Eukleides project

from http://d.hatena.ne.jp/u5_h/

退職について

フリー株式会社に2年9ヶ月勤めていましたが、この度新しいチャレンジをしたく、職を辞してきました。

プロローグ

私にとっては3回目の転職。多いか少ないかで言えば一般的には多いと思われるかもしれません。
しかしWeb業界では別にその程度はいくらでもいますし、「え?退職だなんて、大丈夫なんですか?」と不安がられる人には、長く働くことが良いと評価されるような世界ではないことと、そういう選択肢が一般的であることをいつも伝えています。例えばサッカーが好きな人には「Jリーガーだって所属チームは変わるでしょ?それと一緒。だからといってその選手への評価はすぐには変わらない」とかTVを見るのが好きな人には「転職サービスのCMたくさんやっているじゃないですか。あれは需要の表れですよ」そういう感じで、その人にわかりやすいように伝えています。
この点で、一番楽なのは自分の親ですね。一般的には親が一番心配するのでしょうが、「あんた何回職変えたんだ?」と逆ツッコミできるのが私の人生の痛快なポイント。私の父親は、5,6回職を変えているので、3回なんて、まだまだだなーって思われていることでしょう。しかも、昭和〜平成初期にそれをやってたんだから、今より遥かに理解もされないし、風当たりも強かったことが容易に想像つきます。その辺はやってみてわかるリスペクトですね。

技術的なことではないけど、会社のドキュメントには残していなかったので、退職に対して全部赤裸々に色々書き連ねようと思っています。

退職理由

会社の待遇に不満があるとか、働きすぎて辛いとか、色々転職には理由があると思いますが、私の場合全然そういうものと違います。
一言で表す便利な言葉が発明されたので、それで表現するのならば、「ミドルエイジクライシス」というものです。

まさか退職したその日に、ミドルエイジクライシスに関する示唆のあるポストが会社のslackに流れてきて、まだアカウントがギリギリ残っているので見ておりました。
「会社は授業員に成長を求めるが、シニア層までジュニア・ミドルの頃のような成長を求めがちで正直限界であるという言葉をよく目にする」という話でした。
それに対してミドル・シニアのエンジニアの方々を中心に様々な意見が飛び交っていました。
なるほどなー悩みの形は違えど、ミドルエイジクライシスに関して自分は、自分一人で悩んでいるものかと思っていたけど、多くの人が悩み苦しみ自分なりの答えを導き出すことに相当エネルギーを割いているんだなーと思いました。「もうちょっと早くディスカッションしたかった」という思いもありましたが、タイムリーすぎました。
(それはそうといて、こういう議論が日々湧き上がる、この会社めちゃくちゃ良いと思いませんか?blamelessですし、心理的安全性の高さも伺えます。この話題も個人的ブログで取り上げて良いと許可をいただいて拝借しています)

たとえば組織に残って自己実現する上では、ジュニア・ミドルの頃のような成長に対する期待値をうまく受け入れる度量や、すり替える工夫が必要だと思います。質的な成果は違うんだぞと主張するわけです。それもそうな上で、もう一段大きいレイヤーで求められているスキルや、もっと大きなインパクトを与えるために足りないものを貪欲に学ぶ中で、学ぶ意図がすり替わってしまうこともあるのではないかということ、学びが自己実現につながっているのかということ、自己実現がそもそも組織の評価とマッチしているのかということ、マッチしていなければどこをどう妥協するかということを常に照合する作業があると考えています。抽象的ではあるが、やっぱりシニアエンジニアってしんどくない?って思う。

先日もこういうスライドを読みながら、自分の決断は「間違っていない」と確信を得ていました。
40代以上に共有したい中年期のキャリア論 - Speaker Deck
フリーには優秀な若手エンジニアがそれはそれはたくさんいます。その若手にすべてを託す必要性はないのですが、知識の追従をしなければあっという間に置いてきぼりを食らい、意味もなく「喪失感」に駆られ、一方で社内にインパクトを出すにはどうすればいいか?みたいな「焦燥感」に駆られて、唯一評価されていると思わしき「アジリティの高さ」も、別に生成AIがなんとかしてくれる時代になり、そんな2025年現在と今後、やることはあるのに、真に自分は何をやればいいのだろう?もう自分がやることなくない?という「葛藤」もありました。残された時間も少ない中、このまま20年くらい会計ソフト、ERPと心中するのか?みたいな極論まで考えていた時期もほんの一瞬ですがありました。それは違うと今ははっきり言えます。というのも、この会社はなんだかんだ変容していくんだなーと少ない時間でも変わっていったことに思いを馳せられたからです。一方で、何か新しいPJを始めて技術的ボトルネックで詰まった時、新しいアイデアがなかなか出ないと悶え苦しむことも多かったです。頭が回っていないことも多かったと思います。それを年齢のせいにする自分もどこかにいたと思います。何よりそれを受け入れることの難しさがずっと付きまとうことになりましたし、今後も上手に付き合っていくしかないものだと思います。

つまり退職理由は、「中年期に差し掛かった自分の内在的な心の変化」だと思っています。相談してくれれば良かったと思う方もいるかもしれませんが、その事実をまず自分自身が受け入れることでも相当しんどいことであるという前提があるということを鑑みてご容赦ください。自分も時間をかけて事実を受け入れ、心の中や変化を一つ一つ対応付けして、消化するしんどい時期があったと思います。あと1年で40歳ですが、「40にして惑わず」とは、孔子だから言えたわけで、凡人は迷ってばっかりですし、間違えてばかりです。そのslackにも書かれていた「自分をいかにアンラーニングできるか」がキーポイントだと思いました。キャリアの振り返りを何度も何度も実施して、そして次の章で述べるようなことを、本気出してやってみようという思いが日に日に強くなってきました。
まだまだ進行中、道半ばなPJもあり、そんな個人的なことに、こんなにいい会社の多くの人を巻き込むことに対して、とても申し訳なく思っています。贖罪の意味も込めて、こんないい会社で働いてくださる人を募集していますので、ピンときた方はご検討ください。マジで学ぶこと、得られることの多い会社です!
jobs.freee.co.jp

これから

フリーのミドルシニア層のエンジニアの中には、定期的にデータベースの論文購読会を実施している方や、大学に通っている方がおり、シニアになることに対する準備を整えている非常に優秀な方々がいて、刺激を受けていました。この会社の圧倒的な成長力の礎はここにありといった感じです。
退職理由で述べたキャリアの振り返りをしてみると、自分は10代後半あまり勉強ができる人間ではなかったので、実に勿体無い人生を過ごしたと後ろめたい思いがあります。努力すればなんとでもなる時代だったのですが、うまくその努力をする方法を身につけられませんでした。そんな日陰者の人生で微力ながら真面目に大学で勉強しようと思って、情報通信系の専攻に進んでみて、プログラミング、ネットワーク、メディア配信の勉強していて面白いなーと思い、頭が悪いが故に単純に楽しかったので、プログラミング、通信ネットワークを仕事にやっていこうと思っていました。しかし、この頭は悪く単純な発想は、意外にも今日までワークしていて、上で述べた内在的な心の変化に対してもブレることはなかったと評価しています。なんなら諸説ありますが、通信ネットワークの世界でいうところのOSI参照モデルのL1からL7まで全て仕事でやってきたとようやく言えて、キャリアの連続性としては一応ちゃんとしている部類になるのかもしれないと勝手に思っています。
振り返ってみると、新卒で入った会社は、頭の悪さを発揮して全く異なる職種に配属し、ずいぶんと回り道をしたのですが、その回り道も結局ネットワークの知識の深みをつけるいい経験になりました。L1を学ぶのが一番機会的に難しいと思います。100Mbpsから10Gbpsくらいの光伝送システムを1からハードウェア設計構築してと言われても、現実的かどうかは別として、なんとなくどうすればいいかくらいは分かります。光電変換で得られた電気信号を増幅、変調、デコードなどはASICとかFPGA周りをちょっと勉強すれば多分いけるんじゃないかと思います。復調した信号を処理するそれらチップを動かすデバイスドライバと、それを動かすOS、そしてOS上のTCP/IPを実装すれば...そんなことをインクリメンタルにやっていけば、ゼロからインターネットを構築することだっていける?かなぁー?と...まるでOasisのWhateverみたいな気分で...。
でも、確証を持てない時点で圧倒的に知識が足りていないと思います。ASICも作れないし、FPGAも書けない。NICデバイスドライバ周りの実装も、それを読みこむOSも、その上に載るTCP/IPスタックだって仕組みはわかるけど作ったことないし、実装しているコードなんて断片くらいしかみたことない。TLSだってそう、仕組みはわかるけど書けよと言われても。しかも仕組みがわかるってどれくらいわかっているの?jovi-sanくらいわかっているのか?って言われたらそりゃ到底敵わない。HTTPサーバまぁちょっとなら書けるかなぁ、けどロードバランサーにはできないよね?そもそもkazuho-sanくらい知っているの?って言われたら絶対Noだろう。アクセスログは?監視ツールは?それを集積する基盤は?WAFは?データベースは?インメモリキャッシュは?それらを組み合わせるミドルウェアのシステムパターン、そのトレードオフは?アプリケーションコードで実現するソフトウェアアーキテクチャはどのようなものが適切か?そのトレードオフは?といったように圧倒的に知識が足りないです。

今までつまみ食いして得られた知識を、この有休消化期間に狂ったように勉強して、勉強して死ぬを目指すくらいに勉強して強固なものにしようと思います。さらに輪をかけて圧倒的に散らかり尽くした自分の経験と知識をきちんと整理するデフラグと、インデックスの再構築活動に当てようと思います(というか、9月からではなく、8月からのんびりとそういう活動にシフトしています。これから加速させるつもり。)例えば「DIX EthernetIEEE802.3の違いは何か?」とか。そんなこと知らなくても正直どうでもいい無駄知識かもですが、「分かる」と「分ける」は一緒だと高校の古文の先生が言っていた通り、知識の深みというのは、きちんと「分けられている」ことによって現れることを経験的に痛感しています。先にも述べたスライドの中では「結晶性知能」と言われていますが、まさにこの知識の深みであり、今後それは重要度を増すと感じていて、それを構築をすることをライフワークにしていこうと思います。つまり、これからは「自称インターネット研究家」を目指そうと思います。
しかも運よくFindyという会社の抽選に当たってオライリーラーニングも90日間無料で使えるようになったので、9月は一気に時間が溶けるでしょう。私の人生はいつもタイムリーだ。

どんな仕事をする

次の行き先はすでに決まっており、「自称インターネット研究家」として、より多くの人や組織に、インターネットを使い尽くしてほしい、インターネットでやりたいことをできるようになってほしいという強い思いがあります。ちなみに職種はSREです。SREと聞くと「それって社内のインフラエンジニアじゃん」って多くの人は思うので、このSREという言葉は、正直「次どこ行って何やるんですか?」という説明に対して多くの誤解を生みそうだと思い、使いたくなかったです。次に行く会社のとあるLTの資料で、「果たして私たちはSREなのか?」というタイトルがありました。「いや、本当そう。それ。」と思いました。そうであるという理解ができたのと、内定を下さった会社も、私が「より多くの人や組織に、インターネットを使い尽くしてほしい」という姿勢でいるのと、実践してゆきたいという気持ちにマッチングして私を受け入れてくれたと思います。

では、私はこれからどんな仕事をしてゆくのでしょうか?

ちょうどいい言葉があまり浮かばなくて、AWSでいうところのソリューションアーキテクト
ソリューションアーキテクト | AWS Japan Recruitment
?うーん、なんかしっくりこないんだよねー。
Forward Deployed Engineer?
Forward Deployed Engineerの募集を開始しました - LayerX エンジニアブログ
いやーこれに近いけど、SaaSとは違ってインターネットを作る側なので、ソリューションアーキテクト?の方が近い?
でも仕方がないのかもしれないです。自分の思い描く職種は、まだこの世にない「何か」なのかもしれないです。先にも述べたように「インターネット研究家」とでも自称しておきます。

エピローグ

話は全然変わりますが、最近見た動画にあったスタジオジブリ鈴木敏夫さんが、石ノ森章太郎さんと会話した時の「手塚先生(手塚治虫)はすごい。あの人は漫画が好きなんだよ。僕のはお仕事だ。ここの違いは大きいよ」って一説がとても心に残っています。漫画に対する手塚治虫の熱量ほど、自分のインターネットに対するそれが大きいかと言われれば全く自信はないのですが、インターネットが好きで、心の中ではまだ熱狂しているところがあるんだなと思います。前職もインターネット上に動画配信を実現して放送と通信の融合のために必死でしたし、フリーもインターネット上で統合EPRを目指し、スモールビジネスを世界の主役にするために必死です。インターネットがなければ今までの自分の人生の成果物は何も存在しなかったし、インターネットが好きでなければやってこられなかった仕事だと思います。そんな自分の好きなインターネットをもっともっと使ってもらって、いろんな人や組織にやりたいことをできるようになってほしい。そのためにはアピールポイントをたくさんたくさん見つけにいくために、自称インターネット研究家になる。これが今回転職に至った顛末です。