100億ドルの花束を ⑧
「ぐっ……ぁ……!」
「うっひゃ! ブルぴっぴ!?」
「ブルームスター! どうしたんですか!?」
羽箒を微塵に打ち砕かれ、負傷したブルームスターが空から落ちて来た。
致命傷は免れているようだが、ふとももの肉が抉れている。 太い血管がやられているのか出血が酷い。
「ぐっ……俺は良い、傷は塞ぐ……! 誰か、今の見えたか……?」
「いいえ、気づけば衝撃波と共にあなたが落ちてきました……敵影はつかめません」
自らのマフラーで手際よく止血を済ませたブルームスターに肩を貸す。
魔物による狙撃かと訝しむが、私の感覚が届く範囲に怪しい魔力反応はない。
ゴルドロスはどうか、と視線を向けるが首を横に振るばかりだ。
「……私の探知範囲ギリギリで一瞬だけどす黒い魔力を嗅ぎ取ったヨ、でもそれだけカナ。 一発だけですぐに姿をくらませたネ」
「とりまバリケード組んだし! 気休めかもしんないけどブルぴもこっち隠れな」
「ブルぴ……まあ、助かるよ」
手元の装置から取り出したのだろう、いつの間にかボイジャーが雑多なスクラップが幾多にも絡んだバリケードを展開している。
壁の裏はぽっかりと掘られた塹壕だ、スクラップを取り出して開いた容量に地面の土を取り込んだのだろう。
一足先に塹壕に入っていた音羽さんは、既に魔法局への連絡を行っている。 流石に皆対応が早い。
「ゴルドロス、嗅ぎつけた方角は分かりますか?」
「9時方向、だけど追わないほうが良いヨ。 攻撃の得体が分からない、誘われているように思えるしネ」
「そうだそうだ、単独行動で無茶はきんもtア゛ァ゛ー!? ゴル、ラピ……おまっ、人の抉れた足を蹴りやがっ……!」
「すみません、どの面下げてほざいてるのかと思ったらつい」
「上に同じくだヨ」
わが身を顧みない発言につい足癖が悪くなってしまった、しかしお蔭で冷静になれた。
上空のブルームスターからの視界とゴルドロスの嗅覚を超えた距離から攻撃を行える相手だ、あとを追った所ですでに姿をくらませている。
「今シルヴァたちを呼びます、ブルームスターはしっかり治療を受けてください。 動脈まで抉れています」
「これぐらいの怪我、魔石とツバつけときゃ治……」
「ゴルドロス、しっかり押さえていてください。 次はドロップキックをお見舞いするので」
「待て待て待て待て! ケガ人に追撃加えるなんてどういうア゛ァ゛ー!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……傷は塞がったが、削がれた肉は簡単に戻らぬ。 回復するまで無茶はいかぬぞ盟友よ」
「ああ、サンキューシルヴァ。 それでもだいぶマシになったよ」
シルヴァから治療を受けた足を動かして動作を確認する、動かせないほどではないが痛みが抜けた訳じゃない。
治癒が本領ではないシルヴァの魔法では失った肉体の復元は出来ない、コツコツ魔石を溜めても時間を置いた回復が必要だ。
しばらくは俊敏な動きは出来ないと考えたほうが良いだろう、機動力が羽箒頼りになってしまう。
《言っておきますけど、“黒いの”頼りは駄目ですからね》
「分かってるよ……それよりだ、羽箒と俺の足を削ったものの正体は……」
『詳細は不明、現在分析中。 現場の破壊状況やブルームスターの負傷から敵性能を演算する』
『ですわー、とりあえず今は皆無事に戻ってくることをお祈りしていますわよ』
イカつい形状の携帯から聞こえてくるのはツヴァイシスターズの声だ。
他県からの出張ではあるが、ありがたいことにこの2人も今回の事件には協力してくれるらしい。
「ふん、魔法とやらでパパっと分からぬのか。 魔法も大したもんじゃないの」
「おじじー、魔法っつったってそこまで便利じゃないよ? あーし達もそこまで使いこなしてるわけじゃないしー」
後部座席から聞こえてくるのは、不満げなご老人とそれをたしなめるボイジャーの声だ。
謎の長距離射撃の脅威にさらされた俺たちは、全員が音羽さんの用意した大型車両に乗って地下の車道を走っていた。
「プロデューサー、わざわざこんな遠回りする必要あるの? 聞いた感じだと多少地下に潜っても貫通されるんじゃない?」
「射線が通らないだけで十分さ、それに追撃がないって事は効果的だろう」
「それな、あーしのバリケードも攻撃されなかったし見えない的は撃たない主義じゃない?」
「……本当にそうでしょうか」
狭い座席間を介して行われる会話の中、ずっと何かを思案していたラピリスが疑問を漏らした。
「ラピリスよ、何か思う所があるのか?」
「ゴルドロス、あなたが感じた気配は最初の攻撃後にすぐ消えたんですよね?」
「ソダネ、気配を嗅ぎ取れたのは本当に一瞬だけだヨ」
「追撃を欲張る気もなかったと、なら相手は初撃以外こちらを攻撃する気がなかったように思えます」
「あれだけの威力だ、そもそも連射出来なかったのか。 それとも……」
掠っただけでも箒と片足が持っていかれる威力、連射出来ないならもっと効果的な局面で撃ち込むはずだ。
潜伏できる状況なら狙えるチャンスがなかったはずがない、それでも狙われたはあくまで俺だけ。
……他の魔法少女を“狙わなかった”のではなく、“狙えなかった”としたら。
「―――爺さん、一つ質問させてくれ。 あんた、魔物に気に入られるような心当たりはあるか?」
「ふん、ぽっと出の小娘の癖に随分と生意気な口を利くわ。 それにワシが魔物に気に入られるじゃと?」
そこで初めて、今まで不機嫌だった爺さんの口角がつり上がった。
しかしそれは心からの笑顔ではなく、底意地の悪い感情が隠しきれずに口から零れたような……
「……あるといえばある、たった今確信したわい。 魔物を呼ぶ旋律の正体はワシなどではなく、そやつじゃろう」