あした休み
もんじゃ焼きは一人で何回かチャレンジしたけど料理センスがなさすぎてもんじゃ焼きの正解が今までわからなかった
店員さんが焼いてくれるお店に行こうと予定を立てたこともあったけれど他の予定が押してしまい失敗に終わった
今度こそめんたもちチーズもんじゃを食べるぞ
子ガキうざー
うちの会社、各部署にオネエ系の人が居るんだけど以前に会社が残業代を誤魔化そうとしたときに立ち上がってくれて、上に抗議してくれたらしい。そのお陰できっちり残業代は支給されるようになったし、労働環境も改善された。
健康でいいじゃん
移民制限したい人たちが語るところによれば、見棄てられた感、だそうな。政府は自分たちを見てくれない、助けてくれない。
だから「それによって外国人が優遇されている」っていう言説に反応して憎悪が増幅されているそうな。
なるほどなー、そーだよねー
戦後の人権教育は一人ひとりが特別だって喧伝するのに、政府は自分が特別であるって実感できる人生のページを1枚たりとも誰も用意してくれないんだもんな。
すまない私は生まれてこのかた、ひっきりなしに自分は特別だからしょうがない、というノイズに悩まされているので共感はできないのだが。実家が金持ちでも名家でもないが、能力が歪に高かったり低かったりで楽しんだり、苦しんだりで生きてきた、すまんの。
さてさて、課題が「見棄てられた感」であればわりと解決しやすいのではないか、パンの問題だと喧伝されている話がサーカスであるというのは大きなヒント。
提案したいのは世帯年収1000万円以上の層への累進課税の極端な強化でございます。
税収が必要なわけじゃないのだ、年収1000万円で2億円の住宅ローン組んじゃった若い夫婦が破綻する姿を朝のワイドショーに流しまくるのが目的。
立憲民主党あたりが「累進課税によって破綻した家計をどーするんですか💢」とかの質問に「国を支えてくださっている層に報いるのに必要な財源」とかなんとか答弁してくれたら、サーカスとしては完璧にいいと思う
東海道中膝栗毛に「ちやくぶく」ということばが出てくるようです。ただ、これに「着服」の字をあてるについては、変遷がありました。
ちやく-ふく:着服 着タル衣服。着衣。
ちやくぶく(する)〔俗〕著腹(私に窃み取るを謂ふ)
ちやく-ふく:着服。ちやくいにおなじ。
ちやく-ぶく:着腹。窃かに、わが有とすること。窃かに盗むこと。
ちゃくふく:着腹(窃かに盗むこと)
ちやく-ふく(著服)著衣。
ちやく-ぶく(著腹)クスネテ我ガ有トスルコト。
Chaku-fuku[著服]衣服をきること、ものを身に帯ぶること。
Chaku-fuku[著腹]ひそかに我ものとすること。ひそかにぬすむこと。
ちゃく-ふく:著服 🈩 衣服を著ること。著衣。🈔 窃かに取りて我が物とすること。ごまかし取ること。ちやくぶく。
ちやく-ぶく:著服 著腹 前条に同じ。膝栗毛「そっと彼の一本をおのが懐へちやくぶくして、そ知らぬ顔をしてゐる」
ちやく-ふく:著服 🈩 ちやくい(著衣)に同じ。🈔 次条に同じ。
ちやく-ぶく:著服・著腹 窃かにわが有とすること。窃かに盗むこと。
「ひそかに盗んで私(わたくし)する」意味では主に「ちゃくぶく」と言い、明治時代には「着腹」「著腹」があてられて「服を着る」意味の「着服(ちゃくふく)」とは分けられていました。「盗んだものをひそかに自分の腹(懐)に納める」とか、そんなような意味なんじゃないかなと思います。
それが大正中頃の辞書(上では、大正6年の上田万年、松井簡治による「大日本国語辞典」が最初)で、「着服(著服)」に「着腹(著腹)」の意味が含まれるようになり、これを契機として「着腹(著腹)」の表記が廃れていったものと思われます。
「大日本国語辞典」の1929(昭和4)年版は1917年版と同じく「著服(ちゃくふく、ちゃくぶく)」「著腹(ちゃくぶく)」の両方が載っていますが、1941(昭和16)年版では「著服(ちゃくふく)」のみになっています。
つまり!
歴史修正主義、レイシズム、プラス、言葉が軽いこと。3番目ははっきり言われないが、わたしだけでなく相当多くの人が思っているはず。
SNS害悪論をどこまで認めるかはともかく、SNS「言葉が軽い」という現象をいっそう増大させたといっていい。
たとえば、フェイスブックなどに対して使う、「テック企業」って単語は、意味が分からない。「テクノロジー企業」つまり「技術企業」? そんな意味の通らない言葉はなかった。「SNS企業」という単語はないのだから、ますますわからない。アマゾンは「流通企業」と呼ぶだろうに。
つまるところ、インターネット文化は大企業のレベルで虚像をほしがっているのではないか。そしてその虚像にすりよる連中もそうとう多いらしい。
ババヤガやがな!
毛の壁とか好きそう