戦後間もなく大阪で生まれた商業施設の内装設計・施工の老舗が、今、大きく変化の瞬間を迎えている。
3月末に就任した新社長が、他業種を巻き込んで「オフィス空間」の未来を変える。
〈オフィス空間提案をアジアで拡大 施設デザインの船場と提携〉
7月8日、日本経済新聞はそう報じた。文具だけでなく、オフィス家具の販売やオフィスの内装なども手がけるコクヨが、空間創造事業の市場拡大を目指すパートナーとして選んだのが、船場(せんば)だった。
船場は1947年創業で、オフィスや商業施設、空港、公園など多様な空間のデザイン・設計・施工を手がけている。国内外の三井不動産の商業施設、イオンや森ビルなどで実績をもち、最近では麻布台ヒルズにあるオフィスの半数程度の施工も担当している。2021年より「エシカル」をテーマに循環型の空間創造に注力し、業界を牽引。海外展開にも積極的で、84年に香港に現地法人を設立して以来、アジアを中心に拡大し、現在、中国・上海、台湾、ベトナム、シンガポール、マレーシアの5カ所に拠点を置く。
「コクヨさんは企業知名度が高く、オフィス関連の営業力が強い。一方我々は、本業としての総合的な内装業の強みがあります。そんな両社が連携することで、シナジー効果が生まれると期待しています」
そう語るのは、コクヨとのグローバル戦略的業務提携を陣頭指揮した船場代表取締役社長の小田切潤(おだぎり・じゅん)だ。今年3月末に着任したばかりだが、5月には、世界的な組織・人事コンサルティングファーム、マーサージャパン(以下、マーサー)との協業を発表するなど、ここへ来て攻める動きを見せている。
船場代表取締役社長 小田切 潤 直近年10%で拡大するディスプレイ業界
小田切の経歴をたどると、広告代理店のあとに就職した丸紅に15年在籍し、アメリカ駐在を5年間、さらに財務部、銀行や戦略コンサルティングファームへの出向なども経験し、多様な企業の経営企画・管理やM&Aを担当した。その後転じたアクセンチュア、そして執行役員を務めたオンワードホールディングスでは、売上高約300億円のアパレルのWEGO社の買収、同社取締役を兼務し新規事業開発などを行ってきた。それにしても、無縁だったディスプレイ業界になぜ興味をもったのか。
「衣食住の“衣食”は、日本は世界トップレベル。“衣”は、世界のトップアパレル企業が、日本の消費者は世界一感度が高いと評価し、“食”も海外の旅行者が日本での食事を大きな楽しみにしています。
ただ、“住”はまだ弱いという印象で、高いポテンシャルを感じたのです。船場を知った時、上場ディスプレイ業界4~5位ですが、78年の歴史のなかで蓄積された安全にいいものをつくり上げる力は、競合他社と1対1になっても負けない。経営でうまく舵取りすれば爆発的に伸びると直感しました」
ただ、デザインや設計・施工のプロはいても、経営視点で戦略を構想し実行する人は少ないとも感じた。趣味は、ファッションと映画、そして経営という小田切である。これは自分の出番だと思っただろう。
3つの大学院で経営を学んだ“経営フリーク”の同氏が示したのは、事業の選択と集中、そしてスピード感だった。
ディスプレイ業界の市場規模は約1兆8,000億円といわれる。直近は年10%の割合で伸びており、ラグジュアリーブランドなどのショップ、ホテル、そしてオフィス需要が特に伸びている。
「これまではオフィス空間にお金をかけるのは直接的な収益を生まないという文脈で商売ベタだといわれてきました。しかし今は、社員の定着率や中途採用の採用率にも影響するといわれており、オフィスへの投資が活発なのです」
またプロジェクトの特性によるものの、オフィスにバーやカフェをつくったり、2フロア借りの場合、ビル共用のエレベーターでの行き来ではなく、吹き抜けと階段を設置したり、木などの植物を置いたりしたほうが、その付近に人が集まることもわかってきた。
「そうした“タッチポイント”を随所につくることで、自然と会話が生まれ、新しいアイデアが生まれる可能性があることも知られるようになりました。我々が商業空間で培ってきた“賑わいの場づくり”のノウハウが生かされるのです」
オフィスに大型投資しようとするのは、グローバル企業やそれを目指す企業が多いという。そうしたターゲットにアクセスする手段として小田切が考えたのが、マーサーとの協業。なぜなら、153カ国にある大企業の従業員サーベイデータベースを所有する世界最大級の企業だからだ。
「膨大な情報から導き出された組織・人事戦略に関する示唆を、いかにオフィススペースのデザインへ落とし込んでいくか。それを我々が支援します」
面を取る戦略と「4つの新組織」
マーサー、そして冒頭に記したコクヨといった業界トップクラスの企業と組む狙いは、知名度を補う意味合いもある。連携がメディアで発表されるや株価も敏感に反応した。こうした大きな連携は小田切自身がトップ営業でまとめた。
「今回のようにチャレンジをする場合に大切なのはスピードです。競合他社が豊富な資金力をもって市場に入り込んで来る前に、一点突破して素早く面を取っていく戦略をとる必要がある。そういう勝負どころでは、私自身が出て行きます」
こうした戦略に対応するために4つの新組織を立ち上げた。
まず、「CVX(コーポレート・バリュー・トランスフォーメーション)戦略室」。急拡大するオフィス関連市場の特殊専門部隊で、営業支援活動を行う。
ふたつ目は「ラグジュアリースペース室」。付加価値の高いホテルやラグジュアリーブランドのショップを担当するセクションだ。特に環境配慮とデザイン性を両立させた「エシカル」は船場の強みとしてきたところで、ラグジュアリーとの親和性が高く、欧米のラグジュアリーブランドでは当たり前のコンセプトになっている。
3つ目は「事業承継チーム」。同社には工事や什器など約150の協力会社があるが、どこもキラリと光る技術をもっている。が、後継者問題を抱える会社が多く、放置すると後継者が見つからないまま廃業するケースも。これは船場にとっても損失であるため相談窓口を設置したのだ。
さらに「アルムナイ・ネットワーク」。中途・定年で退職した人と、離れたあとも関係性を保ち続け、情報交換などができるネットワークにした。
小田切は、コクヨとのグローバル戦略的業務提携に際して、「イノベーティブで“ラジカル”」という表現を使った。その理由にこそ、これから船場が進むべき道が示されている。
「船場の社員に常勝集団のようなメンタリティをもってほしい。各分野のプロとして独特の緊張感があって、チームとしても迫力があるような。そんな存在であるためには、ラジカルでなければ」
映画界の鬼才スタンリー・キューブリックの大ファンだという小田切。コクヨ、マーサーとのアクションはほんのファーストショットという。売上目標は1,000億円。これからも、ラジカルに新しいプロジェクトを仕掛けてくるだろう。
船場
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おだぎり・じゅん◎船場 代表取締役社長。新卒で広告代理店、2006年から丸紅の投資事業金融室、NY駐在等に従事。その後、アクセンチュア戦略チームのプリンシパルディレクター、オンワードホールディングス執行役員兼戦略企画室長を経て、2024年11月船場副社長執行役員に就任。2025年3月より現職。早稲田大学大学院卒(MBA)、一橋大学大学院卒(MBA in Finance)、HEC Paris経営大学院卒(MSc)、ハーバードビジネススクールGlobal Strategic Management修了。