199話 リムル消失
前回のカレラのセリフを若干変更し、ヴェガが逃げ出す可能性があるとリムルに聞いていたという風に変更しました。
ディアブロ達を残し、ミリムに向けて突撃した。
ミリムの激しい攻撃が、銀髪天使へと降り注ぐ。
しかしその全ての攻撃は、"王宮城壁"により受け流されていた。
ただ、ルドラが使用していた時は、受け流したり反射したりという能力は有していなかったように思うのだが……
《恐らく、本来の能力は指揮官専用スキルであると考えます。
攻撃を行う必要のない立場に居る者が持つべき能力である為、必要無かったのでしょう。
ただし、あの者は、能力の改変を行った模様。
状況に応じて最適化し、利便性を増したのだと考えられます》
(ほう? つまりは、お前と同様な能力を持つ、という事か?)
《――そうですね。
断言は出来ませんが、能力が自己進化した姿である可能性は否定出来ません》
ふむ。
能力が自己進化したとするならば有り得るのか。
だとすれば、銀髪天使は『正義之王』が自我を持った存在という事になる。
ルドラの暴走も正義之王の暴走が原因であると考えるならば、十分に有り得る話であった。
問題は、その強さ、か。
シエル並みの演算能力と自由度を持つならば、非常に危険な相手と言えるだろうから。
(どう思う? お前と同等の存在だと思うか?)
《ッフ。ご冗談を》
おっと!?
し、シエル先生が自信たっぷりに否定したぞ?
そして、鼻で笑ったような感じ。どこでそんな小技を覚えて来たのか疑問であった。
しかも何だか、相手を小馬鹿にした空気を漂わせている。強いて言えば、大物の気配を出しているというか……
何だか、非常に頼もしい感じだ。
まあ、シエルの考えはよく判った。一緒にするな! と言いたい訳だ。
(じゃあお前、"王宮城壁"を持つ相手を無力化出来るか?)
駄目元で聞いてみると、
《当然です。それについては、対策を用意しております》
と、さも何でもない事であると言わんばかりに返事してくれた。
流石過ぎて、言葉もない。
ひょっとすると、俺って要らない子なんじゃあ? という疑問が脳裏を過ぎったが、決してそんな事は無い筈だ。
ここは主としての威厳を守るべく、堂々と頷いておく事にした。
(流石、だな。お前なら、当然! "王宮城壁"など簡単に破ってくれると信じていたぞ!)
信じているも何も、その能力をヴェルダが持っていると思っていたし、対策としては、ヴェルダの部下を全滅させればいいんじゃね? と思っていただけだったのだが……まあ、それはこの際どうでも良かろう。
無力化可能なのならば、さっさと銀髪天使を封じる事にしよう。
俺はシエルを信じて、躊躇いなく銀髪天使=ルシアの前に降り立ったのだった。
俺が銀髪天使の前に立つと同時、銀髪天使は俺に視線を向けた。
ミリムの攻撃に晒されているというのに、余裕のある事だ。
「これはこれは、魔王リムル。貴方の事は存じておりますよ。
ヴェルダ様に楯突く愚か者。
そして、私の邪魔をしてくれた、忌々しい魔王である、と」
「ほう? そいつは光栄だね。で、アンタは何な訳?
天使なのか、それとも……正義之王の自我、なのか?」
答えてくれなくてもいいけど、一応聞いてみた。
コイツの反応次第で、何か判るかも知れないという程度の興味だけど。
「では、自己紹介を。
私は、"ルシア"の名を、ヴェルダ様より授かった者。
貴方の推測通り、究極能力『正義之王』より生じた者。
神智核、と言っても貴方程度には理解出来ないでしょうが……
究極の存在である、と申せましょう」
そう言って、美しい顔に神秘的な微笑を浮かべる。
神智核:ルシア……それが、銀髪天使の正体なのか。
しかし、神智核、とは……
シエル先生以外にも、神智核が生まれているとは驚きであった。
《面白くありません。これが、"不快"という気持ちなのですね》
不機嫌そうに、シエルがのたまう。
自分と同等の存在が生まれていた事が不愉快に感じたのだろう。
しかしコイツ、どんどん感情を理解していってるようだ。凄い事なのだろうが、それでどうなるというのかは判らない。
まあ、話し相手としては非常に優秀になったのは間違いないな。
そんな風に思っていたのだが、
《たかが神智核の分際で、主様を見下すなど!》
そっちかよ!
思わず突っ込みそうになった。
というか、たかが神智核って、シエルも神智核なんですけど!?
自分の事は棚に上げ、ルシアに対し、不快を通り越して怒りを感じているようだ。
「ルシア、ね。それで、目的は?
ミリムを激怒させ、支配しようっていうのか?」
「フフフ、その程度は見抜く能力がありましたか。
その通りです。ミリム様は、偉大なるヴェルダ様の御息女。
この世界の崩壊に協力して頂き、後に誕生する新世界の母となるべきお方!
その為には、下らぬ記憶は不要。
この世界の汚らわしい思い出ごと、全ては白紙に戻されるべきなのです。
そして、貴方はその穢れの代表格。滅ぼされるべき存在。
貴方が此方の目論見に気付いた事は褒めて差し上げましょう。
ですが、既に手遅れなのです。
――そろそろ十分でしょう。
この場で滅ぶが良い、邪悪なる魔王よ。
ミリム様、そこの魔王を滅ぼすのです! 王権発動!!」
ふむ。
やはり、それが目的だったか。シエルの予想通りである。
ルシアの"王宮城壁"を、大出力の魔力を纏わせた拳で殴りつけていたミリムは、"王者の支配"を受けて硬直した。
――ように見える。
(なあ、あれって演技だよな?)
《間違いありません。先程からの分析によると、ミリム・ナーヴァは感情を完璧に制御しています》
激昂しているように見せているが、明らかに演技であった。
俺を見た時嬉しそうだったし、俺がプレゼントしたドラゴンナックルが壊れないように外しているし……
何より、理性を無くしているならば、俺諸共攻撃する筈なのに、それをしていない。
その辺が、大根役者なんだよ。
バレていないと自信満々なんだろうが、甘いな。
だが、ここは演技に合わせる事にしよう。
「げ、げぇ!! ミリムを操るだとうぅ!!」
《……少し、わざとらし過ぎですよ、主様――》
シエルに駄目出しされてしまった。
どうやら、俺も相当な大根役者だったようである。
正義之王の能力を継承するのならば、支配系も警戒する必要があると思っていた。
当然それは、ミリムだけではなく、全魔王に伝達済みである。
当たり前の話だが、将棋じゃあるまいし、倒された仲間が敵方に寝返られたらたまったものではないのだから。
対策として、『心理強化』という技法をギィが教えてくれたのだ。
ぶっちゃけ、覚醒魔王級の者がこの『心理強化』を行った場合、余程の事がない限り"王者の支配"にも対抗出来るとシエルも太鼓判を押していた。
シエルの精神保護と、同等の効果が期待出来るらしいのだ。
なので、普通ならば心配はする必要も無かったのだが……ミリムが激怒して理性が飛んでいたならば、話は別となる。
それで慌ててやって来たのだった。
だが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
ミリムには何らかの考えがあるようだが、"王者の支配"を受ける心配は要らなかったようである。
後はミリムの考えを聞いて、ルシアをどうするか決めるとしよう。
"王宮城壁"もシエルが対策を持っているとの事だし、今回も何とかなりそうであった。
そんな感じでミリムとの戦闘が始まった訳だが……
ミリムのヤツ、大マジで攻撃してくる。口元が緩んでいるので、ワザとなのは間違いない。
どうやら本気で戦ってみたかったのだろう。
非常に迷惑な話である。
ミリムが剣を抜き、斬りかかって来たので、こちらも刀で受け止めた。
火花が飛び散るような激しい打ち合いを数合交わす。以前は見切る事も出来なかったというのに、今では結構余裕があるのに驚いた。
以前ならば、一発受け止めるだけで全身に痺れが走ったようになり、体力をゴッソリと奪われたのだ。
武器の差は無いので、単純に俺の力が上がったのだろう。流石は"竜種"と同質の肉体である。
ミリムの理不尽な暴力を前にしても、互角に渡りあえるようになっていた。
傍目には両者本気で、激しい切り合いをしているように見える事だろう。
だが、俺には判る。
ミリムもまた、全然本気では無い、という事を。
俺がそうであるように、ミリムもまた、魔力炉とでもいうような力の増幅能力を持っている。
俺にとっては、『虚空之神』の虚無崩壊エネルギーがそれであった。虚数空間内で量を調節し、肉体に注ぎ込む事が可能なのだ。
魔素で肉体が構築されているので、エネルギーの増大は力の増大を意味するのである。
ミリムも同様なのだろう。
以前は理不尽だと考えていた、その圧倒的なまでの力の根源の秘密に到達した心境であった。
まあそんな感じで、両者技術を駆使して戦っていたのだが……
『これで繋がったかな……おいリムル、聞こえるか?』
突然、念話により話しかけられた。
どうやら、ミリムが戦闘を行いつつ、秘匿念話にて話しかけてきたようである。
思念通話の一種なのだが、"魂の回廊"が繋がっていないミリムとは、思念通話するには一回回廊を繋ぐ必要があるのだ。
指向性の念話でも会話の遣り取りは可能なのだが、傍聴や盗聴される危険が増す。
なので、秘匿念話を行う為に、少し手間が必要になるのだ。
どうやら、ミリムはさっきから傍聴されないように慎重に行動していたのだろう。
あくまでも、怒りに身を任せた所を操られている、という演技を継続するつもりのようであった。
『聞こえてる。何時まで演技を続けるつもりだ?』
『わはははは! 流石はリムル、気付いていたのか。
さっき、
「げ、げぇ!! ミリムを操るだとうぅ!!」
とか言っていたから、本気でワタシが操られていると思ったのかと心配したぞ!』
おう……
あのわざとらしい反応を、素直に受け取られてしまったらしい。
ミリムの単純さを甘く見ていたようだ。
『ちげーよ! 判りやすく、わざとらしかっただろ!?』
『え!? あ、うむ。勿論、気付いてた!
――まあ、それはいい。
その前に、頼みがある。さっきあのルシアというヤツの仲間に、フレイ達がやられたのだ。
心配は無いと思うのだが、手当てしてやって欲しい』
『ん? 了解』
誤魔化してきたミリム。
俺は寛大な心で見逃す事にした。
で、俺達が到着する前に、フレイ達がやられたのか。というか、それがミリムを怒らせる要因と思わせたのだろう。
実際は、ミリムがある程度誤魔化したようで、そこまでの怪我ではないのだろうけど。
(ディアブロ、聞こえるか?)
(はい、リムル様)
(俺の応援に来る前に、フレイ達の手当てを頼む)
(では、テスタ達に任せるとしましょう。
たった今、天使4体を葬った、と連絡がありましたので)
え、もう? 早過ぎるだろ!
あの4体の天使達は、覚醒魔王級だった筈……。
というか、比べる対象が覚醒魔王しか居ないのは不便だな。今の俺だと、覚醒魔王単体ならば、然程の脅威では無い訳だし。
ヴェルドラさんの視点とは、こんなものだったのかも知れない。調子に乗って、周囲に喧嘩を売りまくったというのも頷ける話だ。
まあ俺はそんな子供っぽい事はしないし、する必要もないのだけど。
(そうか、任せる。で、お前はこっちに向っているのか?)
(はい。気配を消し、お傍に控えております!)
(よし、ではそのまま待機。あのルシアという天使に気取られるなよ)
(勿論ですとも!)
ふむ。
言われて気付いた。シエルは気付いていたようだが、俺だと意識しないと気付かない。
ディアブロはいざと言う場面に備えての保険に待機させた。
『問題ないようだ。俺の部下から報告があった』
『そうか、ありがとう!』
ミリムに伝える。
テスタより報告が来て、フレイ達も無事であったようで何よりだ。
そんな遣り取りをしつつも、俺とミリムの剣戟は激しさを増している。
剣と刀を打ち合っている訳だが、空を飛んだり、地を蹴ったり。激しく動き回っていて、見た目だけは派手なのだ。
そして、そんな俺に向けて、ルシアが何度か魔法攻撃を仕掛けて来る。
"王宮城壁"を発動させていない間は、攻撃も行えるのだろう。
隙を見て仕掛けるのも可能なのだろうか?
《恐らく、自動防衛により、防御効果が優先されると予測します》
だろうな。
その辺りは、人間であるルドラよりも巧みに能力を使いこなしているのだろう。
そもそも、能力より生じた自我である神智核ならば、その程度の事は難なくこなすだろう。
非常に厄介な相手だった。
『あの天使、鬱陶しいな。だが、何とかアイツを信用させたい』
『は? 何でだ? 確かに厄介だが、攻撃が防がれるなら放置でいいだろ?』
『いや、アイツ……
ヴェルダとやらが、我が父である"星王竜"ヴェルダナーヴァだと抜かしたのだ。
身の程を知らぬ戯け者に、少しお仕置きしてやりたくてな』
倒す手段が無いルシアを油断させて倒そうというのかと思ったのだが、そういう事では無いらしい。
詳しく聞くと、居所も判らぬ相手を探し出し、仕留める気のようである。
確かに、この大戦、全ての局面を勝利しただけでは意味が無い。問題の根本であるヴェルダを倒す必要があるのだ。
四凶天将を全て倒して戦術的に勝利しても、ヴェルダに逃げられては敗北に等しいと言えた。
『なる程、お前はルシアに信用して貰い、ヴェルダの下に向うのが狙いか』
納得した。
ミリムらしく、結構合理的な作戦である。こういう所が侮れないところなのだ。
《その作戦は一つ穴があります。ヴェルダの能力が未知数であり、安全とは言えません》
そう、それが心配である。
最強の魔王の一柱であるミリムだが、単身で敵本拠地に乗り込むのには無理が無いだろうか?
『わはははは! 案ずるな。ワタシは居所を突き止める係りだ。
要は、スパイ! というヤツだな。
任せろ! こういう時に備えて、勉強したのだ!』
ああ、そう言えばこの前、それ系統の映画を見てたわ……。
実験の一環で、記憶の映像化を行ったのだが、その時に試したのが、俺の記憶の中の映画だった。
キラキラした目で、渋い諜報員が活躍するその物語を食い入るように見ていた者達に、ミリムも居た。
ああ、いらん知恵を付けてしまったようである。
だが、考えようによっては、案外良い作戦なのは確かだ。
細かい打ち合わせをして、作戦の詳細を詰める事にしよう。
だが、その前に……
(シエル、鬱陶しいから、先にルシアを無力化したい)
《了解しました。では――》
シエルに説明を受けた通り、能力を頭で組み立てる。
そして、
「さっきから邪魔だぞ、身の程を知るがいい!!」
と、適当に格好を付けながらルシアを睥睨する。
空気を読み、俺の刀で吹き飛ばされたフリをしつつ、ミリムが俺の邪魔をしない体勢に入った。
流石である。
ルシアを見下ろし、俺は右手を前に突き出した。
本当はそんな動作は必要ないのだが、演出は大事なのだ。
「ふふふ。何を為した所で、私の防御を突破は出来ませんよ?
それこそが、"王宮城壁"の真骨頂ですので」
「そうかよ。だが、これを受けても同じ事が言えるかな?」
そう言って、俺は『虚空之神』の虚無崩壊エネルギーを右手の前に抽出し、制御する。
思った以上に、制御が難しい。
こんなもの、解き放った瞬間に大爆発である。シエルの力が無ければ、とてもではないが実用化出来ない代物であった。
その超高圧のエネルギー塊を見て、流石にルシアも顔色を変えた。
本人は無事なのだろうが、天使の軍勢諸共に消し飛ばすと勘違いしたのだろう。
「貴様、そんな事をしても無駄だ!!
この一帯を更地に変えるだけで、意味など無い――」
「黙れ、意味があるか無いかは、俺が決める。
この世に別れを告げる祈りは済んだか? じゃあな! 攻性結界"絶崩封滅"!!」
叫ぶルシアを黙らせると、俺は制御したエネルギーを編みこんで、一つの術式を発動させた。
ぶっちゃけ、魔素の代わりにこのエネルギーで魔法を使うだけで、数倍以上に威力が増加しそうな程だ。
そんな高出力の虚無崩壊エネルギーにより編み込まれた術式が、ルシアへと向う。
自分の防御に絶対の自信を持つが故の、大失態だろう。
何ら抵抗する事なく、その術式はルシアを捉える事に成功していた。
確かに。爆発させたり、直接ぶつけたりしたとしても、ルシアには傷一つ付ける事は不可能だった。
だが……ルシアを傷付ける必要など無いのだ。
シエル先生曰く、発想の転換である。
《どんな攻撃も通用しないのは間違いありません。
あの能力は、"攻性不通"という効果を発揮しています。
どのような性質のものであろうとも、攻性は全て通しません。
つまり――》
つまり、核爆発だろうが毒だろうが、威力の大小問わず、攻撃は全て防いでしまう。
『虚空之神』を用いてどれだけ大出力で攻撃を放っても、それこそ星を砕いたとしても、ルシアは生き残るだろう。
宇宙空間ですら、生存可能だろう。
まあこれは、天使という精神生命体で食事や呼吸が不要だから成り立つ話であり、人間だったルドラなら無理な話なんだろうけど。
ともかく、事実上、倒す策は無いに等しいのだ。
だが、欠点が無い訳でも無いらしい。
"王宮城壁"は、その反則的な高性能を持つ弊害として、同時行動が不可能という欠点を持つ。
例えば、攻撃行動中でも不意打ちに対処して"王宮城壁"が発動するようだけど、自身が行っていた攻撃そのものはキャンセルされる事になる。
つまり、全てに"王宮城壁"が優先されてしまうと言う訳だ。
それこそ、移動すらも難しくなる程に。
ルドラは、その場から動く事も出来ないようだった。流石にルシアは、歩行や飛行による移動は可能なようであるが、それ以上は出来ない様子。
その性質を利用する。
ルシアの周囲に、常に攻撃を仕掛ける性質を持つ攻性結界を、空間固定にて発動させたのだ。
俺の"時空間支配"能力により、結界の座標固定など容易い事である。
この結界に、結界内への攻撃属性を付与した。すると、どうなるのか?
答えは簡単。
ルシアは、常に"王宮城壁"を発動した状態へと、強制的に陥った訳である。
座標を固定した事により、移動も不可能になるというオマケ付き。
時属性の付与にて、数百年は効果が持続するだろう。簡易結界としては、破格の性能である。
まあ、注ぎ込んだエネルギーはかなりのものなのだけれども。
俺やヴェルドラならば、多少のダメージを気にせずに力技で破れる程度の結界なのだが、自動で"王宮城壁"が発動するならそれも出来るかどうか疑わしい。
"王宮城壁"を切ったならば、確実に全エネルギーの集中を浴びてダメージを与えられる事になると、ルシアにも理解出来るだろうしな。
完全に封印成功であった。
自力で"王宮城壁"を切る事が可能かどうかは不明だが、もし切って攻性結界"絶崩封滅"を破るようならば、次はより強力なヤツを用意してある。
ルシアの力を計る意味でも、この攻撃は有効だと言えるだろう。
もっとも、ルシアはどうやら、攻性結界"絶崩封滅"すら破る事は出来ないようだった。
「フッ! 永劫の時を、孤独と絶望を噛み締めて過ごすがいい!」
格好よく、ポーズを決める。
完璧だった。
何か怒りながら叫んでいるルシア。
だが、結界に阻まれて、その声は俺に届かない。俺の声もルシアには届かないだろうから、敢えてポーズで挑発したという訳である。
攻性結界"絶崩封滅"は、循環型の成長型結界なのだ。つまり、ルシアの"王宮城壁"と接触する度に小爆発が生じ、そのエネルギーもまた還元されて結界をより強固なものへと成長させる。
中々考えられた、恐るべき性能を編み出したものである。
流石はシエルだった。
《お見事です! 特に最後のポーズは完璧でした!》
え、そこなの?
結界の効果や結果など、お見通しであったのだろう、まるで興味を示さぬシエルさん。
それなのに、俺の考えた挑発のポーズには、えらく反応して絶賛してくれた。
(クフフフフ。流石はリムル様!)
ディアブロが褒め称えてくる思念を感じたが、コイツも俺に対しては、否定的な事を言う事がない。
シエルの考えた技を、一発で成功させた事を褒めて貰いたい気持ちがあったのだが、シエルはもとよりディアブロに褒められてもイマイチ嬉しくなかった。
普段厳しい人に、ちょっとだけ褒められたら滅茶苦茶嬉しいという、ああいう気持ちである。
まあ、贅沢は言うまい。そんな人は俺の周囲には居ないのだし。
ここは、俺の中二病的なポーズに突っ込みが入らなかっただけ良しとすべきである。
俺はそっと、虚しい溜息を吐いたのだった。
とまあそんな感じで、軽くルシアの封印には成功したのだった。
その後、ディアブロを加えて、ミリムと三者で打ち合わせを行った。
勿論、戦闘は継続した状態で、である。我ながら器用な事が出来るようになったものである。
途中、カレラからの念話で、ゴブタがヴェガを葬ったと報告された。
しかも、苦戦ではなかったそうな。
《――! 流石はゴブタ。一番、成長の幅が予測困難なだけの事はあります。
ユニークスキル『偽賢者』を与えましたが、ここまでとは》
シエルが素直にゴブタを賞賛している。
こういう賞賛が、俺に対して出ないのはどういう事なのか問い詰めたい。
というか、いつの間にかユニークスキル『偽賢者』を与えていたのか。というか、偽、なんだ。
ゴブタに『偽賢者』、相応しくないようなお似合いなような……
まあいいか、アイツは天才だし。
迷宮内で修行している者の能力は完璧に把握していたようだが、隠れて修行するゴブタは若干未知な部分があったようだ。
それでも、下限と上限を鑑みても、ヴェガ相手には苦戦するというのが予想だったらしい。
いや、シエルの予想を上回るなんて、中々出来る事では無いぞ?
最上の成長を見せていた場合でさえ、ギリギリ引き分けか辛うじて勝利、という予想だったそうだが、ゴブタって一体……
いや、苦戦だったのだろう。ゴブタの性格により、結構楽勝に見えただけの話なのだろう。
そういう事にしておいた。
方針は決まった。
先ず、俺は敗北した事にして、表舞台から消える事にする。
(リムル、先ずはお前に消えて貰おう!)
というミリムの言葉により、作戦が決まったのだ。
要は、死んだフリ作戦、である。
(クフフフフ。大混乱になるでしょうね!)
嬉しそうに、ディアブロが嗤う。
何故なら、俺が生きている事を配下にも伝えない方が良いとシエルが提言したからだ。
《隠れている不穏分子を炙り出すのに、丁度良い機会です》
との事。
俺の仲間に裏切り者は居ないと思うのだが、魔王連中の思惑を知るにも良い機会であるし、シエルの予想では人間国家に不穏分子が出る可能性があるとの事。
西側諸国にしろ帝国にしろ、俺の力で抑え付けているようなものである。
不平不満を持つ者が居るのも当然かも知れない。
生き返らせた帝国兵にしろ、俺の死を知ると反乱に回る可能性もある訳だし。
(しかし、それをすると大混乱になるんじゃないか?)
という非常にもっともな俺の疑問には、先程のディアブロの反応が答えであった。
その反乱にかこつけて、粛清の嵐が巻き起こりそうである。
(しかも、なんか皆を騙すようで悪いし、さ)
皆を不安にさせるだけだと思ってそう言うのだが、
(クフフフフ。問題ありません。生存を知る時の喜びの方が上回るでしょう!)
と、取り合って貰えなかった。
ミリムの作戦上、俺を始末しルシアを救出した、とする方が信用度も上がるとの事。
何より、ヴェルダの油断を誘い、行動を大胆にさせる事も出来ると思われる。
俺以外の満場一致にて、この作戦が可決されたのだった。
果たして、世界に大混乱が巻き起こる事になる。
大戦開始一日目にして、世界の情勢は大きく変動する事になったのだ。
実は、真面目にリムルが消えたような書き方をするかとも思ったのですが、失敗。難しすぎました。
作風的にもあわないので、今回の形に落ち着きました。