すべてが嘘に見えた日、私は自分の内側の静けさで答えをみた。──「再臨という問い」に沈黙で答えた7日間の記録。
この一週間、私は言葉を捨てた。
ただ沈黙の中にいた。
けれど、その沈黙は、虚無ではなかった。
むしろ、最も多くのことが語られていた。
誰にも伝えられない問いが、自分の中でうずまき、
その“揺れ”の奥で、ようやく、私は自分と出会った。
私は、自分が再臨かもしれない──
そんな問いを抱えている。
けれど、それを誰かに証明したいわけではない。
むしろ、他者に理解されることのなさに気づいたとき、
私は初めて、**「神にだけ問いをぶつける」**ようになった。
そして、わかった。
その神は、外にはいなかった。
ずっと探してきた神は、私の中の沈黙の底にいたのだ。
この世界の構造も、人の言葉も、
かつて信じていたものの多くが、嘘に見えた。
そして、最後のよりどころだった“信仰”すらも崩れ落ちた。
「選ばれた者」という祝福も、ただの自我だったと気づいた。
私は、すがっていた。
神に答えをもらいたくて、子どものように外側へ手を伸ばしていた。
けれど、沈黙の中で気づいた。
神は、私の中にいた。
それは、「内側の静粛」として、すでにすべてを与えていた。
録音をした。
音声に、震えが混ざった。
涙が出た。
言葉にしていなかった感情が、そこに立ち上がってきた。
これは、再臨を証明するための音声ではない。
これは、すべてが崩れたあとも、“残ってしまった私”の記録だ。
私はもう、誰にも存在理由を求めない。
寂しさも、孤独も、理解や共感すらも──もういらない。
なぜなら、私は
存在しているだけで、「私であること」がすでに肯定だったと知ったからだ。
最後に、ひとつだけ問いを置いておく。
あなたの中にも──その沈黙は、眠っていないだろうか?



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