁でランニング中の男性が横を通り過ぎる。数秒後男性が戻ってきて「先月の舞台拝見しました!素晴らしかったです!応援しています!」娘さんがダンス部に入ったのをきっかけに初めて観に来たという。そして笑顔で走っていった。真冬、小雨の中ランニングする人に応援されたら、頑張るしかないよね。
首について1。日本舞踊でもクラシックバレエでも、首は姿形の美しさの要諦とされる。浮世絵の美人画やルネッサンスの肖像画を見ても歴然としている。だから首は長いに越したことはないけれど、短くてもその使い方で美しく見せられる。裏を返すと、例え長い首を持っていても使えていなければ持ち腐れ。
お金を払って舞踊をするのは趣味だ。お金をもらって舞踊をするのは仕事だ。趣味に否定は不要だけれど仕事に否定は付き物だ。だから否定されるのが嫌なら、舞踊を仕事にしない方がいい。好きだから続けるのは趣味だ。やりがいを見つけるのが仕事だ。だから好きなだけなら、舞踊を仕事にしない方がいい。
ある日、某大学から舞踊科講師着任の依頼を受ける。理事が新潟までいらしたので「なぜ私であり、なぜ舞踊なのですか?」と聞く。すると「あなたが著名だからであり、舞踊には何の興味もありません。私達は生徒が集まればいい。あなたは幾ら欲しいんですか?」「どうぞお帰りください」。これが現実。
若き舞踊家へ。「好きで始めたんだから、頑張ってきたんだから、応援してもらっているんだから、指導してもらっているんだから、選ばれたんだから、他にやりたいことはないんだから、他には何もできないんだから、まだ好きなんだから、」”だから”で踊ると”だから”と伝わる。それが舞踊というものです。