第5章:舞台は整った──“小泉王朝”の最終幕
「農業の自由化は、たまたまではない。演出された“ラストミッション”だった。」
「小泉改革」が始まったのは、2001年。
この年、日本は構造改革という名の大転換に入った。
郵政民営化。
三位一体改革。
道路公団民営化。
そして──
農協改革。
表向きには、こう語られてきた。
「官から民へ。民間活力を活かす社会へ」
だが実際に行われたのは、
**日本の公的インフラと金融の“切り売り”**だった。
JA(農協)においても、例外ではなかった。
金融機能を切り離し、信用部門を解体し、
政府は次々と「自由化」を促進。
農協が長年守ってきた
“米価安定”という社会的役割は、ここで終焉を迎えた。
だが、ここには奇妙な共通点がある。
──すべての構造改革は、
アメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)からの提言を起点にしていたのだ。
郵政民営化も、
医療自由化も、
農業自由化も。
そのシナリオは、日本ではなく“ワシントンD.C.”で書かれていた。
そして、小泉純一郎の息子・小泉進次郎。
彼はアメリカのコロンビア大学に留学し、
CSISのフェローとして日本政治に復帰する。
これは偶然か?
否だ。
むしろ、“小泉家”という政治ブランドが、
国際金融資本の日本における最終装置であった可能性が濃厚だ。
農業の自由化とは──
「日本最後の公共インフラ」である“食”の権利を、
外資に売り渡すプロセスだった。
すべては、計画通り。
そして今──
JAの米国債売却と
米価の高騰が重なったこのタイミング。
これは単なる偶然ではなく、
「最後の収穫(ハーベスト)」が始まった合図だ。
舞台は整った。
次に出てくるのは──
**「民営化された国家」という主役なき“国体”**である。
この世界の“当たり前”が、もし、どこかおかしいと感じたなら──「黙示録ノ回路」で、その違和感の正体を、静かに見つめなおしてみてほしい。


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