相構えて相構えて

 
 
 
いつもみなさん、ありがとうございます。
 
さて皆さんは「相構えて相構えて」という表現を日蓮の御書で見たことはあるでしょうか。
仏教には関係のないごく一般的な言い方であり、古語辞典等で意味を引くと「よく注意して」「十分に気をつけて」くらいの意味で使われる言葉です。
 
実はこの言い方は複数の御書でよく見られる表現であり、興風談所のホームページのコラムで指摘されていたのですが、この表現は日蓮偽書に特徴的な言い方なのだそうです。そして事実としてこの「相構えて」という言い方は日蓮の真蹟現存・曽存遺文には1箇所も使われていないのだそうです。
 
そこで気になって調べてみました。確かに御書で「相構えて」という表現が用いられている御書はその全てに真蹟が存在しませんでした。どれもみな、日蓮の死後、数百年を経てから現れたものばかり。後世の偽作の強いものにしか存在しません。
具体的に以下に挙げてみましょう。ページ数は「御」と頭注された数字が創価学会旧版『日蓮大聖人御書全集』(堀日亨編)のものです。創価学会版の御書全集に存在しないものについては、『昭和新修日蓮聖人遺文全集』(浅井要麟編)から示し、頭注に「修」と付しました。
 
①「あひかまへて」
『経王殿御返事』(御1124ページ)
「経王御前には・わざはひも転じて幸となるべし、あひかまへて御信心を出し、此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」
 
『諸法実相抄』(御1361ページ)
「あひかまへて・あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし、行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」
 
『諸法実相抄』(御1362ページ)
「此の文あひかまへて秘し給へ、日蓮が己証の法門等かきつけて候ぞ、とどめ畢んぬ」
 
 
②「相構へ」「相構へて」
『十王讃歎抄』(修71ページ)
「相構へて追善を営み、亡者の重苦を助くべし」
 
『総在一念抄』(修216ページ)
「法に合せば、最初の一念展轉して色報をなす、是を以て外に全く別に有るにあらず、心の全体が身体と成るなり。相構へて各別には意得べからず」
 
『撰法華経付嘱御書』(修2213ページ)
「相構へ相構へて同行にも見すべからず」
 
『義浄房御書』(御892ページ)
「相構へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからずと仏は記し給ひしなり」
 
『新池御書』(御1443ページ)
「相構へて・いかにしても此の度此の経を能く信じて命終の時・千仏の迎いに預り霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし」
 
③「相構え」「相構えて」
『立正観抄』(御530ページ)
「当世の学者は血脈相承を習い失ふ故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり」
 
『御講聞書』(御840ページ)
「相構え相構えて無明の悪酒を恐るべきなり云云」
 
『本因妙抄』(御877ページ)
「相構え相構え秘す可し秘す可し伝う可し」
 
『太田左衛門尉御返事』(御1015ページ)
「相構え、相構えて御身を離さず重ねつつみて御所持あるべき者なり」
 
『曽谷入道殿御返事』(御1025ページ)
「唯相構えて相構えて異念無く一心に霊山浄土を期せられるべし、心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文ぞかし」
 
四条金吾殿御返事』(御1139ページ)
「相構えてかくの如く心得させ給いて諸法実相の四の文字を時時あぢわへ給うべし」
 
『弥源太殿御返事』(御1226ページ)
日蓮法華経の行者なる故に三種の強敵あつて種種の大難にあへり然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり定めて子細候らん相構えて能能御信心候て霊山浄土へまいり給へ」
 
『日女御前御返事』(御1244ページ)
「相構え相構えてとわりを我が家へよせたくもなき様に謗法の者をせかせ給うべし」
 
『阿仏坊尼御前御返事』(御1308ページ)
「相構えて相構えて力あらん程は謗法をばせめさせ給うべし」
 
生死一大事血脈抄』(御1338ページ)
「相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此より外に全く求むることなかれ」
 
『最蓮房御返事』(御1340ページ)
「夕ざりは相構え相構えて御入り候へ、得受職人功徳法門委細申し候はん」
 
『祈禱経送状』(御1357ページ)
「相構え相構え向後も夫妻等の寄来とも遠離して一身に障礙無く国中の謗法をせめて釈尊の化儀を資け奉る可き者なり」
 
『上野殿御消息』(御1527ページ)
「父の恩の高き事・須弥山猶ひきし・母の恩の深き事・大海還つて浅し、相構えて父母の恩を奉ずべし」

※上の画像は昭和新修『日蓮聖人遺文全集』所収の『撰法華経付嘱御書』のものです。
 
いかがでしょうか。上に挙げられた御書はそのほとんど全てが日蓮真蹟不存であり、偽作の疑いの強いものばかりです。このブログでもいくつかについて既に取り上げ、それらが偽書であることを指摘しています。
 
「『経王殿御返事』は偽書である」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2022/09/11/090138
 
「諸法実相抄は後世の偽作」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2022/08/18/192420
 
「最蓮房宛ての日蓮遺文について」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2022/01/09/000000
 
「『新池御書』は偽書である」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2023/04/01/000000
 
「『生死一大事血脈抄』は後世の偽作である」https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2023/02/25/120527
 
なお上記に挙げた「相構えて」の用例が見える20編の遺文について、真蹟・古写本の現存不存の状況を記してみましょう。
 
『経王殿御返事』真蹟・古写本不存
『諸法実相抄』真蹟・古写本不存
『十王讃歎抄』真蹟・古写本不存
『総在一念抄』真蹟・古写本不存
『撰法華経付嘱御書』真蹟・古写本不存
『義浄房御書』真蹟・古写本不存
『新池御書』真蹟・古写本不存
『立正観抄』真蹟不存・久遠寺日進写本
『御講聞書』真蹟・古写本不存
『本因妙抄』真蹟・古写本不存
『太田左衛門尉御返事』真蹟・古写本不存
『曽谷入道殿御返事』真蹟・古写本不存
四条金吾殿御返事』真蹟・古写本不存
『弥源太殿御返事』真蹟・古写本不存
『日女御前御返事』真蹟・古写本不存
『阿仏坊尼御前御返事』真蹟・古写本不存
生死一大事血脈抄』真蹟・古写本不存
『最蓮房御返事』真蹟・古写本不存
『祈禱経送状』真蹟不存・日像引用本
『上野殿御消息』真蹟・古写本不存
 
 
ご覧の通り、20編全ての御書に日蓮真蹟は現存しません。古写本についてはわずかに2編、『立正観抄』に久遠寺3世日進の写本が現存するのと、『祈禱経送状』に関しては日朗門流の日像による『祈禱之事』中に同抄の抄写(引用)があるだけです。
つまり「相構えて」という用例は、日蓮真蹟には1つも存在せず、日蓮が使った可能性が非常に低い言い回しなのであって、この「相構えて」が書かれる遺文は日蓮真作ではなく、後世の偽作である可能性が高いと言うことになるでしょう。
 
 
 
 

 

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