読売新聞の誤報を考える2:特ダネ偏重が諸悪の根源
機能しなかった再発防止策
読売新聞は過去の誤報の反省から、掲載前に内容をチェックする「適正報道委員会」を設けている。ところが今回の件では特ダネを失うことを恐れて、この委員会に諮ることをしなかったという。
再発防止策があっても適切に運用されなければ意味がないということを、読売新聞の誤報は明らかにしている。
今回の誤報を受けてチェック体制を強化するというが、しばらくたって記憶が薄れていけば形骸化するのは目に見えている。たとえば、このnoteで何度か引き合いに出しているが、NHKの場合「再発防止策」はチェックシートと試写を増やすことに重点が置かれている。捏造案件が増えるたびにチェックシートの種類と試写の回数が増えるが、同じような過ちが何度も繰り返されているところを見ると、ほとんど効果がないことがわかる。どんなに立派な対策を立ててもそれを運用する人間の意識が低ければ、絵に描いた餅に終わってしまう。
特ダネ偏重が諸悪の根源
読売の誤報の根本的な原因は、「特ダネ」を重視するあまり、公表前の情報を無理やり報道することにある。他紙より少しでも早く報じることが評価されるらしい。
業界全体が「特ダネ」を求めて汲々としているのなら、読売新聞だけがそこから降りるわけにもいかないだろう。このタイプの誤報に最も有効な再発防止策は、業界全体で特ダネ合戦をやめること。それを抜きにして個々の報道機関が「チェック体制の強化」をしても効果は限定的である。
特ダネ重視の慣習を改めること、公表前の情報を聞き出そうとしないこと、それを新聞協会が宣言してほしい。いまどき夜討ち朝駆けなんて時代錯誤である。挙句の果てに誤報を出して訴訟沙汰では目も当てられない。何より読者が望んでいない。
信頼の軽視は自滅へ続く道
たとえば飲食店で出された品に異物が混入していたら返品ないしは返金してもらえばいいが、新聞記事に「欠陥」があった場合はその限りではない。事実無根の記事を読まされても、返品や返金を受け付けてはもらえないだろう。新聞社は読者に対して誤報/虚報という「欠陥商品」の責任を取らない。せいぜい形ばかり謝罪して終わりである。
このような不誠実が積み重なった結果が、凋落いちじるしい業界の現状とはいえないだろうか。部数減はインターネットが普及したせいではなく、読者からの信頼を軽視したからではないのか。新聞業界が衰退した真の原因は外部環境ではなく内部にあると思えてならないのである。
お金は信頼が形を変えたものであるから、信頼を得る者はさらに富み、信頼を失う者は貧しくなる。信頼を軽んじ事実をないがしろにして特ダネ獲得に走るようでは、読者が増えるわけがない。自らの誤報虚報の検証と再発防止を徹底しないまま、SNS上のデマやフェイクをファクトチェックしたところで、失われた部数は戻ってこない。私の目には読売新聞だけでなく新聞業界全体が、崖っぷちにいるどころか崖から転がり落ちているように見える。
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