恩義口伝・下
薬王品六箇の大事 第六
『然らば病とは謗法なり、此の経を受持し奉る者は病即消滅疑い無きなり。 774頁』
二十一世紀は心の時代と言われていますが、病気も心に関するものが増えてきているように思います。
世間でも、かなり前から、ストレス社会と言われ、心の病が増えて来ているように感じます。昔は、心の病と言えば、家の恥だとして、ひたすら隠してきていましたが、今はどんなに隠しても、表面に現れて来てしまっているようです。
私も長い事うつでした。(教えてもらったサイトでテストをしたら、パニックまであった、と分かって、へぇー、そうだったの、と病気が治った二十数年後に感心しているのですが)
家族の中で、私だけが心の病を抱え込んで、何故一人だけこんなに苦しまなければならないのか、と思ったこともありました。家族は、病気である事が分らず、意気地なし、根性を出せ、恥ずかしい、と私を責めました。
たった一人でもがき苦しんで、大変な戦いをやって行った時、ある日、突然、ぱっと、本当に、ぱっと、治ったのです。
随分たって、何故自分がこんな病気にならなければならなかったかを考えました。
そして思ったのです。
私は過去世に於いて、多くの人を苦しめてきたので、その報いを受けなければならなかったのだと。たぶんまともに、私の業を見せ付けられたら、あまりのことに狂い死にしていたかもしれないのに、考えられないほど軽く受けさせてもらったのだ、と。
どれだけ私によって苦しんだ人がいるのか。その積み重ねが、今の私の結果であるのなら、こんな軽い苦しみで終わるはずが無いのに、御本尊様の功徳によって、大きな変毒為薬をさせて頂いたのだ、そう考えると、どんなに感謝しても感謝し切れないぐらいです。
宿命転換とは、八識の掃除ですが、信じられないぐらい、軽く出し、軽く受けさせてもらっているのです。
それでもこんなに苦しいのだから、一体過去世に、私は何をやってきたのだろう、と考えると、本当にぞっとします。
『過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ.未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ』
今は過去の結果であり、未来の原因を積んでいるのです。
私はこのように、自分の体験で、過去世の業と言うものを考える事が出来たので、信心をやめることもなく、またご本尊様に疑問を持ったとしてもそれを打ち消す事が出来てのです。
自身の業の深さ、不幸の深さに、むしろ感謝したいぐらいです。
そして断言できます。
心の病が、過去世の謗法であるのなら、正しい信仰によって、絶対に治せる、という事を。
ただし、そこには自分の命をひっくり返すほどの戦いが待っているということも、同時に付け加えておきますが。
薬王品六箇の大事 第六
『然らば病とは謗法なり、此の経を受持し奉る者は病即消滅疑い無きなり。 774頁』
二十一世紀は心の時代と言われていますが、病気も心に関するものが増えてきているように思います。
世間でも、かなり前から、ストレス社会と言われ、心の病が増えて来ているように感じます。昔は、心の病と言えば、家の恥だとして、ひたすら隠してきていましたが、今はどんなに隠しても、表面に現れて来てしまっているようです。
私も長い事うつでした。(教えてもらったサイトでテストをしたら、パニックまであった、と分かって、へぇー、そうだったの、と病気が治った二十数年後に感心しているのですが)
家族の中で、私だけが心の病を抱え込んで、何故一人だけこんなに苦しまなければならないのか、と思ったこともありました。家族は、病気である事が分らず、意気地なし、根性を出せ、恥ずかしい、と私を責めました。
たった一人でもがき苦しんで、大変な戦いをやって行った時、ある日、突然、ぱっと、本当に、ぱっと、治ったのです。
随分たって、何故自分がこんな病気にならなければならなかったかを考えました。
そして思ったのです。
私は過去世に於いて、多くの人を苦しめてきたので、その報いを受けなければならなかったのだと。たぶんまともに、私の業を見せ付けられたら、あまりのことに狂い死にしていたかもしれないのに、考えられないほど軽く受けさせてもらったのだ、と。
どれだけ私によって苦しんだ人がいるのか。その積み重ねが、今の私の結果であるのなら、こんな軽い苦しみで終わるはずが無いのに、御本尊様の功徳によって、大きな変毒為薬をさせて頂いたのだ、そう考えると、どんなに感謝しても感謝し切れないぐらいです。
宿命転換とは、八識の掃除ですが、信じられないぐらい、軽く出し、軽く受けさせてもらっているのです。
それでもこんなに苦しいのだから、一体過去世に、私は何をやってきたのだろう、と考えると、本当にぞっとします。
『過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ.未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ』
今は過去の結果であり、未来の原因を積んでいるのです。
私はこのように、自分の体験で、過去世の業と言うものを考える事が出来たので、信心をやめることもなく、またご本尊様に疑問を持ったとしてもそれを打ち消す事が出来てのです。
自身の業の深さ、不幸の深さに、むしろ感謝したいぐらいです。
そして断言できます。
心の病が、過去世の謗法であるのなら、正しい信仰によって、絶対に治せる、という事を。
ただし、そこには自分の命をひっくり返すほどの戦いが待っているということも、同時に付け加えておきますが。
御義口伝下