消費税は問題あまた 「弱者しわ寄せ」「不平等」「非関税障壁」 トランプ政権も非難

2025年07月28日00時46分

 消費税を巡る議論が活発になっている。2025年7月の参議院選挙では、多くの政党が税率の引き下げや廃止を公約に掲げた。導入から36年。当たり前の制度として定着しているが、経済評論家の岩本さゆみ氏によると、消費税には「弱者しわ寄せ」「輸出優遇」「不平等」といった問題点があり、制度が持つ不平等さゆえ、アメリカのトランプ大統領は「非関税障壁」だと非難している。制度の見直しを提案する岩本氏に聞いた。(時事ドットコム編集部 榊原康益)

【目次】
◇ 10%、8%、0%の3区分
◇ 日本は例外的な政策
◇ 還付の規模、税収の1割
◇ 「ボウリング球試験」と違い…
◇ 「隠れた輸出補助金」
◇ 中曽根政権が検討した売上税
◇ 欠点を上回る利点

10%、8%、0%の3区分

 消費税は、国内で消費される商品やサービス(以下、商品)の購入にかかる税金で、1989年4月に導入されました。当初は3%でしたが、5%、8%を経て、2019年から10%となり、今後も引き上げられる可能性があります。

 「最終消費者が負担する」という建前で、商品が消費者に届くまでの取引すべてで一時的に課税されます。例えば、▽メーカーが原材料を買う▽卸が商品をメーカーから仕入れる▽小売店が卸から仕入れる▽消費者が小売店で商品を買う―各取引で「課税」が生じます。

 ただし、このままだと税金が何重にも課されるので、各事業者は、販売時に受け取った消費税から仕入れで払った消費税を差し引いて納税します。この仕組みが「仕入れ税額控除」です。

 「仕入れ税額控除」の仕組みに23年10月、大きな変更が加えられました。19年の増税時に食品と新聞の税率が8%に軽減されたことで、税率は「基本」の10%、「軽減対象」の8%、「輸出取引」の0%と3区分となり、商品ごとに適用される税率を明示する必要が生じたため、インボイス制度(適格請求書等保存方式)が導入されました。

 日本は例外的な政策

 インボイスは小規模零細事業者やフリーランス(以下、小規模業者)を困らせています。小規模業者は「課税売上高1000万円以下」などの条件を満たしていれば免税対象となりますが、免税事業者はインボイスを発行することができません。取引先の大企業や中小企業は、インボイスを発行しない業者と取引すると仕入れ控除を受けられないため、免税事業者を敬遠するようになりました。

 日本商工会議所と東京商工会議所が2024年に行った調査によると、免税事業者との取引を「今後も継続予定」と回答した事業者は47.1%で、半数以下にとどまりました。立場の弱い免税事業者が取引継続のためにインボイス発行を求められて課税負担を強いられたり、「仕入れ税額控除ができない」として値下げや支払い期限の長期化などを迫られたりするケースが報告されています。欧州を筆頭に多くの国では小規模業者への免税措置が広く採用される中、日本は例外的な政策を取っています。

 軽減税率の適用とインボイスの導入で制度全体が複雑化し、新たなコストも発生しています。複数の民間の試算では、企業および行政機関の人件費やシステム対応の追加的コストは、日本全体で年間1兆~2兆円と見積もられています。一部の政党が主張する「食品は0%」を導入すると、事務負担や関連コストが一層膨らむ恐れがある上、減税分が商品の値下げに反映される保証もありません。実際、2019年に軽減税率が導入された際には、一部の新聞社が直前に「駆け込み」で税込み購読料を引き上げ、軽減税率の効果を打ち消す動きも見られました。

還付の規模、税収の1割

 もう一つの大きな論点として、輸出業者への還付制度があります。海外に輸出する商品は消費税が課されない(0%)ため、輸出業者は国内の仕入れや製造過程で払った消費税分の還付を受けることができます。実質的な税負担がなくなることで、輸出価格を抑えることができ、「国際競争力」が高まります。一方、国内への販売には適用されず、内需業者からは「不公平」との指摘もあります。価格競争の厳しい業種では消費税分を売値に十分転嫁しきれず、「自己負担」するケースもあります。インボイス制度はそれに拍車をかけました。

 公平性だけでなく、正確性についても課題があります。正確な還付額を算出するには本来、例えばネジ1本1本について「これは輸出用、これは国内用」と明確に区別し、それぞれの仕入れ・使用履歴を厳密に管理する必要があります。しかし、現状は帳簿上の売上高から仕入れ額を差し引いた「簡易な計算方式」が許容され、精度よりも効率が優先されています。厳格な記録保存を求めるインボイス制度の主旨とは矛盾し、制度全体の整合性も問われます。

 また、訪日外国人が購入し、日本国内で消費せず国外に持ち出す物品は免税の対象です。多くの国は出国時の申請を受けて還付しますが、日本は購入時に免税を適用する特殊な仕組みを導入しています。国外に持ち出されたか否かをチェックしないため、悪用されて国内で転売されるケースが目立ちます。制度の見直しが進められており、廃止を議論している政党もあります。

 イギリスでは外国人旅行者に対する年間数百億円規模の免税・還付が21年に廃止されました。ロンドンの高級店では、観光客の購入減少が報告され、業界は批判していますが、見直しの動きは出ていません。

 日本の還付額は23年度に、合計で7兆3000億円に上りました。国の税収が72兆1000億円だったので、1割強に達する額です。

「ボウリング球試験」と違い…

 還付制度は、日本の消費税だけでなく、欧州連合(EU)やカナダ、オーストラリアが導入している付加価値税(VAT)にもあり、制度を導入していないアメリカはこの仕組みを長年にわたり問題視してきました。

 「外国企業は輸出時にVATが還付される一方、アメリカ企業には戻らない。これは事実上の非関税障壁だ」。トランプ政権はかねてより、そう批判し、米ホワイトハウスは25年4月の声明で、(還付制度を伴う)VATを通貨操作と並ぶ「経済的安全保障の脅威」と位置付け、是正を求めました。

 「非関税障壁」と言えば、トランプ米大統領が日本の自動車安全基準を巡り「ボウリング球試験」と批判したことが大きく報じられました。日本の安全審査でボウリング球が使われることはなく「事実誤認」でしたが、還付制度はトランプ氏の誤認や、「思いつき」の論点ではありません。

 VATは、消費税の35年前、1954年にフランスが世界で初めて導入しましたが、アメリカは直後から問題視してきました。特に、トランプ氏も所属する共和党の保守派は「小さな政府」や市場原理に基づく「公平性」を志向し、輸出に有利で輸入に不利となるVAT還付制度は「競争原理に反する」との経済観を持っています。

「隠れた輸出補助金」

 1970年代に、世界貿易機関(WTO)の前身「関税貿易一般協定(GATT)」で行われた交渉で、VAT還付は補助金ではないという整理が定着しました。ただ、実態としては、禁じられていた輸出補助金に代わって編み出された「工夫」、あるいは「抜け道」であるとの批判が、アメリカ保守派を中心に根強く残っていました。

 その後、アメリカの製造業が還付の恩恵を得られず、価格競争で不利となる構造が固定化しました。競争力の低下とともに、貿易赤字の拡大が深刻化し、還付制度が改めて問題視されるようになったところで、トランプ政権が誕生。日本やEUの還付制度を「隠れた輸出補助金」「非関税障壁」と批判する声が強まりました。

 トランプ政権が日本に課す相互関税を「24%」「25%」を経て「15%」としたのは、「消費税還付10%分の価格優位性を打ち消し、それを上回る障壁を設ける」意図が明確にあると読み解けます。WTOでは禁じていない還付制度への問題提起であり、是正まで視野に入れた外交的圧力と見るべきでしょう。

 中国は日本と同様に「輸出主導型」の成長戦略を取ってきましたが、米国との貿易戦争を避けるため、一部の製品で還付を廃止したり還付率を引き下げたりしています。

中曽根政権が検討した売上税

 「弱者へのしわ寄せ」、制度の複雑さ、不公平な負担構造、貿易摩擦といった課題を解決するため、消費税に代わる制度設計の検討が求められます。選択肢の1つが、かつて中曽根康弘政権が導入を検討し、アメリカ各州が採用している小売売上税(以下、売上税)です。

 売上税は最終消費者に単一税率で課すため、消費税と比べて大幅に簡素となります。事業者間の取引は非課税のため、インボイス制度は不要となり、小規模業者の不遇が解消されるほか、推計1兆~2兆円に上る政府・企業の事務コストを節約できる利点があります。

 中間取引に課税されない構造のため、輸出取引や訪日外国人に対する還付(23年度は7兆3000億円規模)も不要となり、還付をめぐる事務や不正請求のリスクがなくなります。内需業者や日本の消費者が、輸出業者や訪日客に抱く不公平感も解消されます。

 アメリカから「非関税障壁」と指弾される恐れも、税制上は無くなり、相互関税の撤廃を求める交渉余地が大きく広がります。VATの税率引き下げや一部輸出品目への還付廃止を進めている中国は、そこを目指しているといえます。

 税収が減る心配もありません。23年度の国内消費をベースに試算すると、単一税率6%の小売売上税で23年度の消費税収21兆7000億円に匹敵します。教育や医療、福祉などを対象にした非課税取引と小規模業者への免税を現状通りに維持する場合でも、8%の税率で現行の税収を確保できます。

 同じ税収が確保されながら、消費者は4%ないし2%が減税される恩恵を受けられます。内閣府の試算によれば、減税分の70~80%が消費に回るとされており、仮に減税幅が2%の場合、4兆円ほどの消費増につながる可能性があります。

 欠点を上回る利点

 売上税のデメリットは、①徴税漏れリスク②逆進性③事業者の初期混乱―が挙げられます。②の逆進性は、低所得者の方が高所得者よりも税負担が相対的に重くなることですが、消費税でも起きている現象です。ただ、税率が下がればその分、絶対的な負担は軽くなる利点があります。③の初期混乱も、インボイス制度の導入で起きており、制度の変更時はある程度の混乱が不可避でしょう。

 最大の課題とされるのは①の徴税漏れです。売上税では、消費税の仕入税額控除が持つ事業者間の相互チェック機能がなくなるため、中間流通段階の取引が課税対象かどうか把握しづらくなり、税務当局の監視が難しくなるとの指摘があります。ただ、米国では「再販売証明書(仕入れを非課税とする証明)」提出の義務付けや、販売記録の電子化によって徴税の信頼性を高める取り組みが進んでいます。

 それでも、税率引き下げによる内需の底上げ、消費税・VATを非関税障壁とみなすトランプ政権による相互関税の回避、事業者の経理・事務負担の簡素化、不公平感や弱者しわ寄せの解消といったメリットが、デメリットをはるかに上回ると考えます。

 岩本(いわもと)さゆみ 東京女子大学卒業、1991年より日米加豪の金融機関でヴァイス・プレジデントとして外国為替、短期金融市場取引を中心にトレーディング業務に従事。銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程を修了。 

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