昨日の続き。LIFING いのちが動いてる!
糸井重里
・昨日、じぶんがここで書いたことを、
ずっと考えながら1日を過ごしていた。
きっかけは大河ドラマ『べらぼう』のなかで
歌麿が蔦重に言ったせりふだった。
「絵ってなぁ、いのちを写し取るようものだなって」
「画本虫撰」の元絵を見せながら。
そうか、絵というのは「いのち」を写し取ってるのか。
だとしたら音楽は、踊りは…と考えていったら、
あらゆるものごとが「いのち」をなにかしていると気づく。
ほんとうに、生きているものは、
みんな「いのち」の活動をしているのだと思ったのだ。
そこらへんのことまでは、昨日書いたこと。
その続きを考えたら、「いのち」って「LIFE」だぞ!
飯島奈美さんの本に付けたタイトルが「LIFE」、
「ほぼ日手帳」は「LIFEのBOOK」なのだ。
ぼくらは「LIFE」をいつも意識している。
「生活のたのしみ展」だってそうだ。
「いのち」は「LIFE」で、生きることで、人生で、生活だ。
どくんどくんと動いている心臓も「LIFE」の象徴だし、
なにげない町の人びとの日々の営みも「LIFE」だし、
それの動詞形は「LIVE」だということになる。
ぜんぶ、「いのち」のやってることだと言えそうだ。
昨日のぼくも、朝は「いのち」を養うごはんを食べて、
みんなが「いのち」を寄せ合いつくった
「ほぼ日手帳」の発売をどきどきしながら確認して、
「いのち」を揉んだり鍛えたりするジムに行き、
ミーティングで「いのち」をことばにしてやりとりして、
矢野顕子のバンドの「いのち」を振りまくステージで、
彼らの「いのち」の飛沫をシャワーのように浴びて、
いまは、じぶんの「いのち」をコトコトと貼り付けている。
ずっと、ぼくも、「いのち」の現在進行をしているのだ。
だとすると「LIFE」の進行形は「LIVING」ということか。
いや、そこは新語で「LIFE・ing」→「LIFING」がいいや。
「LIFING いのちが動いてる!」これはいいぞ。
人は、そういう感覚をもって生きたいんじゃないか。
ポスターとかつくっちゃおうかな。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「ほぼ日」だけじゃなく、すべてが「LIFING」なのである。
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