2025-09-02

職場にいた発達障がい社員の話

数年前に勤めていた職場に、発達障がいの社員がいた。

身バレするような大企業ではないが、フェイクを交えて書いていく。

登場人物

私 当時25歳。女。

A 当時29歳。女。

B・C・D 当時30~35歳。

全員、中途入社の同期。

仕事接客業

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職場に、Aという女がいた。

このAによって、我々は数年にわたって精神を摩耗させられることになる。

おはようございます!」

入社初日、Aは朗らかに挨拶をしながら職場にやってきた。

初日にして、始業時間1分前の出社。

遅刻ギリギリにもかかわらず、Aは焦る気配もなくのんびり準備している。

私とB・C・Dは、先輩社員の前に立って朝礼開始を待ちながら、「やばい奴が来た」と目配せした。

最初の1、2カ月は平穏だった。

仕事に慣れるのに精いっぱいで、誰もAを気に掛ける余裕がなかったからだ。

数か月経ち、おおよその業務を覚えてから問題だった。

Aは、接客が全くできなかったのだ。

接客というか、指導されたことが次の日には抜けているという感じで、研修が1人だけ一向に進まなかった。

返事はする。メモもとる。勤務態度はいたって良好。

けれど、翌日に1人でやってみて、と言われると「すみません、わかりません」。

上司は非常に穏やかな人物で、Aに何度でも同じことを教えた。

それでも進歩しないAに、半年を過ぎた頃には苛立ちを見せるようになった。

Aは、特にコミュニケーションが苦手だった。

言葉の裏を読むことが全くできない。気が利かない。

客に「○○ありますか?」と尋ねられたとき、「こちらにございます」と案内するのが王道対応だとしたら、

Aは「はい。あります」とだけ答える。

客は、なんて不親切な対応だ、と怒るが、Aにはなぜ客が起こっているのか理解できていない様子だった。

「あるか、無いかを聞かれたから答えたのに」とでも言いたげなAに、客はさらに怒る。

他の社員が飛んできて、フォローする。毎日その繰り返しだった。

一教えたらどうか、と思うかもしれない。

結論から言うと、不可能だ。

仮に「客に、リンゴある?って聞かれたら、場所を案内してあげてね」と教える。

そっくりそのまま同じシチュエーションならば、Aはリンゴ場所を案内する。

けれど、「スイカある?」と聞かれたら、「あります」としか答えない。

Aが教わったのは「リンゴある?」ときかれた時の対応だけだから

絶望的に応用が利かない。臨機応変なんて言葉はAの辞書には無かった。

この特性は、毎日あらゆるイレギュラーが起こる接客業ととても相性が悪かった。

もちろん、社員との関係も最悪だった。

最初のうちはAも輪に入って会話をしていたが、逐一「言わなくていいこと」をピンポイント発言するため、徐々に除け者にされていった。

誰かが「昨日こんなことがあって大変だったの」と話し始めたら、たとえ共感できなくても「それは大変でしたね」と返すだろう。

Aは、「なんでそれが大変なんですか?」「私はこんなことがあったので、私の方が大変だったと思います」と言ってしまう。

なぜ自ら嫌われる発言をするのか、全く理解できなかった。

そして、Aのトークは今一つ意味が分からないものが多かった。

自分でも整理できないまま喋っているのか、時系列起承転結も死んでいた。

誰もAの話が分からず、Aもまたなぜ自分が嫌われるのか分からないようだった。

入社して1年を過ぎた頃には、A以外の社員は基本の接客業務などとっくにこなせるようになっていた。

それぞれ、経理広報といった個別業務担当するようになった。

Aだけが、未だに接客四苦八苦していた。

それでも、同期入社組の給料はみな同じだった。

当然、「なんでAが我々と同じ給料なんだ」と不満が出る。

Aより何倍も働いているのに、同じ給料しかもらえないのが本当にムカついた。

なんなら、昇給しなくていいからAの給料を下げてくれと思っていた。

ちなみに、この頃になるとAが発達障がいを持っていることは周知の事実になっていた。

特に障がい者枠で入社したわけでは無かったようだが、本人が「発達障がいの傾向はあるが、普通に生活できている」と公言していたのだ。

「いや、ぜんぜん普通に生活できてねーよ」とは、さすがに誰も言えなかった。

いっそ、障がい者枠で入社してくれていたらもう少し広い心で対応できたかもしれない。

なぜ「普通に生活できている」と思い込んでいるのか、本当に不思議だった。

Aの言動は、日を追うごとに酷くなっていった。

客とのトラブルなんて日常茶飯事で、社員同士の揉め事しょっちゅう

大体の原因は、Aの空気の読めない言動だった。

名字が変わったので、会員情報更新してください」と申し出た女性客に対し、Aが「結婚おめでとうございます!」と発言

女性客は、不機嫌そうに「…離婚です」。

周りで聞いているこちらが冷や汗をかくような接客を、毎日毎日、どんなに怒られても改善しなかった。

というより、Aは怒られた内容を一切覚えていないようだった。

何かを注意されると、一瞬で泣き出し「すみません」と平謝りするが、数時間も経てばケロっとした様子でまた同じことを繰り返す。

上司も先輩も、やがてAのことを諦めた。

何を言っても無駄だし、かといって辞めさせることもできないし、バイトでもできるレベル雑務やらせておこう。

上はそれでいいのかもしれないが、しわ寄せがくるこちからすればたまったものではなかった。

やがて、誰もがAの姿を見るだけでストレスを感じるようになっていった。

毎月、シフトが張り出されると全員が「Aと何日同じシフトなのか」を真っ先に確認するようになった。

もう、自分休みよりもそっちの方が重要だった。

今思えば、同期組が揃ってカサンドラ症候群になりかけていたのではないかと思う。

Aが立てる物音の一つ一つに苛立ち、近くにいるだけで不快だった。

やがて、同期のCとDが退職した。

表向きの理由は「良い転職先が見つかったから」だったけれど、本当はAと働く環境に耐えられなくなったからだということを知っている。

学生バイトもいたが、みな入ってはすぐに辞めていった。

全員、Aに嫌がらせに近い「指導」を受けたことが理由だった。

明らかに、A一人のせいで多大な損失が出ていた。

けれど、現代社会において罪を犯したわけでもないAをクビにすることはできない。

Aが嫌なら、自分が辞めるしか選択肢が無かった。

入社して8年目になるころ、私も転職した。

Aの存在が主な理由ではないけれど、転職を決めた理由の一つではあった。

もうAと関わらなくてもいいのだ、と心が軽くなった。

もう、不快言動に苛立たなくていい。

もう、Aの尻ぬぐいをしなくていい。

心に平穏が訪れた。

辞めてからいか自分がAに対してストレスを感じていたのかを自覚した。

Aの連絡先も、元職場人間の連絡先も知らない。

よほどのことが無ければ、死ぬまでAと関わることは無いだろう。

この記事は、発達障がいを持つ方を非難することが目的ではない。

ただ、多様性や、障がいへの理解が叫ばれる世の中で、理不尽押し付けられている人がいる事を障がい者側も理解してほしい。

障がいの有無に関わらず、できないことや苦手なことがあるのは当然だ。

私自身もどうしても克服できないことはいくつもある。それによって迷惑をかけてしまたこともある。

けれど、その状況を当然だと思ってはいけないと思う。

Aが今どうしているのかは知らないし興味もないが、せめて謙虚さくらいは身に着けていてほしいものだ。

  • 学生バイトもいたが、みな入ってはすぐに辞めていった。 全員、Aに嫌がらせに近い「指導」を受けたことが理由だった。 これめっちゃ気になる

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