AERA 2025年9月8日号より
AERA 2025年9月8日号より

複雑性PTSDの発症も、理解されない虐待の後遺症

 なぜ、子ども時代の逆境がこれほどまでに深い影響を与えるのか。

 三谷准教授は(1)ストレス反応、(2)脳への影響、(3)遺伝子への影響──この三つの要因があると説明する。

「まず、慢性的なストレスにさらされることで、コルチゾールなどストレスホルモンの分泌が過剰になったり、逆にうまく機能しなくなったりします。これが免疫系に影響を与え、様々な病気を引き起こす可能性があります」

 脳への影響は、暴力や暴言、DVの目撃などによって、脳の前頭前野や海馬の萎縮、聴覚野の肥大など構造的な変化が起きる。これにより、衝動性のコントロールや情報処理などに支障が生じることがあると言う。

「そして、虐待やネグレクトを経験した人の遺伝子領域で、本来は機能しなければいけない特定の遺伝子の発現が『オフ』になることが分かっています」

 さらに、ACEスコアが高い人ほど、感情をコントロールできなかったりネガティブな自己概念などを伴う「複雑性PTSD」を引き起こすことがあると三谷准教授。

「複雑性PTSDの根底には、愛着障害があると考えられています。ACEを経験した子どもの多くは、信頼できる親など養育者の不在により、安定的な愛着関係を築くことができません。心の拠り所となる『安全基地』がないため、自尊心や自信を持ちづらく、対人関係に困難も生じやすいと考えられています」

 幼少期の逆境体験が大人になっても続く苦しみを生み出している現状に、社会全体で向き合うことが急務だ。ACEサバイバーが生きやすい社会にするためには、何が必要か。

「まずは、国による経済的保障が必要です」

 そう話すのは、自身もACEサバイバーである羽馬(はば)千恵さん(42)だ。子ども期に母親から心理的虐待、継父からDVや性的虐待などを受け続け、30代半ばで複雑性PTSDと診断された。大学卒業後は公務員として働いていたが、人間関係がうまくいかず退職。今は農業で生活しているが、生活は決して楽ではない。

「ACEサバイバーの多くは働くのが困難で、生きていくのは難しい状態にあります。けれど、医療費が高額で、日本ではPTSDの治療は保険適用になっていないものもあります。生活保護はバッシングが強いので、どうしても受けることをためらいます。国は、病状が悪化している時は働かなくても済むようにするなど、経済的な基盤を最低限保障してほしいです」

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