「ぜ、ゼノス様!」
「……俺は黄金裔ではなく、ただの協力者だ。様は付けなくていい」
「そ、そうですか……、それよりも大変なんです!」
ゼノスがオクヘイマの雲石の天宮の某所で空を眺めていたところ、二人の市民が焦った様子で走って彼を呼びにきた。
「何が起こった?」
「とにかく来てください!」
市民二人は焦ってなりふり構わずといった様子でゼノスを引っ張って連れて行く。
その先では……
「……あ、ゼノスさん、その──」
キャストリスが座っていた。
彼女の眼前には頑丈な机と対面に座ることのできる椅子があり、頭上には【オクヘイマ腕相撲大会】の垂れ幕が揺れている。
「……なにが……?」
「おそらく、サフェルさまの仕業かと……」
「キャストリスには悪いが、お前が勝たなければこれから先の試合では多くの者が戦うことなく棄権を余儀なくされ、キャストリスの不戦勝となるわけだ」
「……それは、責任重大だな」
横から現れたモーディスの言葉にゼノスの口元が引き攣った。
大体の事情を把握したゼノスは、キャストリスの対面の椅子に腰掛ける。
「それじゃあ、お手柔らかに頼むよキャストリス」
「は、はい」
二人は台の上で互いの手を握った。
普段の腕相撲大会ならば、試合が開始するまで両者の腕を抑える役が存在するが、今回は事情が事情であるためその役目の者はいない。
「よーい……、始め!」
号令と共に両者が腕に力を入れる。
一見するとキャストリスの細腕はゼノスに敵わないように見えたが、それでも彼女はあの細腕で大鎌を振り回して戦っている為、ある程度の筋力がある。
逆にキャストリスは、クレムノスの眷属から奪った大剣を振り回しているにしては弱いゼノスの腕力に、自分は瞬殺だろうと考えていたキャストリスは驚いた。結果、二人の腕力はある程度の拮抗を見せている。
しかし次の瞬間、突然彼の力が増してキャストリスの腕を押し返し始め、キャストリスの腕は台に叩きつけられることとなった。
「あっ、やりすぎた!?キャストリス、大丈夫か?」
「……大丈夫です」
「はあ……、サフェルさんに言わなきゃならない苦情が増えるばかりだな」
「……ですね」
先ほどの違和感は、キャストリスの中に一つの仮説と不安をもたらした。
しかし、それを確かめるより前に別の声がゼノスを呼んだ。
「勝ったな、異邦人。お前の戦士としての資質を確かめてやる、そのまま決勝まで上がって来い」
「戦士の資質か……それは是非とも見てもらわなければ。わかった、全力を尽くすとも」
オクヘイマ腕相撲大会は滞りなく進行し、ゼノスとモーディスはどちらも決勝に勝ち進んだ。
「キャストリスさまをどうにかしていただくために呼んだのに、ゼノス様も強いなんて……」
「黄金裔なんだから、そうに決まってるだろ?」
敗退した参加者の嘆きを背後に、二人は席についた。
「よーい……、始め!」
お互いの腕に力を込めたモーディスとゼノス。
最初、両者は拮抗した実力を見せていたが……
「頑張ってください、ゼノスさん」
どこかから、落ち着いた応援の声が聞こえたその時、急にゼノスの力がモーディスを上回った。
激しい音を立てて、モーディスの腕が机に打ち付けられる。
「なっ…、ゼノス、今のはなんだ?突然力が……」
その時、モーディスは彼の肩越しに僅かに赤面するキャストリスの姿を垣間見た。
「そういうことか、わざわざ口に出させるまでもないな」
「わかってくれるか?メデイモス殿」
「……呆れるが、それも戦う理由の一つだろう。ただ、痴情のもつれなぞ起こすなよ?俺はお前の尻拭いなどしたくはない」
「そこは任せてくれ。俺は、ケファレに誓って永遠に一途だとも。……ケファレが信用ならないなら、ニカドリーでも良い」
「はぁ、紛争の化身に一途な愛を誓う男がどこにいる?」
モーディスはため息を吐きながらも立ち上がり、彼の右手を掴んで持ち上げると
「今回のオクヘイマ腕相撲大会、勝者はこの男だ!」
周囲から歓声が上がる。
司会者だった男が近づき
「モーディス様との最終決戦、一時は拮抗したものの見事に巻き返しました!勝利の秘訣はなんでしょうか!?」
「……大切な人からの応援が力になりました」
会場からもう一度激しい拍手喝采が起こった。
式典もひと段落した頃、突然物陰から伸びた手がゼノスを人目につかない場所まで導いた。
「……?どうしたんだ、キャストリス」
「……あの、えっと……」
彼を連れ出したのはキャストリスだった。
その顔は心なしか赤く、恥ずかしそうに見える。
「あんな大勢の方の前で、私を大切な人だなんて……」
密かに顔を赤くするキャストリス。
一方でゼノスは、大切な友人という意味でこの言葉を使ったのだった。