嫉妬の対価 ⑪
加減も容赦もするはずがない、全力を込めて撃った。
ワタシは強い、負けるはずがない、間違えるはずがない。 ワタシの針に貫けないものなんてない。
―――しかし穿たれた針弾は、立ちふさがるクマの胴体にズブズブ沈みこんで、風穴を空ける事も出来なかった。
「な、んで―――ブギュッ!?」
『ク゛ マ゛ ァ゛ 』
綿の詰まった腹でワタシの針を受け止めたクマは、一瞬も怯むことなくその巨大なツメを振り下ろす。
布と綿で構成されているとは思えない質量は、ワタシを押し潰すには十分すぎた。
抵抗しようともがくワタシの手は、柔らかいクマの腕に埋まるばかりでまるで持ち上がらない。
『ク゛マ゛、ク゛マ゛ァ゛、ク゛ マ゛ ァ゛!!』
「っ、ぐ……調子にィ……乗るなァ!!!」
何度も何度も振り下ろされるツメに向かい、再度装填された針を撃ち込んだ。
威力を殺されたツメがかち上げられ、クマがよろめいた隙に素早く離脱する。
デカくなったとはいえ所詮ぬいぐるみ、ワタシの外皮を砕くには程遠いが何度も押し潰されるのは不愉快極まりない。
「その四肢引きちぎってェ、ズッタズタに引き裂いてやるわ!!」
「やめろよ、一応あいつの私物なんだよ」
「…………あ?」
無様に転がって逃げたワタシの目の前に待っていたのは、箒女が構えた銃の切っ先だった。
「最初の弾幕喰らった時、お前自分の顔を庇ってたよな?」
容赦なく引き金を引かれた銃が火を噴き、吐き出された弾丸がワタシの眼を抉る。
焼けるような熱を持ち、視界の半分が闇に染まる。
耐えがたい痛みに喉から絞り出た絶叫があまりにも耳障りで、それが自分の声だと気づくのは少し遅れてからだった。
「――――――z____ッ゛!!!?!!?!!」
「知能が高いってのも考え物だな。 痛みを恐れるし、腹芸が出来なきゃこうやって急所を晒す」
クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソ。 何すましてんだ、お前だって死にかけてたくせに。
一発だ、一発で良い。 もう一度毒さえ撃ち込めばお前たちなんて……
…………お前たち?
「……アハ、アハハハハ!! 気づいた、気づいちゃったァ!! お前ェ、そっちのガキは仲間よねェ!?」
折りたたんでいた翅を展開し、魔法少女共と距離を取る。
生意気な箒女はともかく、腕に抱えられた外国かぶれは完全に無防備だ。
あいつを狙えば箒女は庇わざるを得ない、毒を喰らえない状況で一体どれだけ仲間の事を思いやれるだろうか。
「まずはその間抜けにも眠っている馬鹿から殺して―――」
「なら、これだ」
「――――はっ?」
飛翔するワタシの横を抜け、頭上まで投擲されたのは小さな果実のような鉄塊。
脳裏を過ぎったのは初めに喰らった眼を焼くほどの閃光、思わず残った眼を片手でかばう。
しかし、そんなワタシの予想に反して眼前の爆弾は鉄片を内包した爆風をまき散らした。
ただの爆発ならなんてことはない……しかし、爆風の勢いが尋常じゃない。
爆弾のサイズに見合わない風圧、嵐のような風が空を飛ぶワタシの身体を再び地上へと叩き落す。
不味い、抵抗すらできない。 地上では当然あいつが待ち構えているというのに。
「結構出費も嵩んだが傷もなしか、強度だけは確かに脅威だな」
「ク、ソ……ガキィ!!」
墜落する先では、ご丁寧に並べられた機銃が一斉に唸りを上げる。
薬莢を吐き捨てながら、絶え間なく撃ち込まれる弾丸がワタシの羽をずたずたに引き裂く。
そして二度と飛べなくなった無様な翅を散らしながら、ワタシの身体は再び瓦礫の中へと落ちた。
「う、グゥ……ギィアァ……!!」
腹の内から湧き上がって止まらない憎悪が言葉にならずに口から零れる。
なんだこれは、まったくもってつまらない。 何一つワタシの思い通りにならない、ワタシの欲しいものが何も手に入らない。
こいつは一体何様のつもりなんだ、何の権利があってここまでワタシの邪魔をする。
「……硬い殻に籠って、姿を見せず、家来を嗾けて、自分は遠くから毒を擦る」
「ギィ、グ……箒ィ、女ァ……!!」
「―――なんだ。 強がるくせに中身は随分と無様だな、お前」
いつの間にか目の前には箒女が立っていた。
蔑むわけでもなく、嗤いもせず、淡々とした声色で箒女が這いつくばったワタシを見下す。
嘲笑ならまだいい。 ただその表情に滲む、ワタシへの憐れみだけは許せなかった。
「お前が……人間が、ワタシを見下すなァ!!」
箒女が構えるよりも、私が針弾の照準を合わせる方が速かった。
この距離なら箒女が妙な武器を取り出すより私が針を撃つ方が速い、あのクマだって間に合わない。
「私は魔人で、お前はただの人間だ!! 虚弱で貧弱で脆弱でェ、そうでなくちゃいけないのッ!!」
「だから、お前は何をしてもいいとでも?」
「アッハ! だからそう言ってんでしょォ!? バッカじゃないの!!」
もはや毒もなにも関係あるか、そのイカ腹ごと全部ぶっ飛ばしてやる。
私は強いんだ、強くなったんだ。 だから死ね、お前が死ね、早く死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
「――――死ねええええええええええええ!!!」
「お前がな」
――――――カンッ
「…………ぁ?」
針弾を穿つ寸前、空き缶を蹴飛ばしたような金属音が伽藍洞のホールに響く。
瞬間、全てがスローモーションに見えた。
半分失った視界に、箒女へ向けていたはずの掌が映っている。 何故?
眼下に転がる瓦礫の隙間から覗いているのは、古っ臭いアンティークな単発銃。 その銃口からは白い煙が立ち上っている。
ああそうか。 下から撃たれた衝撃で、ワタシの腕を跳ね上げたんだ。 だからワタシの銃口がワタシに向いている。
走馬灯の中で疑問が氷解した途端、放たれた針弾が残された視界ごとワタシの頭を吹き飛ばした。