爪痕は深く、傷ましく ⑤
『……次のニュースです。 先日、児童虐待により逮捕された久奥容疑者ですが、自傷行為を繰り返し緊急搬送され……』
ニュースキャスターのはきはきとした活舌ががらんどうの店内にむなしく響く。
当初は各所で大きな騒ぎが起きたが、魔法少女事変から数日が過ぎた今となってはいつもの日常が戻りつつある。
《ますたぁー……大丈夫ですかー……?》
「大丈夫だよ、これぐらいの閑古鳥はとっくに慣れた」
《いえ、そうではなくて顔の“それ”ですよ》
「……まだ痛むよ、めっちゃ痛む」
よく磨かれた食器に移り込んだ俺の頬は真っ赤に腫れている。
東京から帰って店に顔を出した途端、全力で優子さんにシバかれた痕が未だ癒えていない。
まあ何発ビンタを喰らおうと文句を言えるような立場じゃない、アオも退院すれば俺と同じく鮮烈な雷を喰らうのだろう。 可哀想に……
《逆にお客さん来なくてよかったんじゃないんですかね、その顔とその頬は人前に出せるもんじゃないですよ》
「言ってくれるなこんにゃろ……っと、噂をすればだな」
景気よくドアベルが鳴り、扉が開かれた。
ただし入って来たのは見知った金髪、コルトが夏場の熱気にやられて冷房を求めやって来た。
「うぅ゛~日本のサマーは地獄だヨ……おにーさんキンキンに冷えたコーラぁ……」
「お前なぁ、ここはお前の家じゃないんだぞ……」
「アーアー聞こえない聞こえない、お客としてきているから別にいいんじゃないカナ!」
素早くカウンター席を陣取ったコルトはテコでも動きそうにない。
仕方なく冷蔵庫から瓶コーラを一本取り出し、冷やしたグラスに注いで提供する。
そしてグラス一杯に注いだ液体は僅か数秒でコルトの口内へと消えていった。
「ふぃー、生き返ったヨ……ついでに今日のおすすめランチもよろしくネ?」
「はいはい、毎度あり。 今日はナポリタンとサンドイッチのセットだけどどうする」
「いいネ! じゃあそれとコーラのおかわりで!」
「はいはい」
業務用の冷蔵庫を開き、あらかじめ茹でておいた麺を一食分取り出し、フライパンに落とす。
具材も既に仕込みが終わっているため、合わせて炒めればほぼ完成だ。
サンドイッチもたまご、ハム、野菜に生クリームとそれぞれ一口サイズに切って温めたパンに挟めばすぐに提供できる。
「お待ちどうさま、粉チーズとタバスコはお好みでどうぞ。 コーラも今出すよ」
「Thanks! んっふふふふ、この一杯のために生きているんだヨ!」
「おっさん臭いな……それで、調子はどうだ?」
「んー、そうだネ……」
粉チーズを振るう手を止め、コルトが周囲をすばやく確認する。
閑古鳥が繁殖している店内、および店外に人の影はない。 表の戸に誰かが立てばすぐに俺も気が付く。
「……ドクターは見つからないカナ、皆頑張って探しているけどネ」
「そっか、人手も足りないだろうしな……」
魔法少女事変が解決したあの日、ドクターは隔離されていた病棟から姿を消した。
監視カメラの一部始終には悠々と廊下を歩く彼女の姿が映っていたようだが、正確な逃走経路は不明。
現場に居合わせていたヴィーラからの証言も要領を得ず、ドクターの足取りは完全に闇に消えていった。
「もうどこ行ったんだろうネ……おにーさんはどう思う?」
「さあなぁ……けど、魔法局に敵対する気はないと思うぞ」
ローレルの遺志を継ぐ気なら逃げ出す時にでも何らかのアクションは起こしていたはずだ。
それこそヴィーラや他の魔女を人質にでも取ればいい、何も被害を加えずに逃げたのは思う所があってのものだ。
「ヴィーラ率いる魔女軍団は経過観察……メンタルの傷が深い子も多いからネ、彼女とか」
そういってコルトがフォークで指し示すのは先程からニュースを垂れ流してるテレビだ。
画面に映っているのは児童虐待の容疑があるという久奥容疑者……トワイライトの父親だ。
「随分憔悴していたヨ、父親が捕まったこととは別件でネ。 一体何したのサ?」
「いや、何も……ちょっときつめに説教しただけだよ、ほらほらパスタが冷めるぞ」
「本当カナー……んー、やっぱりナポリタンにはチーズが合うネ! でもちょっと味が濃いカナ?」
「チーズ掛け過ぎたんじゃないか? まったく……」
文句を言いながらフライパンに残った余りをフォークで掬って味見するが、確かにコルトの言う通り少し味付けが強かったかもしれない。
最近ブルームスターの活動で腕が鈍ったか、これはしばらく鍛え直す必要がありそうだ。
「彼女の父親も大変だヨ? 牢屋の中でずっと何かに怯えているんだってサ、特にものを引きずるような音に怯えちゃっているんだよネー」
「へえ、そうか。 そりゃ大変だな」
本人はブルームスターの事を忘れているかもしれないが、心の底に刻まれたトラウマは中々拭えるものじゃないようだ。
例え釈放されたとしても一生癒えない傷になる、二度と以前と同じような真似はできまい。
「まあまだバタバタしてるけどサ、元の日常に戻りつつあるんだよネ」
いつのまにかナポリタンとサンドイッチを平らげたコルトがコーラを飲み干し、満足げに大きな息を零す。
ただ……彼女の瞳はテレビに向けられながらもどこか遠い所を見つめていた。
「……おにーさん、これで本当によかったのかな」
「…………さあな、後悔したってしょうがないさ」
このまま時間が事件の傷跡を塞いだとしても、そこに以前と同じような日常は待っていない。
月桂 縁はいなくなり、魔法局の立場も大きく変わってしまった。 魔法少女だって今までと同じようにはいられない。
それでも俺たちはこの道を選んだ、ローレルを倒して全ての魔女を消し去った。
説得の余地はなかったのか? 被害を減らす術は、もっと手立てはあったんじゃないか?
時間が過ぎるたびに行き場のない後悔ばかりが脳裏をよぎる。 それでも立ち止まって嘆いてばかりじゃいられない。
……次の事件は、またすぐそこまで迫っているのだから。