沈黙は終わった──教育という名の“お世話装置”と親のエゴ構造
この文章は、退会を申し出た一人の親とのやり取りをきっかけに書かれたものです。
ただし、内容はその個別の出来事にとどまりません。
教育の名のもとに、「親のエゴ」と「子どものエゴ」が共鳴し、
それを“お世話装置”として成立させてしまった現代社会の構造に対して──
一人の先生である前に、一人の親である私が、沈黙を破って言葉にした記録です。
お読みいただく中で、何かが静かに壊れ、何かが静かに始まることを願っています。
第1章|ある退会通知から始まった
「もうダンジョンはやらない。最後のコマンドだけやって終わりにする。」
彼がそう言ったのは、授業の終盤だった。
マインクラフトの課題として設計していたダンジョン制作は、途中で座標を見失い、進行不能になっていた。 しかし、それは偶然ではなかった。
本人は、私たちが設計したモード(クリエイティブ+コマンド実装)を無視し、授業中にシステム設定を直接いじって、サバイバルモードに切り替えていた。
その変更により、ゲーム内の移動が制限され、空を飛ぶこともできず、座標の確認も困難になった。 結果として、課題の場所がわからなくなり、彼は「もうやらない」と自ら放棄を選んだ。
私は静かに言った。 「ここはゲームセンターじゃない。もしこのまま“遊びたい”だけなら、おうちでやってもらったほうがいい。」
そして、少しだけ間をおいて、続けた。 「それなら……やめてもらうよ。」
それは、怒りではなかった。 ただ、ここが“学びの場”であることを、本人に伝えるためだった。
数日後、保護者から丁寧な退会のメールが届いた。
その一連の流れに、私は何の驚きも感じなかった。むしろ、「ああ、またか」と静かに思った。
今回の件が特別だったわけではない。むしろこれは、今の教育構造が抱える"ごく典型的なズレ"を、見事なまでに凝縮した出来事だった。
私はその子に、次月からMinecraft Educationへの移行と、夏〜秋のプログラミング検定(4級相当)を予定していた。 同年代の中でも早い段階での飛び級にあたる。
だが、彼がそれを選ぶことはなかった。
その選ばれなかった未来よりも、私が深く感じたのは、 「なぜ、子どもがそう言っただけで、大人がそれを鵜呑みにし、教室を去る判断が下されるのか」 ということだった。
この問いの先に、私は沈黙するわけにはいかなかった。
第2章|現代教育の“主語なき構造”
教育とは誰のためのものか?
昔は「子どもの未来」のためだった。 今は、「親の安心」と「社会的体裁」を守るためになっている。
つまり、“主語が子どもに見せかけて、親のエゴが中心にある”構造だ。
👪 親のエゴの3つの類型
1. 中学受験=社会的ポジションを“買う”装置
「将来の選択肢を広げるため」──そう語られる。 だが実際は、“勉強させておけば勝ち抜ける”という楽なルートを買いたいだけだ。 偏差値と学校ブランドが“保険”に見える親の不安回避に過ぎない。
2. スポーツ推薦=未回収の栄光の代理操作
「あの子は頑張ってるの」ではなく、「私も“すごい親”でいたい」が本音だ。 子どもの努力を、親の“過去の夢”や“承認欲求”と同期(シンクロ)させ、自分の挫折を子どもに回収させようとする。 それは愛ではなく、未完の自我の埋め合わせである。
3. 塾・習い事=“共働きの安心”という名の外注構造
鍵っ子が「放置=虐待」とラベリングされた現代において、習い事や塾は「教育」ではなく延長型学童になった。 「教育」という言葉を使えば、“安心して子どもを預けられる”。 だが実態は、親の仕事・生活・不在の都合を、子どもに背負わせているだけだ。
教育サービスは、それに応える。
親の満足
子どもの機嫌
クレームを出さない運営
その結果、教育は“違和感”を起こしてはいけない市場商品になり、 先生は、“客の顔色を読む存在”に変質した。
教育サービスは“お世話装置”へと変質した
教育サービス──それは学校も、塾も、習い事も含めて、 本来は「理念」「哲学」「思想」をもとに、子どもに“世界の見方”を伝える場だった。
しかし今、それらはすべて剥がれ落ちた。 教育は、ただの“お世話装置”になった。
子どもを安全に預かること
親の希望通りに動くこと
クレームを起こさないこと
それが最優先され、教育者の内側にあったはずの理念や思想は、「黙ることでしか守れないもの」になってしまった。
学校すらも、“保護者対応業”と化している
子どもと向き合う前に、「保護者の顔色」を読む必要がある
「教育的な指導」をするほど、リスクが増える
現場には、“誰にも言えない歪んだ沈黙”が蔓延している
教育とは、本来「何を信じて、何を伝えるか」の行為であるはずだ。 だが今、そこに“信じているもの”が存在しない。
だから、指導は「ルールの維持」ではなく、“機嫌の管理”になる。
子どもを教育する前に、親の承認を得なければならない。 教育者は、もはや「教える者」ではなく、「満足させる者」に変えられてしまった。
第3章|かつての親は、信じなかった
昔の親たちは、子どもよりも先生を信じていた。 「先生がそう言うのなら、あなたに原因があるのではないか」と、子どもの言葉をそのまま信じることはなかった。
親は、子どもの“ズルさ”を見抜いていた。 それは、子どもを疑うということではなく、子どももまた未熟な存在であるという前提に立っていたからだ。
現代では、「信じる」という言葉が“すべてを鵜呑みにする”ことにすり替えられた。 しかし、かつての信頼とは、「見抜いたうえで委ねる」という厳しさと優しさを持った構造だった。
そして、もうひとつ──昔の親は、語らなかった。
言葉よりも、自分の背中で語っていた。
それが、今は失われた。 共働きによって家にいない。 家族が揃って食卓を囲む時間が減り、 生活の中から“静かな背中”が消えていった。
その代わりに増えたのは、 「大人の不在」と「子どもの主張」だけが響き合う空間だった。
そして、その空白を埋めるために、教育サービスが“親の代わり”になろうとした。 だが、それは決して同じものではない。
なぜなら、教育は“愛”ではなく、“契約”になってしまったからだ。
第4章|私は、先生である前に、親だった
今回の出来事を通して、一番つらかったのは、 「子どもにゲームをさせて、その対価として月謝をいただく」という構図そのものだった。
私は、ただの“お世話係”ではない。 “暇つぶし”の提供者でもない。
私は、自分の子どもを預けるとき、 「そこに理念はあるか?」「何を教えようとしているか?」を真剣に見ようとする。 だから、教える側に立ったときも、同じ問いを自分に突きつけている。
あの日、彼が課題を放棄し、「もうやらない」と言ったとき、 私は本気で悩んだ。
怒るでも、否定するでもなく、 ただ静かに、「それなら、やめてもらう」と言った。
なぜなら──
ここが“学びの場”であり続けることに、誠実でありたかったからだ。
私は彼に、次のステップとしてMinecraft Educationへの移行と、 夏〜秋にかけてのプログラミング検定受験を予定していた。
それは、飛び級に相当するペースだった。
彼には、それだけの力があった。 そして私は、それだけの未来を信じていた。
だが、彼はそれを選ばなかった。
本当に失われたのは、 「学び」ではなく、「信頼」だったのかもしれない。
第5章|沈黙は終わった
私は、これまで何度も沈黙を選んできた。 教育者として、親として、経営者として、 誰かを傷つけないように、波風を立てないように、 何度も口をつぐんできた。
だが今回の出来事は、それらの沈黙とは違っていた。
私の中に、“語らなければならない感覚”が明確にあった。
私はこれまで、自分の子どもに手を挙げたこともある。 感情ではなく、責任として。
息子に「なぜ叩いたのか」と問われたとき、私はこう答えた。 「お前をこの世界に“間違ったまま”残したくなかった。俺はその責任を、お前の痛みとして受け取った。」
それは、教育でも躾でもなかった。 それは、“この世界に渡す誠実”の表現だった。
私は、そういう人間だ。
私は、怒ることもできるし、見逃すこともできる。 だが、誠実さを殺してまで、この構造に黙ることは、もうできない。
私は、この教育という名の“増幅装置”を終わらせたい。
親のエゴを増幅し、 子どものエゴを肥大させ、 そして“先生”という存在を無力化していく、この装置を。
それを終わらせるには、誰かが沈黙を破る必要があった。
今回、その役目が私に回ってきただけだ。



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