朽ちた弾丸 ⑤
冷たい床の上から体を起こす、どれほど気を失っていたのか分からない。
ゴム質の床に割れた照明、廃れながらもどこか清潔な印象を与える廊下がどこまでも続いている。
そう、どこまでもだ。 非現実的な長さの廊下は先が暗闇に消えて何も見えない。
「……ハク? オーキス? 誰もいないのか?」
周囲を見渡し、手元を確認する。 しかし魔法少女はおろか、ハクが住まうスマホすらない。
いよいよもって状況が分からない、とにかく行動しようと悲鳴を上げる体を立たせ……バランスを崩して前のめりに倒れ込む。
ああそうだ、忘れていた。 馬鹿め、片足がないままどうやって立とうというのか。
「……今だけは自分の武器が箒でよかったと思うよ」
足元に転がっていた手ごろな石片を箒に変え、丁度いい長さになるよう真っ二つにへし折る。
首から外したマフラーで足に縛り付ければ、かなり不格好だが義足の代わりくらいにはできるはずだ。
「はは、あとでハクたちにドヤされるんだろうなぁ」
無茶するな、と言われてこの始末だ。 いくら文句を言われても仕方ない。
しかし怒られる前に合流できるだろうか、そもそもここはどこだろう。
……いや、ここがどこだろうとどうせ道はこの長い廊下しかないんだ。 選択肢は前進しかない。
『―――――その足でどこに行く気?』
背後から誰かの声が聞こえる、聞き覚えのある声だ。
でもシルヴァやオーキスでもない、誰だろう……覚えがあるのに、思い出せない。
「ローレルのところに、まだシルヴァたちが戦ってる」
『馬鹿みたい、皆とっくに逃げてるよ』
「だったら、なおさら俺は行かなきゃな。 誰もローレルを止められない」
『っとに、相変わらず死にたがりかよ』
後ろを振り返る、そこには黒い靄に覆い隠された“誰か”がいた。
背丈は今の自分と同じか少し低い、声からして少女だろう。
靄の傍らには騎士のように寄り添う巨大な影も寄り添っている。
『やめとけやめとけ、お前じゃ勝てない。 今のローレルはほぼ無敵さ、あのロウゼキだって難しいかもね』
「それでも誰かがやらなきゃいけない」
『その誰かがお前じゃなきゃいけない理由って何だよ』
「俺が許せないからだ」
勝ち目のない戦の足止めを頼まれたとして、首を振る魔法少女は少ないだろうがゼロではないだろう。
だが誰かが人柱になるなんて、他でもない俺自身が許せない。
もし命可愛さにこの東京から逃げ出してしまえば、俺は一生後悔する。
『キヒッ、あーあー変わってねえなあこいつ……ま、あんたはどうなってもいいけど姉貴やシルヴァが死ぬと流石に困るっつうかさー』
独特な笑い声に記憶が刺激される。
ああそうか、彼女は―――――だとしたら、これは夢なのか。
『覚えとけ、あの青いのに託されたペンダントは切り札、そして劇薬だ。 お前が賭けに勝った時――――初めて勝ちの目が出来る』
「スピネ! お前は――――!」
『キヒヒッ、お前たちはまだまだこっちに来るんじゃねえっての。 じゃーなァ』
――――――――…………
――――……
――…
「…………っ、いっでぇ……!」
《あっ、マスター! ようやくお目覚めですか!》
無いはずの足から伝わる激痛に意識が覚醒する。
ぼやけた視界が次第に鮮明になると、枕もとでわめくハクの姿が目に入った。
「ハク、か……ここは……?」
《東京地下の魔力研究所です。 オーキスちゃんがここまで逃がしてくれたんですよ》
「そうだ、あの時……」
地面に叩きつけられる寸前、オーキスが空けた斬り込みに飛び込んだことを思い出す。
あのまま彼女の魔法で地下にあるこの施設まで誘導されたのか、あの土壇場でよく考える。
「それで、オーキスは……」
《それが……》
「オーキスなら我らを置いて地上に戻ったぞ、盟友」
部屋の奥の扉を潜り、花子ちゃんを背負ったシルヴァが現れる。
彼女達も随分ボロボロだ、ローレルが放った根によって血肉が削がれている。
「シルヴァ……戻ったって、一人でローレルを押さえる気か!?」
「止めたが聞く耳持たずだ、あと数分で地上への出入り口が封鎖される前に東京から逃げろと言伝も預かっている」
「んな訳に行くかよ……!」
血が回らない体を無理矢理起こし、生成した箒を松葉杖の代わりとして使い立ち上がる。
だが加勢に向かおうと歩む行く先を、シルヴァが立ちふさがって止める。
「待て、盟友」
「待たない、無理無茶無謀は承知の上だ! あいつ独り置いて行くくらいなら……!」
「もろとも死ぬのが一番駄目だ、盟友。 考えろ、我々に勝ち目はないのか」
「勝ち目、つったって……」
シルヴァも俺も残存魔力は少ない、すでにグロッキーな花子ちゃんは言うまでもなくだ。
対して繭とローレルはほぼ無傷なうえ、魔力の差も絶望的だ。
もし、この状況で勝ち目があるとするならば……
「…………逆転の切り札が、あるとするなら」
チャラリと胸元のペンダントが揺れる。
ラピリスから託されたもの、そして夢の中で示唆された俺たちの「勝ち目」。
「盟友よ、こんな状況で笑われるかもしれぬが……我はスピネの声を聴いたのだ、幻聴かもしれぬがそれでも……我は、あの声を信じたい!」
本当にあれは夢だったのか、そもそもなぜラピリスは俺にこのペンダントを託したのか。
ラピリスが無意味な行動をするとは思えない、なら……
……もし、俺の脳裏に過ぎった考えが答えだとしたら、確かに切り札にも劇薬にもなる。