最終話 転生したら――
ユウキとの戦いから一年経った。
あれから色々あった。
いや本当に。
思い出すのも大変な程だったのだ。
ヴェルダを倒した事を、全世界に向けて放送した。
監視魔法を応用した光学魔法により、俺の姿を各国の上空に投影したのだ。
そして、全世界的な危機が去った事を、俺の名において宣言したのである。
世界は歓喜に包まれ、ゆっくりと未曾有の混乱は終息していった。
それを助けたのは言うまでもないが、魔物の国の住民達である。
ともかく、ようやく世界は以前の落ち着きを取り戻したのだった。
………
……
…
ユウキを倒して一段落してから、ヴェルドラを解放した。
そしたらヴェルドラのヤツ、
「クアーーー、よく寝た。ようやく我の出番のようだな!」
などと言い放ちやがった。
いくら『虚数空間』の中で外界と隔絶させていたとはいえ、余りにも空気を読めていない発言であったと言えよう。
その代償は高くついた。
姉二人に捕まり、きっちりとお仕置きされていたのは仕方無い話である。
とはいえ、姉二人――ヴェルザードとヴェルグリンドの興味は、ミリムの肩に乗っている新たなる"竜種"であるヴェルガイアへとすぐに移った。
それで助かったと言えるのだが、それが原因で姉達から放置されてしまったのは、ヴェルドラの完全なる自業自得であろう。
「グヌゥ……ガイアのヤツめ……」
と弟(?)に嫉妬するヴェルドラを慰めるのが俺の役目となり、非常に迷惑したのはここだけの話だ。
まあ何のかんの言って、ヴェルドラはいつも通りだ。
これからも迷惑行為を撒き散らし、それを俺が何とかする関係が続いていくのだろう。
それを思うと愉快な気分になるのだが、ヴェルドラには秘密である。
だってそうだろ?
それを言ってしまうと、ヤツが調子に乗るのが明白だからだ。
今後とも俺達の関係が変わらないのと同様に、それは言うまでもない事なのだ。
◇◇◇
そんなヴェルドラの姉二人だが、片方のヴェルグリンドはさっさと旅立ってしまった。
ルドラの生まれ変わりを探しに行ったのだろう。
「リムル、心当たりがあるのではないか?」
「えっ!? い、いいや。知らないっすよ?」
旅立つ前に突然聞かれたが、俺は華麗にスルーしておいた。
少しどもってしまったのは、ヴェルドラを血祭りに上げる姿が怖かったからではない。
迫力ある美人の顔が直近に迫り、少し緊張してしまっただけなのだ。
……いや本当に。
実は、疑わしい人物に心当たりはある。
だがしかし、ここで彼の名を出してしまうと、俺がヴェルグリンドに屈したように思われてしまうだろう。
それに、彼を売るのは少しだけ可哀相だと思ったというのも理由であった。
せっかく平和が訪れるのだし、もう少し幸せな時間を味わっても良いと思うのだ。
……だが、そんな俺の配慮を他所に、彼はアッサリとヴェルグリンドに見つかってしまったようだ。
ご愁傷様と思いつつ、彼の行く手に幸多からん事を祈っておいた。
――その後、喋る剣を携え竜と悪魔を従えた勇者の物語が幕を開けるのだが、それは俺とは関係のない話なのである。
◇◇◇
ヴェルザードはギィと共に、北の大陸へと戻って行った。
人の干渉できない極寒の地にて、悪魔達の楽園を築くのだそうだ。
城は完全に崩壊してしまっていたが、ギィの能力で再現すると言う。
最終決戦の経験を元に自身の究極能力『傲慢之王』を進化させて、究極能力『深淵之神』を獲得していたようだ。
この能力はガイアの『万物具現』をも取り込んだようで、まさに万能能力となっていそうである。
ルドラの暴走エネルギーを処理しようとして、能力進化を試みたのだそうだ。
俺がタイミング良く登場した事で、せっかくの能力を使用する事なく最後の戦いが終ってしまって不満そうだったけど。
隠す気もないのか、本人から直接聞いた。
「テメーとは戦うつもりはない。オレは勝てない戦いはしない主義なんだ」
とは、その時に言われた言葉である。
それが本心なのかどうかは不明だが、俺からしてもギィと戦いたくはなかったので望む所だった。
少なくとも、本気になったギィならばユウキとも互角以上に戦えそうな気配を感じた。
今の俺ならば負ける事はないと思うが、そうした慢心から怪我をするのも御免である。
戦う理由も意味もないのだし、仲良く出来るのならそれが一番なのだ。
ギィもある意味では戦闘脳なので、不必要に挑まれなかっただけ良しとしよう。
そんな事を言いながらも、この後何度かギィと戦う事になるのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。
◇◇◇
天空界は、ミリムの領土と決まった。
ガイアの『万物具現』により、戦いで壊した居城や天空門の修復を行ったのだ。
ミリムの統治していた旧魔王領から、続々と住民が移住中である。
フレイを筆頭とした有翼族や、カリオン率いる獣人族。
そして、ディーノに付き従う事になった天魔族達。
天魔族とは、受肉した天使が変質して生まれた新たな種族と言えば良いだろうか?
そもそも、天使が魔に堕ちて派生したのが有翼族や長鼻族なのだと言われているので、一概には言えないだろう。
ディーノなんて、天使のまま堕天した堕天族という種族だし。
本当の意味での天使族には肉体がないので、天空界でしか活動出来ないのだ。なので、ミリムの配下としては、天魔族、有翼族、獣人族の三種族が主力となる。
文化交流として魔物の国との交流を密にする事は確定済みであり、新技術の試行実験は天空界で行う事になっている。
魔素という、直接エネルギーに変換可能な物質がある以上、科学の発展は元の世界と異なるものとなるのは明らかだ。
開発研究は今まで通り迷宮内部で行うが、出来たものを取り入れるのは天空界が最初となる。
そして、そこで得たデータを元に完成したものを、魔物の国にて運用するという寸法だ。
当然だが、物理技術に基づくものはドワーフ王国に、魔法技術に基づくものは魔導王朝サリオンへと真っ先に還元する事になっている。
こうして各国の独自性を保ちつつ、西側諸国には数世代遅れの技術を流出させていく事になるだろう。
高い技術料が俺の懐に入る事になるのは、言うまでもない話なのだ。
で、当のミリムはと言うと相変わらずで……フレイの目を盗み、ちょくちょく遊びに来る。
いやまあ、俺も一緒になって遊んで――いやいや、息抜きしているのだから、文句はないのだけどね。
ミリムの護衛という名目でディーノもやって来るのだが、コイツの場合はお菓子とサボり目的なのは間違いない。
何しろ、散々遊び終えたタイミングでフレイが現れて、ミリムとディーノが揃って青い顔になるのもお約束だからだ。
主従揃って働く気に乏しいようだが、天空界は大丈夫だろうか?
まあ、苦労性のフレイがいる間は何とかなるだろうけど。
◇◇◇
ミリムで思い出したが、一つ問題がある。
最近、シュナやシオンとミリムが、俺のいない所で激しく争っているらしいのだ。
ソウエイがそれとなく報告してくれたのだが、何でも俺の正妻の座を巡る聖戦なのだとか。
何だそれ? と呆れるしかない話に、頭が痛くなるのを感じる。
俺には息子がないし、そもそも寿命がないのだから結婚も不要なのだよ。
というか、争いの元になる予感しかしない。
クロエなどは、「先生は(私だけの)先生ですから!」と言って懐いてくれているので、素直に可愛いと思えるのだけどね。
「ずるいのだ! リムルはワタシの親友だから、一番はワタシなのだぞ!」
「それは騙されているのです! それを言うなら、私こそ、リムル様の唯一の秘書ですから!」
「クロエ――思った以上に策士だったようですね……。脳筋のミリム様やシオン以上に、警戒すべき相手でした……」
クロエと寛いでお茶していると、三人が雪崩れ込んで来た。
そしていつものように、騒々しい時間が始まる。
これも段々と日常化してきたので、そろそろ対策を考えた方が良いかもしれない。
それに、正妻を認めたら、側室とか言い出す気だろうか?
いやいや、そんな事を考えるのは止めておこう。
面倒過ぎる話である。
《ふふふ、我が主の正妻は私ですから――》
何か聞こえた気がしたが、それも深く考えるのは止めておいた方が良さそうだ。
俺はいつものように、早々に問題を先送りにすると決めたのだった。
◇◇◇
魔物の国も大きな変化を遂げた。
ベニマルを筆頭とした幹部達やリグルド以下のホブゴブリン達に労われた後、街の復興に取り掛かった。
ゲルド配下の工作兵により、瞬く間に街が再建されたのだ。
周辺都市の再設置は、ラミリスが簡単に済ませている。
冒険者も協力してくれたし、帝国兵も動員した。
彼等の給料がどうなっているのか? それは俺が考える事ではない。
ミョルマイル君が泣きそうな声で「リムル様〜〜〜」と縋ってきたが、「頑張れ! 君なら出来る!!」と暖かく応援しておいたので大丈夫だろう。
リグルドに肩を叩かれて慰められていたようだが、仲良くやっているようで何よりだ。
だが、彼の頑張りのお陰で、魔物の国は他に類を見ない超未来都市として生まれ変わった。
俺が自重せずにアイデアを出し、それをゲルドが全て実現してくれたからだ。
研究中の新発明を実用化したものを、惜しげもなく実装したのだ。
天空界での実験を待たずに採用したものもある。
温泉街としての観光地的側面を残しつつ、見事なまでに未来化改修が完了した。
ぶっちゃけ、わざと地上部分を更地にしたのではないかと疑われた程である。
大規模な魔法陣により実現した、多重防御用結界。
転移装置により結ばれた、都市内部の流通経路。
区画毎に転移魔法陣が配置されているので、移動はスムーズとなっている。
超高層ビル群が機能的に配置され、光が降り注ぐように、都市中枢を取り囲む。
その周囲に、住民の居住空間が広がり、森と融和しているのだ。
癒し空間すら備えた、幻想都市の完成である。
魔法と科学が融和しているので、果てしなく時代を先取りしたような利便性の高さを実現出来たのだった。
当然だが、他国との交流の為にも仕事は山盛りだ。
転移中継魔法陣の設置は急務だが、それと併用して鉄道網の整備も行う必要がある。
そう考えて、各都市との交通網として魔素で動く列車を配備する事にした。
各種魔法技術の粋を集め、周囲に衝撃や音を漏らす事なく時速三百キロを超える速度で運用可能である。
軌道敷設は帝国兵によるものだ。
西側諸国、ドワーフ王国、魔導王朝サリオン、そして旧魔王領。
魔物の国周辺との交通網も急ピッチで進められているのだ。
ドワーフ王国と帝国の間は、ドワーフによる施工にて軌道が設置される事になっている。
ちなみに、ミリム一派が去った後の旧魔王領だが、ここは未だ手付かずである。
豊かな大地であり、資源は豊富。
今後の運用については、各国の王達とも相談の上、決定しようと思う。
これらの開発は、国家事業として十数年かけて達成する事になるだろう。
反対する者はいなかった。
俺の名で施工を申し入れるだけで、どこの国も喜んで協力を申し出てくれたのだ。
流石、世界を救った大魔王の名は伊達ではないという事だろう。
新たな技術の登場により、失業者が大量に出る事も想定される。そうした者達に仕事を与える事にもなるので、何も悪い事ばかりではないというのも理由だろうけど。
寧ろ、先を見る目があるならば、こうした交通網の整備は良い点しかないと気付いたのかも知れない。
これからの時代、情報を制する者が全てを掴むようになる。
俺は自重しないと決めたし、邪魔する者もいなくなった。
ならば、魔物の国から齎される新技術を如何に早く取り入れるか、それこそが他国に先んじる一手となるだろうから。
直接的な戦争という手段が馬鹿馬鹿しいと思える程に、経済戦争は苛烈なのだ。
それを支えるのは情報であり、国民の努力である。
各人が努力しないならば、その国の生活レベルは低いままとなり、格差は凄まじく開く事になるだろう――というのが、シエルさんの立てた未来予想図なのだから。
というか、経済力と技術力で、世界を実効支配しようとしているとも取れるんだよね……。
いやいや、俺の考え過ぎだろう。
自重しないとは言ったけど、世界征服したいなんて一言も言ってはいないしね。
これから先も皆で頑張って、より良い世界にしていければそれでいいのだ。
◇◇◇
ジュラの大森林に、新たに二つの都市を創設する事にした。
只今絶賛建設中である。
ハイオークの住む鉱山都市と、リザードマンの住む水中都市だ。
鉱山都市からは良質の鉱石が産出される。
そうして産出したものを、中央都市である魔物の国へと運ばせるのだ。
水中都市はシス湖の中に浮かぶ都で、飛空船の整備工廠を兼ねる予定だ。
魔物の国にも工房はあるのだが、大量に停める場所がないのだ。
その点、広大なシス湖ならば、幾らでも船を浮かべる事が出来るだろう。
魔物の国はリグルドが宰相として統治してくれる。
鉱山都市はゲルドが、水中都市はガビルが、それぞれ部族を纏める王となり統治する事になるだろう。
ガビルでは少し心配だが、アビルとも仲直りした上に成長もしている。
昔のガビルではないし、問題はないだろう。
こうして、俺が口を出さずとも動くシステムが順調に構築されていく。
◇◇◇
世界各地にて発見される"異世界人"も、今では無事に保護されるようになっていた。
この世界で生きる事を選択した者は、イングラシア王国にある"学園"に送り、この世界の常識と戦闘技術、その他事項を教育する事になる。
卒業後は本人の自由であり、望むならば各国の重要機関に勤めるという選択肢も用意されていた。
帰還を望む者は、マイが率先して研究している異世界交流調査部門に所属する事になる。
実は、俺ならば元の世界に戻してやる事も可能なのだ。
だが、慈善事業のように皆を各々の故郷に戻すのは、何だか違うような気がした。
それに、世界は幾つも存在する事が確認出来た以上、"異世界人"と一括りにも出来ない。
俺の故郷とは別の異世界からやって来ている場合もあるだろうからだ。
情報は提供する。だから、自分達で頑張って次元を超える転移方法――次元間航法を発見して貰いたいと思うのだ。
その為には、帰りたいという強い意思が、何よりも大きな原動力になるだろうから。
数年頑張っても駄目そうなら、こっそりと送ってやろうかなとは思っているんだけど……彼等なら成し遂げてくれるという予感があるので、その必要はないかも知れない。
彼等の努力は実を結び、次元間航法は開発される。
そして――
次元を超えた交流により、新たなる物語が始まるのだ。
◇◇◇
ラミリスはご立腹だった。
「せっかくアタシが華麗なる活躍をする予定だったのに! また何千年も子供のままじゃん!」
と、俺に文句を言ってきたのだ。
そんな事を言われても知らん、というのが正直な感想である。
トレイニーさん達まで、ラミリスの晴れ姿を見れなかったと残念そうにしている。
だけどね、数千年の内に数年ちょっと? そんな短い期間しか成人の姿になれないのが変なのだ。
今回は無理やりに覚醒したとの事で、また最初からやり直しになるのだとか。
「まあいいじゃないか。子供は自由に遊べるんだし、ミリムみたいに嫌な仕事を割り振られる事もないだろ?」
「そりゃあ、まあね。好きな研究が仕事になるし、ここは最高だけどさ……」
「だろ? そもそも、大人になったからって、何かしたい事がある訳でもないんだろ?」
「うーん、そう言われてみれば……」
とまあ、そんなやり取りがあったのだが、それ以降はご機嫌になり普段通りに戻っている。
大人になった姿を俺に見せたかっただけのようだし、ラミリスの怒りなんてそんなもんである。
そして迷宮はというと、難易度が高くなり過ぎていた。
どう考えても人間に攻略など不可能。
機動兵器や、魔導兵器といった、最新鋭の戦闘兵器を用意しても厳しいだろう。
下層階は、新型兵器の実験場といった趣すら醸し始めている程なのだ。
なので、五十階層を突破したらエルフの都市へのパスポートを発行する事にした。
そうでもなければ、せっかくの上流の癒し空間が全くの無駄になってしまうから。
俺達や、各国の王族専用のVIP施設としては利用しているのだが、それだけでは寂しいというものである。
それはともかくとして、ラミリスやゼギオンを筆頭とした迷宮勢は、ますますその力を増していく事になるのだった。
………
……
…
とまあ、こんな感じの慌しい一年だったのだ。
思い返してみても非常に濃密な時間である。
だけど、そろそろ落ち着いたので、心残りを一つ片付けようと思う。
◇◇◇
立ち並ぶのは高層ビル。
周囲は喧騒に包まれており、悲鳴や怒号に満ちている。
遠くではパトカーのサイレンの音。
懐かしさに、眩暈すら覚える光景だった。
「先輩、先輩!? しっかりして下さいよ、先輩ーーーー!!」
刺されて倒れたナイスガイを抱えて泣き叫ぶ若造と、それを悲しそうに見つめる女性。
田村と沢渡さんだ。
コイツ等、本当に変わってないな――いやまあ、変わってなくて当然なんだけど。
俺は田村に歩み寄り、肩を叩いた。
「ちょっとどけよ、田村」
「っ!? 誰だ、君……? 何で俺の名前を知って――」
「いいからいいから。相変わらず細かいヤツだな」
文句を言おうと俺を振り向いたが、あまりの美貌に言葉を失った、って所か?
沢渡さんに怒られるぞと思ったが、その言葉は飲み込んでおく。
俺は田村を押しやると、懐から取り出した宝珠をナイスガイの死体へと翳した。
さて、と。
死体と宝珠が上手く融合したので、後は俺の『多重並列存在』を移して完了だ。
おっと、忘れてた。
人間の肉体には痛みがありそうだし、きちんと治療しておこう。
そう考えて、懐から取り出した回復薬を死体へと降り注ぐ。
見る見るうちに傷が消えるのを確認し、こっちでも薬は効果があるのだと納得した。
上手く治癒しなかったら、一度飲み込んで復元するしかなかったので少し面倒だと思っていたのだ。
回復薬に効果があって助かった。
これで準備完了。
俺は意識を集中し、宝珠へと『多重並列存在』を移した。
《成功です。こちらでも問題なく能力は発動するようです》
うむ、良かった。
ナイスガイ――つまりは元の世界の自分の肉体に、今の意識を分けて移す事に成功したようだ。
さて、俺――三上悟――が目覚める前に、さっさとこの場を離れるとしよう。
「君は一体何を……」
「おう、田村。今後はちゃんと先輩を敬って、変な自慢をしようなどと考えるなよ。それと、PCは自分で何とかするから、あの依頼はキャンセルだ!」
「えっ!?」
混乱と驚愕と混ざったような田村にニヤリと笑って見せると、俺はその場を後にする。
多くを語る必要はない。
後は、俺――三上悟――がヤツに説明するだろうから。
………
……
…
俺は目が覚めた。
病院のベッドの上、懐かしい元の世界である。
そして、三十七年を共にした、馴染み深い男の肉体。
そっと確かめると息子も健在だ。
良かった。
心の底から思う。
ただし、使えなくなっていないか少し心配ではあったけど。
え、どうせ使った事ないんだろうだって? ぶち殺すぞ、この野郎!!
いついかなる時でも使えるようにしておく、それがマナーだ。
準備は大切なのだ。
とまあ、それはさておき。
今までの事は夢とかじゃないだろうな?
刺されたショックで見た夢とか、夢オチは勘弁して貰いたいのだけど……。
あれだけ大変な思いをしたのが、単なる白昼夢とかだったら笑うに笑えない。
だけど、これだけ平和そうなら、あながち冗談ではなく夢だったと言われれば信じてしまいそうだ。
「あ、先輩! 目が覚めたんですね?」
「……田村、か。ここは病院、か?」
「そうですよ。さっきまで警察が来ていたんですが、念の為に養生した方が良いって医者に言われて戻ったみたいですね」
「警察……? 何で……」
「落ち着いて下さい。先輩、通り魔に刺されそうになった事、覚えていますか? その通り魔の目撃情報を聞こうと、警察が来ていたんですよ」
「ああ、なるほど……。って、俺は確か刺されなかったか?」
あれ? マジで夢だったのか?
刺されていなくて気絶しただけとかなら、本当に白昼夢だった可能性が――
「――実はですね、信じて貰えないと思うんですが……不思議な女性――それも、モデルや芸能人なんて目じゃない程に、壮絶な美女だったんですけどね――が、先輩を生き返らせたんですよ。いや、何を言っているんだって笑われても仕方ないと思うんですけど、本当なんですよ! 証拠に、あれを見て下さい」
俺の疑問に、田村が答えてくれた。
見れば、壁に掛かった俺のスーツの背中が小さく裂けており、そこの部分が赤黒く染まっている。
どうやら、俺の流した大量の血液で間違いなさそうだ。
という事は、やはりあれは夢ではなく、俺――リムル――の悪戯によるドッキリだったのだと理解出来た。
あの野郎――と言っても自分自身なんだけど――俺に対してまでお茶目な真似をしやがるとは……。
「やっぱり、信じられないですよね」
「いや、信じるさ田村。それと、警察は無駄足になりそうだな。何しろ――」
「え?」
「いや、何でもない」
それこそ、言っても信じないだろう。
俺を殺した犯人を、俺はともかくディアブロが許すハズがない。
今頃は、犯人はディアブロによる無限の責苦により、生まれて来た事すらも後悔させられているハズだ。
それを言っても仕方ないので、俺は笑って誤魔化す事にした。
「ところで田村――俺が死んだ後、異世界に行っていたって言ったら、信じるか?」
俺の呟きに、田村は一瞬だけ戸惑ったような表情になった。
それこそ、何を言い出すんだとでも思ったのだろう。
それが普通の反応だろう、そう思ったのだが――
「信じますよ、先輩。不思議な事を目にしましたし、あの女性、妙に先輩っぽかったですし。今思えば、あの人は先輩だったんじゃないかな、なんて。そんな馬鹿な事まで思ってしまいましたし、ね」
「そうか。じゃあ、話してやってもいいけど、聞くか?」
俺が軽く笑いつつ聞くと、田村も小さく笑って答えた。
「ぜひお願いします」
と。
そうか……。
それでは、語るとしよう。
――俺が『転生したらスライムだった件』について――
おしまい
活動報告にて後書きを載せるので、よければ一読して下さい。
長い間、応援有難う御座いました!
今後とも、番外編や書籍版など、お付き合い頂ければ幸いです。
※感想を制限なしに変更します。
全ての方に返事は出来ないと思いますので、ご了承下さい。