数多の感情犠牲にして今ニタニタ
(ヒトリエ10-NEN-SAI直後に下書きした記事です)
ヒトリエfinale良かったンゴねえ〜〜〜〜
10-NEN-SAIと社会人になるタイミングが丁度重なっていたので、今まで金銭的理由で行けなかったライブに行けるようになりこの1年は何回もヒトリエを拝めました。
自分の中でヒトリエはライブを応援したいバンドとして確立されてきている。別に全通している訳でもないしなんなら一昨年まで全然ライブ見てなかったが。現代におけるアーティストはCDなりサブスクなりグッズなり個人ブランディングだったり様々な発信がされているがヒトリエはインターネットルーツでありながらライブハウスが近い独特なバンドだと思っている。
ヒトリエを聴くようになってずっと思っているし匿名掲示板でも見たことがある論説だが、商業的な成功を第一で考えているのであればwowakaはヨルシカ方式で作曲者として活動するのが安牌だったのだと思う。というかVOCALOID出身でハイトーンのボーカルと女性性のある世界観の歌詞書いてたPって軒並み女性ボーカル入れてないか。今でこそ須田景凪とか結構高いじゃんと言われそうだがwowakaとかいうボカロPとして当時あそこまで名を馳せていてVOCAROCKカルチャーを作った人が男性ボーカルでバンドとして活動したのはかなり強気だと思う。初期の頃とかケツに氷刺さった声みたいなレスすら見た。今もアンハッピーリフレイン収録曲どころかアンノウン・マザーグースは歌ってみただとかオタクカルチャー寄りで超人気だし、マジミラの様に「初音ミクの曲」として愛されがちだし海外人気もすごい。wowakaがどうも〜ワールズエンド・ダンスホールの人で〜すとか言いながらボカロイベントに出演しまくりつつ歌のうめえ女性ボーカルを立てつつ同時進行でボカロ版も出す生活してたらどうなってたんだとは思う。でもそれをしなかったからこそ今のヒトリエのカッコよさがあるんだよな〜〜〜とも思う。
Adoが自身のライブでアンノウン・マザーグースを歌ったというニュースを以前見た。それだけだったら特に思わなかったがギター抱えてヒトリエカバーの体で演奏したと聞いてひっくり返った。立ち回りがオタクすぎる。アニメグッズでキービジュアルが印刷されたTシャツより作中登場したTシャツを買うタイプだ。
ボカロを基盤にしてシンガーソングライターとして活動する道は米津が切り開いたと思うし匿名性や女性ボーカルポップはヨルシカが確立したと思う(supercellの方が古株だがアニソンの文脈が強いので省略)。
そんな中でロックバンドの体を貫いているヒトリエには謎の執着がある。自分がエレキベースを触り軽音楽の同好会に所属したからだろうか。ボカロカルチャーの中でわざわざバンドの体を成すことの特殊性をボカロ出身バンドには考えるようになった。
こんだけ語っておいてなんだけどwowakaをゴッホみたいな立ち位置にはしたくない。椎名もたとかでも近しい雰囲気があったけど悲劇として彼が亡くなることで完成される、みたいなノリ本当によくない。させてはいけない。そういう意味ではヒトリエは3人でゴリゴリ活動するようになったので本当にリスペクトしている。しかも新曲ガンガン書いてくれている。最高。本当にありがとう……。
(追記:うまく締めれずずっと下書きに放置してました。綺麗なオチなんてもはやどうでも良いのでネットの海に放流します。)


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