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成年式へ 素顔の悠仁さま
「親しみやすく、『ひいちゃん』と呼んでいました」
「校庭で蹴まりをしていたとき『先祖の血が騒ぐ』って“皇室ジョーク”もありました」
いずれも秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまの同級生の話です。
悠仁さまは9月6日、成年を迎えたことを示す「成年式」に臨まれます。
これまでどのような経験をして、周囲の人たちとどのような関係を築かれてきたのか。
誕生日のサプライズや、皇族という立場への、ご自身の考え…。
近くで過ごしてきた人たちへの取材でかいま見えた、“素顔”の悠仁さまです。
目次 ※クリックすると項目に飛びます
繰り返し練習された記者会見
去年、18歳の誕生日を迎えて成年皇族になった悠仁さまは、ことし3月初めての記者会見に臨まれました。
悠仁さま
「18歳になって半年がたとうとしていますが、率直に申しますと、これまで高校生活の中で成年を意識する機会は多くはありませんでした。これから様々なことを経験していくうちに、徐々に実感していくのだと思います」「周りの方々から御助言を頂きながら、一つ一つに丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいと思っております」
質問に丁寧に答え、時には笑いを誘われた記者会見でした。
悠仁さまから、この記者会見に臨む前の気持ちを聞いていたのが、長野県に住むマクドナルド夫妻です。
悠仁さまが幼いころから、秋篠宮ご一家の静養先で、ハイキングやスキーなどをともにしてきました。
マクドナルド夫妻
「悠仁さまはエネルギーの塊でした。みんなスキーをする悠仁さまに追いつくのに必死で、あまりスキーが得意じゃない皇宮護衛官がたまに転んだりして、すごく楽しかったです」
悠仁さまの記者会見を、夫妻はドキドキしながら見守りました。
その後、悠仁さまに会ったときに尋ねてみたといいます。
マクドナルド夫妻
「『すごくよかった、すごく自信に満ちて見えたけど、どこからその自信が来たの』と聞きました。そしたら悠仁さまは、『ものすごく練習したんだ』とおっしゃっていました。すべて書き出し、何度も何度も繰り返し練習したそうです。実は内心とても緊張していたのだそうです」
皇室に41年ぶりの男子誕生
悠仁さまは平成18年9月6日(2006年)、秋篠宮ご夫妻の長男として誕生されました。
悠仁というお名前は、「ゆったりとした気持で長く久しく人生を歩んでいくこと」を願ってつけられました。
皇室で男子の誕生は41年ぶり。
当時の皇位継承順位は3位でした。
天皇陛下の即位に伴い、秋篠宮さまに次ぐ2位に。
天皇皇后両陛下や秋篠宮ご夫妻の子どもの世代では、唯一の男性皇族です。
悠仁さまは、両親や2人の姉に見守られながら成長されていきました。
活発な『昆虫博士』
平成22年(2010)にはお茶の水女子大学附属幼稚園に入園されました。
秋篠宮ご夫妻は、早い時期から同世代の子どもたちと交流する機会を増やすことが大切だという考えから、これまで皇族の多くが通われた2年教育の学習院幼稚園ではなく、3年教育のお茶の水女子大学附属幼稚園を選ばれたといいます。
悠仁さまは小学校と中学校も、お茶の水女子大学附属の学校に通われました。
小中学校の同級生は「活発で、休み時間は生き物探しに夢中になられていた」と振り返りました。
小中学校の同級生
「皇室というのは関係なく普通の友達として話せました。3人組で遊ぶことが多かったんですが、僕ともう1人の友達がボケたりする時に一緒にボケたり、突っ込んでくれたりすることが多かったです。一緒に同じスポーツをすることが多くて、活発な印象が強く残っています」
悠仁さまは中学時代は卓球部に所属し、練習に意欲的に取り組まれていたといいます。
小中学校の同級生
「練習中にドライブやサーブのアドバイスをもらったり、悠仁さまのプレーを見て学ぶことも多かったです。ずば抜けて部活の中で1番うまかったので」
小中学校の同級生
「おたまじゃくしとかトンボとかが学校の敷地内にたくさんいたので、悠仁さまは手で捕まえていました。トンボや虫の種類を聞いた時に、即答で答えてくれることが多かったので、『昆虫博士』みたいな印象でした」
当時、お茶の水女子大学の学長をつとめていた室伏きみ子さんは、ご夫妻とのやりとりを振り返りました。
お茶の水女子大学前学長 室伏きみ子さん
「あまり特別扱いはしてほしくないというお気持ちがありましたので、私たちも普通のお子さんと、あまり変わった接し方はしてきませんでした。子どもたちが伸び伸びと過ごせるので、とても気に入って下さいました」
よく学び、遊ばれた12年
悠仁さまが通われていたときのことについて、お茶の水女子大学に取材すると、文書で回答を寄せました。
中にはこのような様子が明かされていました。
幼稚園時代
「園庭、自然の中で遊ぶことがお好きでした。すぐには乗ることが難しい幼児用の竹馬に挑戦し続け、上達した姿も印象的でした」
小学校時代
「どんなに寒い日でも、小学校では毎日半袖で過ごされ、寒さに強い身体作りをなさっていました。体育の時間は、『待ってました~!』と言わんばかりに1番に校庭に飛び出す意欲がありました。運動会では、選択種目にダブルダッチを選び、友達とただ跳ぶのではなく、2本の綱を跳びながら空中回転したり、友達とハイタッチしたり、いろいろな飛び方を考え集中して練習していました」
中学校時代
「授業中とても明るく元気よく発言する姿が印象深いです。探究心があり、疑問に思ったことは必ず質問する姿勢が身についていました。社会科の授業では、『自分の名前をヒエログリフで書いてみよう』という活動の際、ほかの生徒より長い名前なので、苦労しながら書いていた姿などが思い出されます。3年間、整美委員を務め、責任を持って取り組んでいました。雑巾がけも率先してされていました」
ご家族と過ごされた時間
ご家族とはどのような時間を過ごされてきたのか。
玉川大学の小野正人教授は、昆虫の研究などを通じて、秋篠宮ご夫妻や悠仁さまと交流を続けてきました。
特に印象的だったのは、悠仁さまの隣に静かに寄り添われる、秋篠宮さまの「父」としての姿だったといいます。
小野教授
「秋篠宮さまは、悠仁さまがいろいろな説明をされるときには、それをじっと聞いておられました。教えるということではなくて、悠仁さまがどう感じたのかというのを聞いて、背中を後ろから支えてさしあげる。そういう接し方が、悠仁さまのいまの成長にはすごく関係しているのかなと思います」
悠仁さまの教育方針
秋篠宮さまはかつて、皇位継承権を持つ悠仁さまの教育方針を聞かれた際、こう語られています。
秋篠宮さま
「日本の国内のいろいろなその文化に触れる機会を持ってもらえたらいいなと思いますし、またそれも含めて、幅広い事柄に関心を寄せてくれたらと思っております」
こうした教育方針のもと、悠仁さまが小学5年生のとき、紀子さまとともに訪ねられたのが、東京都心から南におよそ1000キロ離れた小笠原諸島でした。
貴重な生き物や独自の文化を持つ島々で、さまざまな経験を積まれました。
滞在中、悠仁さまを船で案内した竹澤博隆さんは、「泳ぎ釣り」という遊びに興味を持たれていたと振り返ります。
釣り糸をつけたペットボトルで、泳ぎながら釣りをする、島の生活に根ざした遊びです。
当初の予定を変更するほど熱中されたといいます。
竹澤博隆さん
「島の子どもたちもよくやるような遊びなので、本当に素のままの小笠原を楽しんでもらえたのかなと思いました」
悠仁さまは、戦争の歴史にも触れられました。
太平洋戦争中、小笠原諸島全体では日本側だけで2万4000人以上の命が失われました。
戦後20年以上たって、アメリカから返還された歴史があります。
秋篠宮ご夫妻は、沖縄や長崎、広島など、先の大戦の象徴的な場所に悠仁さまを伴ってこられました。
紀子さまはかつて、子どもたちへの歴史教育についてこう語られています。
紀子さま
「次の世代に引き継いでいくことは容易なことではありませんが、これからも戦争と慰霊について考える時間を大切にしていきたいと思っております」
悠仁さまと紀子さまは小笠原に到着した日、追悼碑を訪ねられました。
親子2人で深く頭を下げられていたといいます。
小笠原諸島の旅について、悠仁さまは中学生になったあと、ご自身の思いを語られています。
悠仁さま
「父島や母島で暮らす人々との交流を通して得た経験は、4年たったいまでも心の中に鮮明に残っています。島の方々の温かさに感銘を受けました。これからも小笠原諸島での出会いや思い出を大切にしていきたいと思います」(子どもノンフィクション文学賞表彰式)
皇族としての活動も広げて
学生生活を送る一方で、皇族としての活動の経験も、徐々に積まれていきました。
中学生の時には初めての海外経験として、ブータンを旅行されました。
高校生になると、秋篠宮ご夫妻の公的な地方訪問に同行されました。
秋篠宮さまはかつて、今後の皇室のあり方について、こう語られています。
秋篠宮さま
「時代によって要請も変わってきます。ですからその時代時代に即した在り方というのは、常に考えていかなければいけないと思っています」
「国民が皇室に求めるもの」に向き合う
皇室の制度を研究してきた名古屋大学の河西秀哉准教授は、皇位継承権を持つ悠仁さまは、「国民が皇室に何を求めているか」という問いに、向き合われることになるといいます。
河西准教授
「今の象徴天皇制のあり方は、天皇の人柄にかなり左右されるところがあります。もちろん伝統的なあり方というのもありますが、ご本人のキャラクターと国民の期待感が入り交じりながら展開されてきているというふうに思います。皇族も人間なのでまさに考えを持って行動しているわけです。そういったことを我々が知ると、じゃあ皇室っていう制度をどうしたらいいのかっていうことを、我々の問題として考えられると思います」
“皇室ジョーク”も 同級生が語る素顔
悠仁さまが成年皇族になられるまで、およそ3年をともに過ごしたのが筑波大学附属高校の同級生たちです。
人柄を語ってくれました。
同級生
「入学式で会ったときからすごく親しみやすい感じがして、すぐ打ち解けられました。鮮明に覚えているのは、入学式の体育館から帰るときに階段で『なんて呼べばいいか』というのを、友達とみんなで集まって聞いたときのことです。中学校までは『ひいちゃん』と呼ばれていたとおっしゃっていたので、じゃあ『ひいちゃん』と呼ぼうとなりました。『ひいちゃん』とか、『ひいくん』とか呼ばれていました」
同級生
「もちろん根本として真面目ではあるのですが、ふざけてもいい場面とか、学校行事とかでは、ちゃんとはっちゃけたりすることももちろんあります。蹴まりをしていたとき『先祖の血が騒ぐ』って“皇室ジョーク”もありました。校庭でボールを蹴って『蹴まり』をしていたんです。『自分から言うんだ』と驚きましたし、おもしろかったです。実際話してみると、おちゃめで元気なほうで、結構感情を素直に表現するタイプです」
「皇族としての立場」話された思い
成年皇族となる時が近づいたある日のこと、悠仁さまはみずからの立場について同級生に話されたといいます。
同級生
「皇族として自分の自由が制限されることもあると思うのでそれが嫌にならないのかというのを失礼ながら聞いてみたら、少し悠仁さまも考えてから、『そういう制限があるけれども貴重な体験ができたりするんだ』とおっしゃっていて、大人びている感じがしましたし、自分がそういう立場で公務をしていくのも受け入れられている感じがしました」
誕生日のサプライズ
卒業まで半年となった去年9月6日。悠仁さまは18歳の誕生日を迎えられました。
その日、クラスのみんなでサプライズを企画したといいます。
同級生
「まさかもらえるとは、みたいな感じですごく驚いていました。そのあと『こんなに祝われたのは初めてで、すごいうれしいです』ってスピーチされていました。
皇族に対してきちんとしているイメージを持ったり、それを求める部分もあると思います。ただ、そういうのは仕方がないとしても、悠仁さまは感情表現豊かなところだったり、アクティブなところがあるので彼なりのパーソナリティーをちゃんと出していってほしいなと思います」
9月6日に成年式に臨まれる悠仁さま。
4月から、筑波大学・ 生命環境学群生物学類に通われています。
今後は学業を優先しながら、皇族の一員として活動される機会が増えていくことになります。
NHKプラスで配信中
配信期限 :9月7日(日) 午前8:15 まで
佐々倉大
1997年入局
皇位継承に伴う儀式など
皇室関連ニュースの撮影を数多く担当
大森健生
2016年入局
NHKスペシャルやクローズアップ現代を中心に、戦争・文化・芸術などをテーマとしたドキュメンタリーを制作
山下哲平
2013年入局
国交省担当などを経て2024年から皇室担当
橋本佳名美
2010年入局
社会部では司法と皇室などを担当