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多民族社会シンガポールにおける観光のフィールドワーク

2024年3月17日から21日までコミュニケーション学部小林ゼミは海外研修を行ってきました。行き先はシンガポールです。

 シンガポールと聞いて思い浮かぶものは、金融や物流の一大中心地、あるいはマーライオンやマリーナベイサンズなどの都市観光などでしょう。

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 しかし、異文化のフィールドワークを勉強している小林ゼミはそんなきらびやかな都市のイメージを持っていては見過ごしてしまいがちな、そこで暮らしてきた多様な人々に注目しました。そして、それらが観光といかに結びつくのかという点を合わせて、研修のテーマを多民族社会シンガポールにおける観光のフィールドワークにしました。

 シンガポールは華人を中心に、マレー人、インド人などによって構成される多民族社会で、チャイナタウン、アラブ・ストリート、リトル・インディアなどのエスニック・タウンがあります。それらはシンガポールのもう一つの観光地でもあります。そこで参与観察やインタビューをしながら、多民族社会を五感で把握し、それがどのように観光とつながるのかを、現場で考えていきます。

 こうした計画のもと、教員の小林とゼミの2年生10人、4年生3人が朝6:30に成田空港に集合し、シンガポールへ飛び立ちました。8時間のフライトの後、到着したのは現地時間の午後3時半。疲れと到着後の興奮の中で、MRT(大量高速交通機関)に乗ってホテルまで移動します。熱帯の暑さとなんともいえない甘い香り、そして、多様な人種と言葉が行き交う状況に圧倒されつつ、着いたその日から、チャイナタウン、アラブ・ストリート、リトル・インディア、さらには中国系、マレー系、ヨーロッパ系の文化が融合したなどと評されるカトン地区をまわっていきます。

 シンガポールの民族政策は比較的成功しているといわれており、多民族が共生しているというイメージを背景に、こうしたエスニック・タウンを巡ることがシンガポールの観光の魅了の一つになっています。ゼミ生もフィールドワークをしながらそれを観光者と同じように体験していきます。

 歩いて、見て、食べて、人と話して、写真を撮っていきます。

 しかし、そこで終わりにしないのが、海外ゼミ研修のフィールドワークです。

 参加学生とともに参与観察を続けていくと、行き交う人々は民族ごとのグループになっていると思われるケースが多く、民族別にある程度の社会的な階層となっていることにも気づきます。

 さらに、注意深く見ていくと、彼ら同士の交流がまったくないわけではないこともわかりました。

 泊まっていたブギス地区のホテルの近くに、モスクとヒンドゥー寺院、仏教寺院があったので、それを中心に歩いてみました。

 ちょうどイスラム教の断食月ラマダンの期間中だったこともあり、日没後、断食明けのイフタールと呼ばれる豪華な食事を食べるために、多くのムスリムがアラブ・ストリートにあるモスクに集まっていました。多くの人々がこれに合わせて出店していた屋台につられて集まってきています。異教徒の観光者が気軽にモスクでのイフタールに参加することは難しいのですが、立ち並ぶ多くの屋台で食事をとりながら、断食明けの食事を間近に見学することができます。そして、隣接した場所で自分たちも食べることで、少しだけそれを共有しているようにも感じました。

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サルタンモスク

モスクから歩いて5分ほどのところには、インド人が主に信仰するヒンドゥー寺院や主に中国人信徒を中心とする仏教寺院が、ほぼ隣接してあります。どちらも、観光者をはじめ、広く一般に開かれています。特に印象的だったのは、地元の中国人もまたヒンドゥー寺院にて線香をたむけているお祈りをする姿です。ヒンドゥー寺院の中には決して入ることはないのですが、かといって仏教とヒンドゥー教を全く別のものとしているというよりは、距離をとりつつ敬意を払う姿勢が伺えました。

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観音堂
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スリ・クリシュナン寺院

 フィールドワークを通して、観光によって単に多民族社会を知るだけでなく、観光は多民族がどのように共生しうるのかをも考える機会ともなっていたことが新たな発見でした。

 さて、今回の研修では、現地に住む日本人からもお話を聞きました。観光をより広い文脈に位置付けるために、観光では見えないこの場所で「暮らす」人々の視点を探ります。

 まず、お会いしたのは、シンガポールの魅力をブログで発信し続けている中澤めぐみさん

 シンガポールには最先端の高層ビルのイメージしかなかったのですが、出発前にブログを読んでいて、当たり前のようにそこには日々の暮らしを営む人々がたくさんいるなと感じることができました。私が特に好きなのは日用雑貨店で働く店主の話です。これを読むと、めぐみさんがいかにシンガポールの人に寄り添ってきたのかわかった気がしました。

シンガポールでめぐみさんから直接お聞きしたお話は、日本の大学を卒業した後、就職した会社を辞めて、世界を旅行した後に、シンガポールに移住して働きはじめ、シンガポール人の男性と結婚し、子どもが生まれ、そして、軍のボランティア部隊での活動を経て、現在、何を考えているのかへと続いていきます。とてもスリリングな話に一同、聞き入ってしました。

 めぐみさんは参加者一人一人の名前を覚えて呼んでくれます。人々をありきたりの文化的な差異に還元するのではなく、目の前のその人を尊重することの大切さを教わった気がしました。シンガポールのことを伝えるのが好きとおっしゃっており、とても「愛」に溢れる方でした。多民族社会ということもあって、どうやって集団になるかを常に考えさせられるといいます。一人では何もできないこと、違いを認めること、英語という共通言語の存在、そして、遊び心など、とても貴重な話を聞くことができました。

 めぐみさん自身もシンガポールに来てからご苦労されているようですし、葛藤もあったり、長年、暮らしているのに「私は知っていると思っていたけど」そうではないと気付かされたりと。観光ではわからない一面も聞くことができました。

 多文化社会で暮らすことについて考えさせられたのはもちろんのこと、参加した4年生(たまたま3人とも女性)にとっては、めぐみさんのライフヒストリーを現場で直に聞くことで、日本以外の国におけるキャリア形成を考える機会にもなったのではないかと思います。

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向かって左がめぐみさん、中の3人が4年生、右が教員の小林

最終日には、シンガポール日本人会を訪問しました。建物の中を案内してもらい、一同、立派な建物と施設の充実ぶりにびっくりしました。日本語で診察してもらえるクリニックがあり、集会室も畳の部屋もあり、日本食のレストランもありました。また、ちょうど生け花教室をしていて、日本から空輸したと思われる桜の花を生けているように見えました(ちらっとみただけなので、間違っていたらすみません)。なかでも印象的だったのは図書館です。子ども用と大人用があり、どちらも蔵書が大変充実しています。学校が春休みということもあり、お子さんたちが日本語の本や漫画を手にしていました。

 日本人会では日本人学校(小学部と中学部)も運営しています。日本人が海外で長く暮らすとなると、子供の教育、医療、日本食、日本語、日本人同士の交流などが心配になるのですが、ここには全て揃っています。若い人は自分一人で何でもできると思われるかもしれませんが、他国で暮らすとなった時に何かしらの頼れる団体があると大変心強いです。

 学生にとって最も印象的だったのは、ファミリーレストラン・どんぐりで食べた特選弁当だったと思います。久しぶりの日本食、特に味噌汁を飲みながら一同、感動していました。海外で長く暮らしていると、こうした場所に来て日本食を食べたりすることもとても大切だなと思いました。案内してくださった両頭さんも「日本食を食べるとホッとするでしょ」とおっしゃっていて、まさにその通りでした。(レストランどんぐりは、会員とそのゲスト(非会員)が利用できるそうです。)

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一番右が案内してくださった日本人会の両頭さん
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特選弁当(味噌汁は撮り忘れました。)
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日本人墓地公園

その後、一同は日本人会が管理する日本人墓地公園へ。からゆきさんのお墓がとても印象的でした。からゆきさんの多くが、貧しい村出身の娘さんで、かつては多くの若い女性がシンガポールを含む外国の娼館で働いていました。20歳前後で亡くなる方も多かったそうです。彼女たちは、一生懸命に働き、稼いだお金を自分で使うこともなく、家族のためにと貯めようとしたが、それを果たすことなく、亡くなった人も多いと聞きました。彼女たちへの手向(たむけ)として、そこにはきれいな白い花が咲く木が植っていました。終戦後、亡くなってしまった多くの子どもたちにと建てられたお地蔵さんもありました。軍人のお墓もありました。日本とシンガポールの関係を考える際には、日本が占領している時に多くのシンガポールの人々が犠牲になってことも決して忘れてはいけないでしょう。そんなことを考えさせられる場所です。

ちなみに、前述のヒンドゥー教のスリ・クリシュナ寺院の前にある建物は、現在はスタンフォードアートセンターになっているのですが、もとは1920年(大正9年)に建てられた初の日本人小学校だったそうです。帰国後に両頭さんが教えてくれました。両頭さんは「その当時から占領時代を経て、日本人社会を受入れ続けてくださっているシンガポールの寛容さが大変有難いです」とのことで、多文化社会シンガポールに日本人がこんなかたちでも関わっていることがわかります。
詳しくは以下のシンガポール日本人会の史蹟史料部ニュースレターをご参照ください。

 多民族社会シンガポールに話を戻すと、ここが多民族になったのにも歴史的経緯があり、そして、多様な人々が集まる中で多民族社会シンガポールが培われてきました。その歴史には日本人も関わってきます。私たちが現在、その場所を観光することは、そうした歴史的経緯の延長線上に自らを位置付けることにもつながります。

蛇足ながら、私が今回、はまったのは、ホーカーと呼ばれる屋台(ストール)がたくさん集まったフードコートのようなところです。どれも安くておいしいので感激しました。朝からみんなが思い思いに食べたりくつろいだりしています。シンガポールの庶民の胃袋を満たす大切な場所です。

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ホーカー

(小林誠)

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多民族社会シンガポールにおける観光のフィールドワーク|TOKECOM note | 東京経済大学 コミュニケーション学部
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