「愛子天皇はあり得ない」ことを理解出来ない人たちへ

女性天皇・女性宮家議論記事一覧


「愛子天皇はあり得ない」ことを理解出来ない人たちへ
八幡 和郎
2024.04.30 06:55
PRESIDENT Onlineに『「愛子天皇」は選択肢に入っていない…
「旧宮家男子を養子に」という政府の皇族確保策が妙案である理由「
男系派vs女系派」が火花を散らす皇位継承問題の終着点』という記事を書いたら、
ヤフコメでは避難囂々であった。

予想されたことなのだが、少しは真っ当な反論が見いだせるかと思ったが、まったく皆無に等しい。
私はそれがありえないときちんと法律的に説明しているのだが、それに対する反論でなく、
気に入らないとか、「愛子さまは素晴らしい」とか「秋篠宮家家は気に食わん」ということだけで
お話にならないのである。
もっとも、この記事の主眼は、愛子天皇はそもそもありえないという前提で、
愛子さまなどが結婚してからも皇族として残留できるようにする、
皇族が旧宮家から養子を取れるようにするという二案で各党がまとまる合意ができそうだということを
書いたものなのだが、そっちのほうには関心が向かないようだ。

だが、皆さん愛子天皇論のほうに関心があるようなので、記事に補足してその点についてだけ論じてみよう。
もともと男系の皇族関係者(皇族でなく臣籍降下していた者も例がある)が皇位を継承するのは、
神武天皇以来というかどうかは別として知りうる限り例外はない。
また、男子に限るということは、明治時代の皇室典範で決めてからの伝統だ。
男子に限ったのは、明治になって西洋にならって生前退位をやめたので
ショートリリーフをやめたこととも関係する。
しかし、長寿化もふくめて西洋でも生前退位が増えたこともあり、上皇陛下が生前退位を希望された。
そこで、2017年の上皇陛下の退位に伴う皇室典範特例法が制定され、
そのなかで秋篠宮殿下を皇嗣殿下とし、皇太子と同じに扱うことを決め、
天皇即位の際の三種の神器に対応するともいえる「壺切りの剣」を引き継ぐ皇嗣礼も実施し、
英国王戴冠式に出席してお披露目も済んでいる。
だから、現在の国会での議論は、悠仁さまに男子が生まれなかった場合にどうするかという議論なので
愛子天皇の可能性はそもそも議論の対象でないのである。
また、悠仁さまが、心身ともに健やかにお育ちになり、帝王教育も順調に進んでいる中で、
現実的な選択とはいえまい。

悠仁さまの資質について、誹謗中傷はやまないが、いずれもまったく嘘である。
また、学業も順調(お茶ノ水附属中学ではまんべんなく好成績。
筑波大学附属高校でも悪いという情報はない。東京大学はともかく早慶クラスの学力)、
身体的にも壮健(猫背でひょろっとしていると中傷する人もいるが
歴代天皇を始め皇室の人はみなそうだが、みなさん筋力はあって壮健だ)、
人間的にも問題があるという証言はない。
一方、愛子さまこそ天皇にふさわしい資質の方だという『世論』はあるが、
そもそも比較してどうのこうのというのがおかしいし、具体的にどういうところがという指摘はほぼ皆無だ。
というか、大学にも結局の所、ほとんど通学されず学生生活も経験されなかったし、
公務で単独では国民の前には姿を現しておられない愛子さまがどんな方かはベールに包まれており
一般には情報がないのにどうしてそうなるか不明だ。
英国などで王位継承原則を変えているが、すでに生まれた子については変更しないのが国際常識である。
皇位継承問題を論じながら、世界各国の制度についての知識が乏しい人が多いのは残念だ。
以上の理由に具体的な反論はヤフコメにもほぼなかったのであるから相手しようもない。
https://agora-web.jp/archives/240429213758.html


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秋篠宮は皇太子でなく皇太子は空位だという虚説
2024.09.01 06:45
八幡 和郎
皇位継承についての論争は、女性週刊誌やSNSでは、愛子天皇か悠仁天皇というかたちで議論がされているが、
公的な場ではそんな議論は存在しない。
秋篠宮皇嗣殿下は、法律で「皇太子と同待遇」とし「立皇太子令」をすることが定められ、
天皇の場合の三種の神器と同じような位置づけの『壺切御剣』の親授まで行われている。
いってみれば、秋篠宮殿下は神に祝福された次期天皇なのである。
また、悠仁さまは、昭和天皇の時代の浩宮さまと同じ立場だ。
「皇太子が空席」と思っている人がいるが、皇室典範では、継承順位第一位の皇族を「皇嗣」とし、
天皇の子であれば皇太子と呼ぶとしている。
弟ならどう呼ぶかは規定がないので、「弟でも皇太子」「皇太弟はどうだ」という意見もあった。
ちなみに、中世にあっては、子でも弟でも「東宮」と呼んでいた。
しかし、2017年の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」で「皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、
皇室典範に定める事項については、皇太子の例による」とわざわざ定め、
2020年11月8日に、「立皇嗣礼」が国事行為として行われた。
平安時代の醍醐天皇の時代から皇太子のシンボルであった「壺切御剣」も陛下から親授された。
ただし、会計は、これまで皇太子一家には、陛下の家計である「内廷費」から支出していたが、
皇嗣一家は、これまでの東宮経費と同水準とするため三倍に増額したうえで、
独立会計にし、東宮職にかわる秋篠宮皇嗣職とした。

もう少し裏の話をすると、同じ皇位継承順位第一位であっても、
天皇の長男の場合は、生まれながらにして天皇より先に死なない限り、皇位継承が約束される。
もし、天皇によりその長男が先に死んだら、長男の長男が皇太孫と呼ばれると皇室典範にある。
ところが、天皇の弟が継承順位第一位のときは、もしその後天皇に男子が生まれたら、第一位でなくなる。
たとえば、上皇陛下が生まれるまでの秩父宮殿下の立場がそうだった。
英国では、エリザベス女王は父ジョージ6世の即位以来、ずっと王位継承順位第一位だったが、
弟が生まれたらそちらが優先される立場だった。
いまの陛下の元では、論理的な可能性としては、雅子さまが男子を出産されるとか、
離婚あるいは死別されて陛下が再婚されて男子が生まれたらそちらが優先になる。
それなら、立皇嗣礼はどういう意味を持つかと言えば、
その可能性はないという判断を内外に示したということである。
だから、秋篠宮殿下が皇太子とは違う立場というとすれば、
もし、天皇陛下に男子がこれからも生まれる可能性はあるから考えろということを意味するが
その自覚があるのだろうか。
それから、海外の皇嗣は弟であっても皇太子と呼ばれているが、
秋篠宮殿下は呼ばれていないから同格でないと誤解している人がいる。
そもそも、皇太子という呼称は中華帝国独特のものを律令時代や近代日本で真似ているものだ。
たとえば、朝鮮王国や琉球王国では世子だった。
西洋でどうかと言えば、皇太子に似たニュアンスの称号がなく、
皇嗣にあたるプランス・エリティエ(仏)とかクラウン・プリンス(英)と一般的にはいわれるだけだ。
また、歴史的にウェールズ公(英)とかドーファン(仏、ドーフィネ公)、アストリアス公(スペイン)、
オランへ公(オランダ)、ローマ王(神聖ローマ帝国)などと呼ばれることもある。
そういったさまざまな呼称を日本のマスコミが勝手に皇太子という『誤訳』をしているだけであって、
それに騙された議論が横行しているのであるから情けない話だ。
こうした議論も、新刊『系図でたどる日本の皇族』(宝島社)で詳しくきちんと論じている。
https://agora-web.jp/archives/240831133100.html


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「悠仁さまより愛子さまが天皇にふさわしい」という勘違い
八幡 和郎
2024.11.14 11:50

国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)の報告は、皇位継承における男子優先について
他の国の事例も参考にしろといっている。
それなら、ヨーロッパ諸国でもすべてすでに生まれている子については、
新原則は適用していないのだから、愛子天皇はありえず、
秋篠宮皇嗣殿下と悠仁さまの地位には影響しないということはすでに書いたが、
あらためてYahoo!ニュースに転載された。

ひとこと言いたい方はヤフコメでどうぞなのだが、
ヨーロッパ諸国の例を参照しても愛子天皇にはならないという点より、
国連がけしからんとか、そんなことはないという入り口の議論のコメントが多いのは残念だ。

この問題について、私は君主の継承原則は、できるだけ変更しない方がいいという立場だ。
つまり、世襲君主制の正統性というものは、前例を踏襲していることにあるのだから、
それは絶対ではないが、変更したら権威はひどく落ちるし、対立も生まれる。
だから、変更するとしても、できるだけ従来原則を貫徹しようという努力をしたうえでなければ
内戦や制度の危機をもたらすというのが歴史の教えるところだ。
一方、継承者がいなくなるのは何より困るから、女性や女系の継承も道を閉ざすべきではないとは思うから、
私は頑迷な男系はない。悠仁さまに男子がなかったときのことも考えて、
旧宮家の復帰と女系継承とどちらも用意して、そのときの世代にまかすべきだと思う。

ただ、悠仁さまか愛子さまかという議論は、当事者にも悪い影響を与えるので、いい加減に止めてほしい。
それは、すでに秋篠宮皇嗣殿下を皇太子と同様の扱いにすることが2017年の法律で決めたばかりであり、
秋篠宮皇嗣殿下の継承者は悠仁さま以外にありえないのだからというのも理由だ。
それから、もうひとつ、根強く悠仁さまは、ひ弱だとか成績が悪いとか、
それに比べて愛子さまは天皇に是非なっていただきたい素晴らしい方だというデマが
広く国民に信じられている。

しかし、悠仁さまは筑波大学附属で普通の成績のようだ。
これについては、筑波大学附属からの公式見解はないのは当然だが、
朝日新聞社などによる関係者からの取材でもそうだし、推薦入学の可能性が取り沙汰されることは、
そこそこの成績と共通試験での良い成績が見込まれることを意味する。
また、お茶の水大学附属からは公式に、良い成績であったことや、
学業の様子、他の生徒との関係が詳細に発表されインタビューもされている。
一般入試で東京大学に行けるほどではないようだが、早稲田慶応あたりの実力ということになるし、
そうであれば、レベル低下が顕著な学習院などに行ったら、周囲から孤立する成績になってしまので不適切だ。
体力も12歳のときに槍ヶ岳にのぼっているし、スポーツも好んでおられ、なんの問題もないし、
社交的というわけではないにしても、学園祭などの様子でも同級生たちから孤立されている様子もない。
帝王教育も、両親だけでなく上皇御夫妻からも指示が色々されていると報道でも伝えられている。
本当は両陛下からも指導があるべきだし、成年後はとくにそうあるべきだが、
皇后陛下の状況から難しいかもしれない。

一方、愛子さまについては、高校までしばしば不登校を繰り返されたのは事実だが、
大学も三回生までは、ほぼまったく通学されなかった(外出もほぼゼロだった)。
四回生もゼミなどだけで、大勢の学生と学ぶとか、学生生活を楽しまれることはないままだった。
学園祭もお忍びでお出かけになっただけだ。
また、成績が抜群で東京大学にも進めるくらいと週刊誌で噂があると報道されたこともあるが、
文科系科目はよくおできになるようだが、理科系は苦手と報道されているし、
そもそも、学習院から東京大学への進学できる生徒は最近、ほとんどいないから少し違うと思う。
また、成年行事の際には、通過儀礼ともいえる記者会見を四ヶ月先延ばしになったし、
武蔵御陵・伊勢神宮・神武陵への参拝はされないままで終わってしまった。

さらに、単独公務も眞子さま16歳、佳子さまや清子さま19歳で始められたのが、
22歳の終わり頃だったし、たとえばスピーチを伴うものはまだだ。
朝のスタートが苦手でおられることは、お子さまの時から現在までそうだ。
これらは、憶測とか言うものでない。
こうした状況をどう解釈するかはともかくとして、決められた時に決められたことをし、
知らない人とも分け隔てなく接するという帝王というものだ。
もし両陛下が愛子さまを天皇にというお気持ちが少しでもあるなら
自由に伸び伸びという育てかたにはされなかったはずである。

このようなお二人の状況とまったく違ったイメージで議論がされるのはいかがなものか。
愛子さまにはご結婚後もご本人だけ皇室に残ってもらうという有識者会議の案は、
愛子さまの個性がいかせる妙案なのだ。
https://agora-web.jp/archives/241114012435.html