「草の根運動」という“演出”──参政党の“民意なき民意”は、誰の指示だったのか?
「私たちの政党です」
「あなたの声が、政治を変える」
そう語ったのは、政治家ではなく“一般人”だった。
YouTube、TikTok、街頭演説、ポスター──
全方位から響いた“草の根”のメッセージは、
まるで、国民自身が政党を育てているかのように見えた。
だが、それは**「見えた」だけだった。**
現場は“熱狂”、だが“構造”は冷たい
全国で開かれた講演会。
ボランティアが自ら立ち上がり、ポスターを貼り、演説を拡散した。
参加費は自費、移動も手弁当、寄付も惜しまなかった。
だが、問いたい。
その“熱狂”は、どこに還元されたのか?
党の上層部、資金の流れ、演出の設計──
あらゆる要素が、“外部の意図”に最適化されていなかったか?
「草の根」を装った、“支配型”演出
「市民がつくる政党」
このコンセプトほど、支配者にとって都合の良い演出はない。
なぜなら、
上から押しつければ反発される思想も、
“市民自身の声”として流せば、受け入れられてしまうからだ。
まさに「民主主義の皮をかぶった、支配演出」。
そこに国家予算が使われたか、
外資が入ったかは問題ではない。
“誰がストーリーを書いているか”──それが問題なのだ。
民意とは、誰の演出か?
テレビがつくった民意。
Twitterが流した民意。
YouTubeがバズらせた民意。
そのすべてが、「草の根」という仮面を被っていた。
だが、本当に“民意”だったか?
演出が民意を作り、民意が法案を通す。
これが、**現代日本の「民主主義の完成形」**である。
問い:あなたの意志は、どこまであなたのものか?
ポスターを貼ったあなた。
寄付をしたあなた。
演説を聴いたあなた。
そのすべては、
「あなたの意志」と思わされていたかもしれない。
草の根とは、美しい。
だが、「根」を誰が植えたのか?
それを問うところからしか、
“本当の民主主義”は、始まらない。
この世界の“当たり前”が、もし、どこかおかしいと感じたなら──「黙示録ノ回路」で、その違和感の正体を、静かに見つめなおしてみてほしい。



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