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SNSひぼう中傷受けた医師 投稿者20人超を特定した秘策

SNSなどで匿名の投稿者からひぼう中傷を受けたとき、どうすれば被害を回復できるのでしょうか。

メディア出演をきっかけに多数のひぼう中傷を受けた医師は、20人以上の投稿者を特定し、示談や謝罪につなげました。

医師が利用したのは、最近急増している「発信者情報開示命令」の手続き。

数千円程度でできるこの手続きについて、分かりやすく伝えます。

(社会部記者 寺島光海)

匿名のひぼう中傷 殺害予告まで…

埼玉医科大学総合医療センター教授 岡秀昭医師

ひぼう中傷への“対抗手段”を活用しているのは、感染症が専門で埼玉医科大学総合医療センター教授の岡秀昭医師です。

新型コロナの流行期にメディアの取材に応じ、医療現場の現状や感染予防の重要性を訴えてきました。

その後、毎日のようにひぼう中傷の投稿を受けるようになったと言います。

「聞いたこともない医大のくせに」「ゴキブリ」

容姿をばかにするような投稿は日常茶飯事。SNSに載せていた家族の写真が拡散されることもありました。

また、当時の自宅の住所がさらされ、その住所を見た人から「殺しに行く」と書き込まれたこともあったということです。

岡医師
「家族や仕事への影響が大きかった。黙って無視し、我慢することで収まるケースもあるかもしれませんが、それでは自分の精神が保てませんでした」

岡医師が利用した“発信者情報開示命令”とは

東京地裁

岡医師は弁護士に相談し、「発信者情報開示命令」という司法手続きを利用しました。

この手続きは、ひぼう中傷の投稿を受けた人の情報開示に関する負担を減らそうと、2022年10月に導入されました。

その流れです。

申し立てる先は、地方裁判所です。

認められれば裁判所は▽投稿があったSNSの運営会社などと、▽投稿者が利用する通信事業者に情報の開示を命令します。

情報は例えば、▼IPアドレスや▼電話番号▼氏名▼住所などです。

最高裁判所によりますと、本人が利用した場合の費用は1回あたり数千円程度で、申し立てから開示命令が出るまでの期間は平均で100日程度だということです。弁護士を頼めば費用は別途必要になります。

複数の弁護士によりますと、従来はSNSの運営会社などと通信事業者のそれぞれに手続きが必要だったため、制度の導入により費用や時間は大幅に軽減されたということです。

20人超の投稿者を特定 示談、謝罪につながるケースも

岡医師は、明らかに人格攻撃だと弁護士から判断された40件あまりについて「発信者情報開示命令」を申し立てました。

その結果、20人以上の投稿者を特定し、投稿の削除や和解金の支払いといった示談や和解につなげました。

「バカ」などと投稿していた人からは、「軽い気持ちでひぼう中傷となるような投稿をしてしまった。丁寧なことばで述べるべきで、卑怯だった」などと謝罪する手紙が届きました。

一方、「意見や論評の範囲内だ」と反論する人もいて、民事裁判で争っています。

悪質な投稿者に対しては侮辱罪などで刑事告訴しましたが、投稿者側は無罪を主張し、裁判が続いています。

岡医師は、効果は確実に出ていると感じています。

岡医師
「弁護士との打ち合わせなどで日常生活は制限されましたが、手続きをとったことでひぼう中傷の投稿が減ったことは事実だと思います。投稿者に責任を取ってもらうため、私はしっかりと法的な手段を取りたいと思います」

申し立てが急増 “反撃” 意識が浸透か

最高裁判所によりますと、「発信者情報開示命令」の申し立ては去年1年間の速報値で6779件となり、前年の1.7倍に増加しました。

月別に見ると、
▽制度が始まった2022年の10月179件でしたが、
2023年10月451件
2024年10月738件となり、2年間で4倍以上に増えていました。

SNSの問題に詳しい国際大学の山口真一准教授は、増加の背景に人々の意識の変化があると指摘します。

国際大学 山口真一准教授

山口准教授
「著名人などが『法的手続きを取る』と表明する機会も増えている。『反撃をしてもいい』という認識が社会に浸透してきたことで、手続きをとってみようと思う人が増えてきているのではないか」

開示のポイント(1) 投稿を厳選する

では、どうすれば開示が認められるのでしょうか。

岡医師の代理人を務める武中裕貴弁護士は、まずは投稿内容がひぼう中傷に当たるのか、しっかりと吟味することが大事だといいます。

具体的には主に以下のような投稿が開示の対象になるといいます。

▽当事者の社会的評価を下げる
▽容姿などをからかう
▽プライバシーを侵害する

岡医師の場合、「(岡医師が)尊い命を奪った」などの書き込みで開示が認められました。

一方、感染症対策や治療法などに対する批判的な意見は、表現の自由の範囲内だとして申し立ての対象にはしませんでした。

開示のポイント(2) スクショはURL込みで

ひぼう中傷の投稿を見つけた場合、URLが表示された状態でスクリーンショットを撮影しておくことが重要だといいます。

申し立ての際、証拠としての価値に違いが出るからです。

スマートフォンの画面などではURLが写らないケースが多く、パソコンなどで開いた上で、撮影し保存しておくと良いと言います。

武中弁護士
「岡医師からすれば、申し立てた件数よりもひぼう中傷を受けたと感じる投稿は多かったと思います。スクリーンショットで証拠を残した上で、明らかにひぼう中傷と言える一部の投稿に絞って、申し立ての対象にしました」

特定や和解につながらないリスクも

一方、開示命令を申し立てても、被害者が納得するような結論に至らないケースもあると武中弁護士は言います。

ケース1
開示命令がでても個人を特定できない。

技術的な理由などにより、SNSの運営会社や通信事業者が個人を特定できる情報を持ち合わせていない場合があるということです。
岡医師の場合も、開示命令が出ても個人を特定できなかったケースが複数ありました。

ケース2
投稿者に支払い能力がなく金銭的な補償がされない。

投稿者を特定して慰謝料などを求めても、相手側が支払えず、申し立てにかかった費用を回収できないケースもあるといいます。

武中弁護士
「被害者から相談を受けたときは、投稿者が特定できないリスクがあることを伝えたうえで、『1つだけのアカウントを対象にしても申し立て費用の回収は難しい』と説明しています。司法手続きとしては簡素化され、迅速になっていると思うので、より実効的なものにするにはSNSの運営会社などに対策を促す必要もあるのではないか」

ひぼう中傷の投稿減らす取り組みが必要

SNSの問題に詳しい国際大学の山口真一准教授は、「発信者情報開示命令」を活用するのと並行して、ひぼう中傷の投稿自体を減らしていく取り組みが重要になると指摘しています。

山口准教授
「『発信者情報開示命令』の手続きには、ある程度時間や費用がかかる課題がある。しかし、これ以上簡単にすると逆に、ひぼう中傷ではない投稿に対する不適切な申し立てが乱立する可能性もある。今後はむしろ、SNS運営会社が不適切な投稿を素早く削除するような被害防止の取り組みや、投稿者に向けた啓発などが重要になってくる」

取材後記

SNSでのひぼう中傷はすでに社会問題となっていますが、その対抗措置とも言える司法手続きをとる人がこれだけ増えていることに驚きを隠せませんでした。

また、被害回復を求めてもまだまだ障壁がある事実も明らかになりました。

被害救済のシステムが整うことが望まれますが、だれもがSNSを使う時代だからこそ、利用者は「投稿する」前の数秒間でいいので、その内容が持つ意味を立ち止まって考えてみることも必要だと感じました。

(5月29日 おはよう日本で放送予定)

社会部記者
寺島光海
2013年入局
厚生労働省で労働分野、事件遊軍などを経て、2024年から裁判担当

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