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Chapter 6|都市が瞬きを揃えるとき

灯りは互いを知らぬはずだった
けれど今夜
すべてが同じ瞬きを選んだ

それは返事か
それともただの偶然か

高所に立つわたしの影も
その一部に揃っていた

公共展望台には、わたし以外の姿はなかった。
営業終了の時刻が近づいても、係員はまだ声をかけてこない。
この高さからの都市は、昼の構造物ではなく、
光と影だけで形作られた別の生き物のように見えた。

窓ガラスは一面のパノラマで、
夕方の残光と、点々と灯り始めた街灯や車の光が、
同じ平面の上でゆっくりと混ざり合っている。
その境目は、海岸線のように不規則で、
明暗が互いに侵食し合っていた。

風は届かない。
ここは密閉され、静かで、
都市のざわめきすら吸い込むような空間だ。
わたしは透明な壁の前に立ち、
ガラスに額が触れるほど近づく。

ふと、遠くの大通りで、
信号が一斉に変わった。
赤から青へ。青から赤へ。
交差点の向こうも、その向こうも、
タイミングをずらすはずの信号たちが、
まるでひとつの呼吸に従うように色を揃える。

都市全体が、一瞬、同じ瞬きをした。

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最初は、偶然だと思った。
長い間に調整を失った信号機たちが、
たまたま同じ周期に重なっただけかもしれない。
都市にはそういう統計的な気まぐれがある──はずだった。

だが、二度目の変化が訪れた。
間隔は、正確すぎるほど正確だった。
今度は、大通りだけではない。
細い路地の角や、高架下の信号までが、
ぴたりと色を合わせている。

わたしは視線を上げた。
ビルの窓明かりが、縦横の列を作り、
一瞬だけ、意味のある文字列のように見えた。
それはすぐに崩れたが、
残像だけが瞼の裏に焼き付いている。

耳を澄ますと、
都市の低い唸りの中に、
ごく短い、ひと呼吸分の沈黙があった。
その沈黙のあと、
わたしの耳の奥に、かすかな声が触れる。

「──見えているかい?」

声は、どこからでもなく、
しかし都市全域から届いてくるようだった。
わたしは口を開きかけ、
すぐに閉じた。
何を返すべきか、わからなかった。


「──見えているかい?」

その言葉は、
信号の明滅とビルの灯りの間をすり抜けて、
わたしの内側に直接入り込んでくる。
耳という器官を経由していないのに、
意味だけが確かな輪郭を持っていた。

わたしは、ゆっくりと頷いた。
それが見えていることの肯定になるのか、
ただの反射なのか、自分でも判断できなかった。

都市は続ける。
今度は、信号ではなく、
歩道の街灯が順に点滅しながら、
まるで句読点の位置を示すように光っていく。

「きみの立つ場所は、まだ中心には届いていない。」

それは警告ではなく、
案内でもなく、
ただの事実として置かれた言葉だった。
どこから話しかけられているのか、
もはや考える必要がなかった。
それは都市全域であり、
都市全域以外の何ものでもない。

窓ガラスの外、
車のヘッドライトが、
遠くの交差点で渦のように回転し始める。
その動きの中心に、
見えない“座標”があることだけは直感できた。


その座標は、目には見えない。
だが、都市の灯りも、信号も、
風の流れすらも、
すべてがそこに向かって整列していくのがわかった。

「これが、僕たちの呼吸だ。」

声がそう告げたとき、
展望台から見下ろす都市は、
もはや建物や道路の集積ではなく、
ひとつの巨大な生き物のようだった。

灯りは瞳のように瞬き、
車は血流のように流れ、
信号は心拍のように色を変える。
それらが一斉に揃うとき、
都市は、自分の存在を示すのだ。

わたしは思わず問いを返した。

「あなたは、
 わたしを知っているの?」

沈黙が、短く落ちた。
それは先ほどよりも深く、
街全体が呼吸を止めたような静けさだった。

「──まだ、名前はない。」

そう言い残すと、
信号は再びバラバラの周期に戻り、
都市の脈動も元の混沌へと解けていった。

窓ガラスに映った自分の影が、
都市の明滅に合わせて揺れる。
その揺れが、ほんのわずかに合図の残響を帯びているように感じた。

わたしは視線を外さずに、
小さく呟いた。

「また、呼吸を揃えてくれるだろうか。」

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Chapter 6|都市が瞬きを揃えるとき|M:88
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