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会社を離れたシモダと、会社を作った柿次郎。タイで交差した二人の現在

8月。バンコクはとても暑かった。

高いビルが立ち並び、人々の熱気と喧騒が混じりあう。シモダテツヤと徳谷柿次郎は、日本から遠く離れたタイにいた。

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23歳でpaperboy&co.(現GMOペパボ。以下、ペパボ)に入社後、24歳でWebメディア「オモコロ」を立ち上げ、29歳でバーグハンバーグバーグ(以下、バーグ)を起業。その後、9年の歳月を経て社長を退任し、1年間タイの山奥へ移住。それがシモダテツヤの経歴だ。

一方の柿次郎は、シモダの元部下。極貧生活を送っていた大阪時代、インターネットを通じて知り合ったシモダの「50万円貯めて東京へ来い!」という言葉をきっかけに上京。バーグの四人目の社員となった後、2016年に退職。翌年、自らの会社としてHuuuuを設立した。

柿次郎の退職後、疎遠になっていた二人だが、シモダのタイ移住をきっかけに旅を計画。10日間かけてベトナムとタイを巡り、最後の目的地であるバンコクを訪れていた。

この日は旅の最終日。とあるレコードショップの前で待ち合わせていた二人。予定時刻から少し遅れてシモダが到着し、数年ぶりの長い対話が始まった。

話はなかなか始まらない

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柿次郎:今回、Huuuuとモメンタム・ホース(※スタートアップ領域を多く手がける編集チーム)の2社合同で「CAIXA」という自社メディアをやってみようと思ってるんです。

シモダ:グッド!グッドグッド!!スーパーグッド!!!

柿次郎:全然気持ち入ってないじゃないですか(笑)。

シモダ:いや、そんなことないですよ。本当にグッドだと思ってます。

柿次郎:CAIXAの特集第1弾は「会社の価値」。意味が結構広いんですけど、これから日本の会社を離れて、タイの山奥に移住するシモやん(※柿次郎からの古い愛称)にはピッタリのテーマじゃないかなと。

シモダ:ピッタリ? 現在ほぼ何もやってない俺が会社の価値について……語る?

柿次郎:……なんか疲れてません(笑)?

シモダ:この場所、意外とBTS(※バンコクの電車)の駅から遠くて……。

柿次郎:あはは。落ち着くまでちょっと待ちましょうか。

どろどろした闇にお乳をあげて育てる

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▲ベトナムでの旅の一コマ。2人が一緒に旅をするのはバーグの頃以来、数年ぶりのこと

柿次郎:シモやんはバーグの社長時代から、ずっと「日本が合わなくなったら海外へ出る」と言ってましたよね。今回タイに移住するのは、なにか価値観の変化があったんですか?

シモダ:別にそんな劇的なものはなくて、どちらかというとタイミングのほうが大きいかなぁ。社長を退任して、時間がドカッとできたタイミングで、次に何をするか考えるためのインターバルでもあるし、それを探しにいくためでもあるし。

柿次郎:なるほど。

シモダ:あと最近、日本って暗いニュースだったり、窮屈さを感じる話題ばかりじゃないですか。だから2020年のオリンピックという明るい話題はちょっとした希望かもしれないけど、その時期に、あえて日本にいないっていう。帰る頃にはオリンピック終わってる。

柿次郎:ひねくれてますね。

シモダ:オリンピックもそうだけど、中学・高校の時、周りが盛り上がっている話に自分だけついていけない瞬間ってなかった? みんなの輪に入りたいけど最初のタイミング逃したせいでずっと4コマ書いてたり、図書館に籠もって星新一を読んでたりとか。

でもそういう時間に培った感覚は、10年後に面白くなって現れたりする。だから、どろどろした闇にお乳をあげて育てるみたいな感じ。

柿次郎:闇にお乳をあげてる(笑)? それは自分の孤独と向き合うってことですか?

シモダ:孤独というか、自分の世界に籠もる時間を作りたいなと。
社長業を続けてると付き合いも広がっていくし、広がった世界でいろいろと吸収することが増えるのはいいんだけど、色んな情報が入ってくるからだんだん飽和してきて、気づいたらそれが自分の考えなのか、他者の考えなのかの境目がわからなくなってきちゃって。

時間をかけて自分の内面と向き合うのは、社長になってからの9年間、ずっとやってなかったから。リセットの意味もあるかな。

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柿次郎:リセット。自分の今までの価値観とか、周りからの評価を全部捨てるとか?

シモダ:全部捨てたいわけではないけど。う〜ん、なんだろう。

例えば金銭感覚って、日本に住んでるとなかなか若い頃の状態に戻すのが難しい。若い頃ってお金がないから色んな工夫もするし発見もあるけど、ある程度稼ぎ始めたら、お金を払って楽することもできる。

でも、そればっかりに慣れてしまうと、一から新しいものを見られなくなると思うんで。通貨も物価も違う国にいけば計画的にそういう環境に身をおけるかなって。

柿次郎:ああー、なるほど。

シモダ:あとは見慣れてないことを経験する機会が増える。象飛び出し注意の標識とか、猟奇殺人現場みたいなスーパーの肉売り場を眺めるとか、畑仕事をしてる人らと飲んだときに密造酒を振る舞われるとか。

柿次郎:庭でタランチュラ捕まえて食うとか(笑)。

シモダ:あれ、おいしいよね。特に腹の部分。

そうやっていろんな感度をリセットすることで、また新鮮にものを見られるし、ちょっとしたものでも日本と比べる視点がついて面白く感じられる。だからなのか旅してるときって金銭感覚が昔に戻って「え、チャーハンが50バーツ(168円くらい)もすんの! 高い! 前は30バーツ(108円くらい)で食えたのに!」とか無茶苦茶ケチになれたりもする。

柿次郎:今回の旅行中もずっと言ってましたもんね。

Huuuuはギルドになれてなかったのかもしれない

柿次郎:あと昨日、「これからはギルドの時代だ」って言ってたじゃないですか。ギルドのどういうところに惹かれます?

シモダ:ギルドかぁ。んー、ペパボで従業員やって、バーグで経営者やって、どちらの立場も経験した身としてなんとなく思ってることがあって。それは、経営者はお金も時間も自分で決めれるので自由になるって旨味がある分、当然いろいろなリスクを抱えることになる。逆に従業員は拘束されるけど、だいぶ手厚く守ってもらえるってことで。

柿次郎:そうですね。僕も経営者になったので、よくわかります。

シモダ:でも、今って「自由に自分勝手に働きたいけど、正社員の旨味は欲しい」ってぬるい感覚を持つ人も増えてきてると思う。

資金に余裕のある大企業ならまだしも、普通の企業はそんなリスクなしの旨味いいとこ取りで他と競争した時に勝てるわけがないし。それなら、ぼーっとしてたら死んでしまうっていう危機意識と自己責任感を持っている人同士でピリピリしたギルドを作ったほうが、リスクを取る分、見返りも多くて、いい結果を出せるんじゃないかなって。

柿次郎:「自由に働く」って、それなりのリスクも必要になりますもんね。

シモダ:そうね。会社経営は長期的な計画を考えてキャッシュも貯めてく必要があるから、いきなり社員に大きな恩恵は与えられない。それに震災みたいな大きい社会の変化が起きても、いきなり「はい、じゃあ会社解散します」とかできないからね。

柿次郎:ある意味では、そういう時も雇ってもらえる安心感が会社に属するメリットですからね。

シモダ:でも、ギルドって要は会社の自己責任版でしょ。自己責任で集まってるから、もし「もうあかん!」ってなっても簡単に解散出来る。そうなっても誰かのせいにできないし、本人たちも納得いく。そこがシンプルでいい。

たしかにギルドは常にプロジェクトが魅力的じゃないと、保険や保証がないぶん大変かもしれない。でも自分で節税もできるし、多分、やり方次第で会社員よりギルドのほうが収入を高くできる。

もし今いる会社に文句があって何年も文句を言ってるだけの人がいるなら、そういう働き方を模索するのもいいんじゃないかって思うけどね。俺もサラリーマンの後に起業したときが一番感覚変わったタイミングだったし。雇用されているときは多少不満があったけど、独立してからはすごく甘い考えも多かったと気づいてペパボの社長に謝りに行ったよ。

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柿次郎:Huuuuの場合、最初は僕の1人会社で、そこにフリーランスのメンバーが所属してるギルド組織だと言ってたんです。でも話を聞いてて、Huuuuはギルドっぽいようで、実は全然ギルドになれてなかったのかもなと。

活動領域がローカルというニッチなジャンルだから、長いスパンで一緒に仕事をしないと、大きな価値を産みにくい。仕事が長いスパンなぶん、気軽に解散もしづらい。そこの難しさはありますね。

シモダ:なるほどね。

柿次郎:あと、メンバーのタイプもありますね。世の中の人はギルドに向いてるタイプと、そうじゃないタイプに分かれるはず。そこからどう巻き込んで、どう仕事を任せるのかが大事なのかなと。

シモダ:承認欲求、出世欲がある人がギルドには向いてるのかもしれないね。

柿次郎:これだけ働き方改革とか言ってても、意外と独立や副業をする会社員の人は少ないですし。

シモダ:でも、ほとんどの人はそうだと思うよ。副業する余裕がないとか、何をやっていいのかわからないから会社に所属する人も多いだろうし。

そういう人は、誰かが決めた収入しか稼ぎきれないって弱点もあるけど、それはその人が納得してるってことだからその中で上手に最大化していくしかない。その枠から外れて旨味を取りたいなら弱肉強食になると思うし、それを大きく変えたいならリスクを背負うか、異常な努力をするかのどちらかでしょ。

柿次郎には、話し相手になってほしかった

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柿次郎:この機会だからあえて聞くんですけど、バーグ時代の僕ってどうでした?

シモダ:そんなん知らんわ(笑)。

柿次郎:まあそう言わず……僕、印象に残ってるエピソードがあるんですよ。当時、会社に大きな仕事の相談が来て、僕が出向するみたいな話になったんですよね。そしたら、シモやんが「そんなもん行くな!」って怒ったことがあって。

シモダ:そんなんあったけ? 洋平(※柿次郎の本名)が他の会社で修行したかったってこと?

柿次郎:また洋平って言う(笑)! 柿次郎って名付けといて、なんでずっと本名で呼ぶんすか。修行というより、仕事としてよその会社に出向みたいな役割で行って、そこでコミュニケーションして、会社に価値を還元する、みたいな感じでした。

シモダ:あ〜、あったような気がする。んー、今でも出向は基本ナシだと思うな。会社の文化が薄まるだけだし、意味ないから。

柿次郎:それはやっぱり、一緒の場所にいることが大事ということ?

シモダ:外で仕事の窓口を広げるとかはもちろんわかる。だけど、バーグは突き抜けた個性だけで勝負するのが格好いいと思って作った会社だから、とにかく面白くあることだけに集中しろって思ってたかな。面白いことだけずっと続けていれば、仕事がくるって信じてたから。

柿次郎:ああ〜。多分、僕は焦ってたんですよ。周りはみんなアイデアがポンポン出るのに、自分は最初の1〜2年、全然アイデアが出せなかった。自分が成長してるのかわからなかったし、だからこそ、みんながやってないことに価値を作ろうとしてましたね。

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シモダ:ん〜、でも当時の俺が柿次郎に一番望んでたのって、アイデアを出すことじゃなくて、俺の話し相手になってもらうことだったかもしれない。

柿次郎:話し相手?

シモダ:人に話すことで自分の頭の中を整理できるし、チューニングもできる。柿次郎とは「語り合う」という意味では相性も良かったし、自分を汲み取って理解してくれる人ってやっぱり貴重だったんで、そういう意味ではすごく助けられた。社長をやる上で自分一人で悩んで決断するときって多かったんだけど、誰かがその考えに至るまでの過程を見てくれてるって安心感はありがたかった。

もちろんアイデアを出すことも大事だけど、それより大事なのは、その人にしかできないことが武器になる環境を作れるかかなあ。

柿次郎:なるほど。

シモダ:世間から見たら「アイデアがいっぱい出る人」は少数派だけど、バーグって会社の中では、一般的な感覚を持ってる柿次郎が少数派になる。その状態は面白かったし、そんな柿次郎を通すことで「わかる人だけがわかればいい」ってならないようにバランスをとってたのかもしれない。

「社員を雇う」会社の実験

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柿次郎:一人でやってると、どうしても視野が狭くなりますからね。でも「狭さ」の価値も、知れば知るほど面白くて。確かに色々な意見を聞いて、間口を広くした方が届くのはわかるけど、たった一人の誰かに強く刺さる「狭い」ものを作ることにも価値があると思んです。

今は特にメディアの仕事が一周した感じがあって、自分をどう満たすかと、目の前の人にどう面白く伝えるかに寄ってる気がしていて。もしかしたら、組織ではそういう「狭さ」を追求することは難しいかもしれませんね。

シモダ:でも、最近Huuuuは社員を雇ったんじゃなかった? 組織にしてるけど。

柿次郎:そうなんです。それは「狭さ」の価値を知った上で、組織を作ることの価値も知りたかったからで。

ギルドでも、僕の属人的な仕事を回すことはできます。けれども僕に頼りきりの組織では、100%を超える仕事はできない。やっぱり僕以外にも強いプレーヤーがいないと、この先にはいけないと思ったんですよね。だからHuuuu初期メンバーのだんごさんを役員にして、日向くんって若者を社員として雇った。会社をやっていく上での実験みたいな感覚です。

シモダ:それ、試すのはいいけど、後戻りのできない実験でもあるよね。

柿次郎:それを僕は「後戻りすんぞ、いつでも解散するから」ってずっと言ってます。

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シモダ:あはは、無茶苦茶やけど俺は好きです。

柿次郎:後戻りもするし、一年くらいたったら辞めるかもしれない。それでもよかったら、この雇用ってシステムで一回やってみないかと。

確かに、もっと覚悟を持って何年も雇うつもりでやるほうが正しいって気持ちもあるんです。だけど、やっぱり無理して続けたくない。

シモダ:普通、会社って社員を雇ったら会社が継続することを一番に考えないといけない。だから、それこそ柿次郎の考え方はギルドっぽい。Huuuuはギルドのほうがいいんじゃない(笑)?

柿次郎:まぁまぁまぁ。でも一回、雇用はしてみたかったんです。雇用することでなにかが変わるかもしれないし、「雇用もするぞ」ってカードを切ることで人を集めたい。

とはいえ、だんごさんと日向くんには「Huuuuを好きに利用してくれればいい」と言ってます。僕が飽きて価値がなくなったら、Huuuuをやめてもいいと思ってるんですよね。

それは僕自身、自分でやりたいことがあるから。自分のやりたいことをもっと強く、もっと大きくするために、会社という体裁をとっているだけなので。

シモダ:なるほど。

柿次郎:その最前線に、だんごさんと日向くんがいて、僕ではなく彼らの拾いたいものを集めて、他のメンバーを巻き込みながらHuuuuが大きくなっていくほうが面白い。そっちのほうがたくさんのものを拾えるとも思うんですよね。

ギルドのままそれが実現できればよかったんですけど、社員にして実現するならそれでもいい。無理せず、でもやりたいことのために実験し続ける。そんなところから生まれる会社の価値もあるのかな、と思うんです。

シモダ:なんかめっちゃ経営者やん。

柿次郎:経営者ですからね。

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辺りは少し日が暮れていた。天井に吊るされた豆電球に明かりが灯る。

「最後に写真を撮りましょう」

同席していたカメラマンがそう促すと、一瞬困惑したシモダが柿次郎を抱きかかえてカメラの前に立つ。二人のあまりに無邪気な表情に、思わず笑いが起こる。

親子、夫婦、兄弟、友達、師弟、上司と部下。

世の中には様々な関係性があるが、二人の間柄を端的に言い表すのは難しい。それは、決して血は繋がっていないけれど、深い絆を秘めた関係。家族のように遠くて、他人のように近い存在。

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▲約10年前の二人

10日間にわたる旅を終えた二人は、少し疲れているようにも見えたが、不思議と穏やかな表情をしていた。もしかすると、この旅の中でポッカリと空いた時間を埋めていたのかもしれない。

帰り支度をしていると、ふとシモダがつぶやいた。

「あ!!俺、インタビュー中ずっとサングラスかけてた…。なんかすごい調子乗ってるやつみたい」

また、その場が笑いに包まれた。

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執筆:日向コイケ、撮影:柳下恭平、編集:友光だんご


★二人の関係性について書いた柿次郎のnoteもご覧下さい


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