いや、厳密にはどこで死んだのか、戦場で戦死したのかさえわからない。
ただいつも着ていた連絡がずっとこなくなって、幾ら彼の家族や私が便りを送っても返信も来ず、既読もつかなくなった。
それが3か月ずっと続いて察した、というのが正しい言い方かもしれない。
母親以外に身寄りがいない彼の遺品整理などを手伝い、ようやく振り替えることができるくらいの時間が経った。
昔っから、ウザいくらいにかまちょに連絡を入れてくる彼からの便りがいなくなると、ふとした時に時間が余る故の退屈を感じた時に、折に触れて思い出がよみがえる時がある。
ひょっとしたら朝起きたら、ひょっこりと未読が数十件入って、あの騒々しい彼がいるのではないかと、よく飲みやオタイベの帰りによくいって酔いを醒ましていた、小田急線の神奈川の、夜は東京の街が遠く見える某所に寄れば、
ある日ひょっこり、「よう!酒買ってきてくれ!あと金貸して!」と、彼が大好きだったこのすばのカズマの声色と物まねで現れるのではないかと、思う時がある。
彼から連絡が途絶えてもう10回は行っただろうか、背中をよぎる足音を感じるたびに振り向けば誰もいない。遠く聞こえる車の音、彼が確かに生きていた場所である、遠くに見える東京の光、そして乾ききった風がそこに低くたたずむだけだった。
彼と私は高校の頃からのオタ友だった。生い立ちも家庭環境も正反対のはずだが、妙にウマが合ってよく遊んだ。
元々軍事に興味があったようだし、武士道とかサムライとは、といったような憧れや知識を、よく私に言っていたものだ。
バイトをして買った東京マルイの89式小銃でよく「訓練」をしているのを、彼の家に遊びに行く度によく見たものだ。
今年の夏の様な暑い盛りだったと思う、彼の母は私たちにスイカや梨を切ってもってきては、また「軍事訓練」は小休止、今思えば生硬で、熱っぽくて、輝いていた青春の日々だった、
私も彼の母親も、その日々を慈しんで思い返すことができるけど、彼にはもう恐らく、それすらできない。いや、今思えば何があったのか知らないが、彼が自衛隊を辞めて夢破れた時から、その思い出に触れることさえできない人生を歩んでいたのかもしれない。
彼と再会したのは2017年頃だったと思う、大学出たて数年目、ようやく社畜としてこなれて来たころ。彼から連絡が来てひょっこり東京で再開し、再び縁がつながることとなった。
再開したとき彼は、自衛隊を辞めて数年経っていたようだ。理由は今でもわからない、聞くのも失礼と思ったからだ。かつてはアジアで一番の歓楽街と言われていた場所で、用心棒まがいの仕事をして糊口をしのいでいたようだ。(店員でカウンターには接客でたっていたのだが)
「この店なら顔が効くから、飲みに来るならここに来いよ」――私に語り掛ける時だけは、彼はあの高校生のガキ同士だったころの表情に還る。それがどうにも、喉に引っかかった魚の骨の様な疼く痛みの様な感情を持ってしまう。
「今の社会は間違っている。自衛隊は真の実戦を知らない官僚主義者ばかりだ」、「あんな現実味のない演習ばかりして、真のサムライになんてなれるものか」、「今は総合(※地下格系の様な所だと後年知った)を習っている。●●(国内の特殊部隊射撃術を教えてくれるスクールだからしい)さんのところで、実戦戦闘射撃術を習っている。自衛隊の射撃や徒手格闘よりよほど実戦武術だ」
それとなく漏れ出てくる話を聞けば、どうも自衛隊で人間関係のトラブルでうまくいかずに辞めたようだ。こんな場所でこういう仕事をしている以上私以外の高校時代の友人はみんな縁遠くなって、友達もどんどん離れていったらしい。
私も、まぁ反●という程ではないからと言い聞かせて、本当にそんな陰が見えたら彼とは二度と会わないつもりで、同級のよしみでできる限り会おうとした。そうでもしないと彼は、本当に墜ちてはいけないところまで墜ちそうだったから。
店のTVには、彼がハマっているのか、このすば2期、アリスと蔵六、ミリオンアーサー、幼女戦記、けものフレンズ…深夜アニメがよく流れていた。
「今の世界じゃない異世界へ行けば、俺だって自衛隊で培った戦闘術でレムやめぐみん、エミリアやアクア様みたいな良い女を手に入れられる程人生が変わるのかもな」
「横須賀いったことあるか?イベントのアニメレイヤーが仲良く話してるのは隣の米軍基地の外人だ、俺達自衛官や日本人は指をくわえて見ているだけ、こんな情けない話があるか。日本人としての誇りはどこへいった。」――その声色は、いつもの冗談の照れ隠しのものではなかった。
「何でもいいからビッグになりたい、俺をバカにした社会の奴らを見返したい」、「家が金持ってるとかテストの点がいいだけの奴が上級になれる社会なんて間違ってる」、「日本はどうなってしまったんだ。こんなに生きづらいのは誰のせいだ」
――「ぼくのフレンド」をバックのBGMに泣き狂う彼を、私は何も言えずにただ介抱して、近くのアパホテルに放り込み、終電間際で急いで帰ることしかできなかった。
そんなこんなで、暫くの間、オタ友として彼に付き合っていた。
彼が好きななろう系やけものフレンズ、艦これや当時伸びていたアズレンなど、そういったものを楽しんでいる内に荒んだ心も多少は癒されてきたらしい。
グリッドマンに大ハマりした私たちは、94年頃やってた方のグッズを探したり、アニメバーで視聴をしながら酒を楽しんだり。しばらくは平穏な日々を過ごしていた。
――ロシアがウクライナに侵攻した、そんなニュースもぶっちゃけ私にとっては遠いどこかの出来事のように感じていた。ネットで幾らそれらで紛糾して燃え上ろうと、私にとっては次のアズレンコラボなり、ジョジョアニメや黒井津さんなどの方が気になっていたのだ。
だが、彼はそうではなかった。
ウクライナが外国人義勇兵を受け入れ、カナダの伝説のスナイパーが参戦、元韓国特殊部隊員が参戦、そんなニュースが流れ始めた頃だったと思う。いつものように秋葉原へいってひとしきり楽しんだ後は、新宿駅からそのまま小田急線でよみうりランド前か生田に降りて、住宅街(高台の方)の傾斜から東京の街を見ながら、コンビニで買ったジュースを飲んで酔いを醒ます。それがいつものことだった。(別に2人ともそこらへんに家があるわけではなくもっと遠いのに、景色がいいからわざわざ降りてまた電車に乗って家に帰るのである、自分で言うのもなんだがもったいない金の使い方をしていると思う)
珍しく彼は(いう程離れてはないのだが…)一つ手前の駅で降りて歩くこととなった。えっちらおっちらほろ酔いの足取りであの、長ったらしい階段を上った貯水場前の高台で、キラキラ光る東京のべつが絶景として見えていた。
「俺さ、ウクライナに行くよ」
「え?」
「ウクライナに行って悪のロシアとプーチンと戦う。俺がサムライになるにはこれしかないと思う。」」
「今世界中がロシアを倒すために団結して支援してる、俺の自衛隊のスキルがあれば活躍できる」
軍事に対して詳しくない私でもわかる。夢物語にもほどがあるだろうと
まさか本気で行くわけではあるまい、てかどうやってそんなクチ見つけるのだ。そう思って適当にあしらっていると、ますますおかしなことを言い出していた。その熱意と勢いに、私は少し押されていた。
「ウクライナに行ってロシアに勝てば、日本に英雄として凱旋できる。」
「最新の実戦技術を持つ人間として、マスコミに引っ張りだこだし、グッスマ協賛のイベントにでもいってレーシングミクやルカやってるRQと付き合える可能性が高い」
「軍事考証でアニメとか漫画原作に一丁噛みできれば、Vtuberの中の人とだって付き合えるし、アイドル声優にだってモテモテだ、俺をバカにした社会や奴らを見返せる」
「レムやエミリア、ウマ娘みたいなのでもいいな。オープンスポーツカーに乗って、隣にそういう子乗せて片瀬江ノ島あたりを流すんだ。周りを羨ましがらせて悔しがらせたい」
どうせ冗談だろう、そう思いながら合わせていたら、彼は私にカメラを回す様にお願いをした
ああ、何度も見たSSSS最終話のフルパワーグリッドマンの変身ポーズだ、だが、そんなもの取ってどうするんだ、と私は聞いた。
「10年後には笑い話のネタとして流せばウケるしバズるぜ、お前にやるよ、随分カネ借りたしな、出世払いのつもりで保存しといてくれよ?」
――その日が、私が彼とあった最後の日だった。
暫くしてだったと思う、彼の母から連絡があった。(同時に私にも連絡があった)
送られてきた写真と便りには、誇らしげにライフルを構えてウクライナの国旗のパッチを防弾チョッキにつけた彼の姿があった。
――本当に行ったのか。母親は半ば諦めている、というより呆れているようだった
「ともかく無事に戻ってさえくれば…」
「捕まったって流石に日本人に手荒な真似はしないから日本に帰してくれるのでは」
私も、彼の母もそう思っていた。
だが私たちに何ができるだろうか?ただ見守ることしかできないであろう。
心配を察したのか、彼は私に「かまちょ」と言えるほど連絡を入れる様になった(母親にも入れているらしいと後に知った)
詳細は書かないが、どんな戦法か、前線の様子はどんなものか、支給された銃や装備、イギリス人?やアメリカ人に教えられた最新射撃訓練技術、そんなレーションを食べているか。
「俺が一番動きがいいとほめられたんだ」
無邪気にメッセージが来る彼が次に取ったのは、戦友?同僚と一緒にこのすば2期のOPのあのダンスを踊っているショート動画だった。
笑いながらぎこちなく踊る彼と、彼らを見て、どうにも私は戦争をしているように見えないと感じる時があった、オタ友としてつるんでいた時と、何も変わらないという安心感があったからだ。
――どうせ1年やそこらで終わるだろう、その時はそう思っていた。
そして彼はウクライナに消えた。
人はあっさり死ぬものなのだろうか、あれからまるで最初からいなかったかのように生活は回っている。
彼がウクライナに傭兵にいって消えた話は、高校の同級生たちの間でも広まって噂になっていたらしい。
「でもアイツ自衛隊いってからなんであんなところにいたんだ?」
「なんか自衛隊辞めたらしいよ」
「ホントに何があったんだろうね」
そんな珍奇の目で見る声も消えていき、私も、同級生たちも各々の人生と生活に戻っていって、彼の事なんて最初からいなかったかの様に心の片隅に沈んでいった。
ああ、本当に話題にもならなくなった時、彼は本当に「死んで」しまうんだな。そうふと思いながら。
遺品整理もひと段落し、たまたま時間が出来た土日、秋葉原で某イベ、コラボカフェ巡りとブラブラ楽しんだ後帰った夕方。ファミマで買った発泡酒を片手に、あの日彼がグリッドマンに「変身」した場所へと風に当たりにふと足が向いていた。
iPhoneでyoutubeを開き、イヤホンに流れるのは、彼が何故か好んでよく聞いていた2017年あたりの曲の数々…「ワンダードライブ」、「tommorow」、「ファンタスティック・ドリーマー」、「UNION」、「youthful beautiful」、「ようこそジャパリパークへ」
――そして「ぼくのフレンド」
「10年後に、またここで!」、あの日の彼の声と表情が、同じ場所で立つと幻視の様にフラッシュバックする。
彼の母にも、私にも、同級生たちにも、そして彼が「見返したい」と言っていた、この社会の人たち全員も、10年後はきっと当たり前のように訪れる。
私のiPhoneの中でだけ、無邪気にグリッドマンに「変身」している彼だけが、10年後の未来を見ることはできない。そう考えると無性に悲しい気持ちになってしまう。
が、その感傷もまた時間とともに薄れていってしまうのだろう。それが多分、生きるということだし、彼はその人間として当たり前の営みをずっと昔から否定していたかったのだろう。いつまでも傷を隠したまま内面に籠る子供の側面を残したまま。
――人は死んだらどこへ行くのだろう。なろう小説のような異世界なのか、それともジャパリパークなのか?
ただ、私は彼がたとえその場所にたどり着けたとしても、決して幸せにはなれないのではないかと思っている。
永遠に来ない10年後の自分に向けたiPhoneの中のたった10秒たらずの動画の中で、彼は「世界を救うヒーロー」に変身し続ける。
グリッドマンは彼の退屈を救いに来なかった、そもそも、彼の人生の中にグリッドマンなんかいなかったのだ。いや、彼を救うヒーローがいなかったのだ。
かばんちゃんとサーバルちゃんの旅は破滅的な終わりをしたまま、それが永遠に描かれることなく物語は幕を閉じた。彼が消えるまでのウクライナでの人生最後の日々の様に。
生田緑地の高台から見た東京の夜景や住宅街の光は、まるで「ぼくのフレンド」なんて最初からこの世にいなかったかのように、残酷なまでに優しい光を放ち続けている
「ゴールは別々スタートライン、思い出しまい込んで、踏み出した先は未来へ」
彼の魂を慰めるかのように、明るい未来とほんの少し切ない別れをイヤホンが歌っている。
「とびきり長い近況報告、お待ちしてます。」
いい年してアニメの話?
これは伸びる
ラノベ文体がムカつくんですが…