ヴィラン ⑥
「……なんだよそれ、あんたずっとそんな状態で戦ってたの?」
「まあ、慣れたよ」
大した時間は過ぎていないはずだ、少なくともヴィーラの杖は未だ砕けていない。
それだけの時間で黒衣について十分伝えられたかは分からない、それでもヴィーラは何か納得したように大きなため息を吐いた。
「……わっかんねえし、けど何となく違和感は納得した。 あんた、前に会ったことある?」
「うん、まあ……ガッツリと」
「そっかぁ、あんたさぁ……あんた本当さぁ……」
「あだだだだだ! 何だ急に何すんだ!?」
せめてもの抗議か、寝ころんだままのヴィーラが、横に座る俺の太ももに腕を伸ばして肉をつねる。
まだ変身が完全に解除されてないせいで攻撃が通ってしまう、普通に痛い。
「くっそ、ほっそい脚しやがってムカつく……何でこんな足に蹴り負けんだよアタシィ……!」
「知るか! どうでもいいだろそんなの!」
「どうでもよくねえし、死活問題だし!! ああもう、ほんっとムカつくなアンタ……」
ひとしきり吠えた後、ヴィーラが一呼吸置く。
零距離からブルームバンカーをモロに喰らったんだ、本来なら喋るだけでも辛いはずの状態に違いない。
「……あんたの事は覚えてないけど……なんかさ、うち母子家庭なんだけど」
「ああ、知ってるよ」
「前のアタシはどこまで喋ってんだか、ああもう……母さんにさ、ごめんって伝えといて。 勝手に出て言ったしさ」
「駄目だ、それは自分で伝えるもんだ」
「無理でしょ、こんなんだしさ」
ヴィーラの杖は崩壊を止めない。
「駄目だ、死ぬわけじゃない。 必ず助ける、だから自分の言葉で伝えろ」
「はは……あんたさ、いつもそうやって背負ってんでしょ」
ベチッ、と冷たい掌が頬を叩く。 力の籠ってないそれに痛みはない。
ただ、これが今のヴィーラが出せる渾身なのだろう。
「誰かを助けて、背負い込んで、そんで助けられた相手は全部忘れるんだ……いつか潰れるよ、アンタ」
「……その時はその時に考えるさ」
「嘘つけ、自分の事なんて何も考えてないくせに」
否定しようとして、言葉が詰まる。
「自分の身を顧みないなんて漫画やアニメの中だけで結構だ、もしアタシが目を覚ました時にあんたがいなかったら……絶対に許さない」
「…………それは」
「覚えとけよ、ヒーロー。 お前のその自己犠牲はお前自身の自己満足だ、そんなもので助けられた奴は一生お前という枷を背負っていくんだ」
「お前だって、結構無茶してたじゃないか」
「いいんだよ、友達のためには命を張るのが常識だし。 だけどな、アタシとアンタは友達じゃない」
ヴィーラが笑う。 もはやもう一度俺の頬を張るだけの気力は残っていない。
「アタシは悪役で、あんたは魔法少女。 それ以上でも以下でもない、だからあたしの荷物をあんたが背負う必要はない」
「……ヴィーラ」
「アタシが目覚めた時にあんたがいなかった許さないし、大怪我してたら一発ぶん殴る。 分かった?」
「いや、お前に結構ズタボロにされたんだけどな……」
「あー意識が遠のいて来たわー……」
「待てお前、逃げるなお前!」
「ひひ、ひひひ……じゃあな、ヒーロー。 また明日」
乾いた音を立ててヴィーラの杖が粉々に砕け散る。
その瞬間、笑みを浮かべたままの彼女から瞳の光が無くなり、糸の切れた人形のように力尽きた。
《……マスター》
「……分かってる、また明日だな」
強い子だ、気を失う瞬間まで笑ったままだった。
途方もない恐怖だろう、それでも彼女は笑ったのだ。 俺を見送るために。
「行こう、ハク。 でもその前に野ざらしじゃ……」
「――――盟友ぅー!! 無事かぁー!!」
と、そこに丁度聞き覚えがある声が聞こえて来た。
それは先行したはずのシルヴァのもの、声の聞こえた方へ顔を向ければやはりシルヴァ……が、その手に3人の少女を抱えたまま駆けて来た。
「シルヴァ! 何があった、その子たちは?」
「う、うむ。 話せば長くなるのだが……と、そちらはヴィーラか!」
すぐに状況を理解し、ページにペンを走らせるシルヴァ。
千切り取った紙をヴィーラに押し当てると、それは3人の少女と同じような保護膜を展開した。
「東京の魔力は常人には毒になる、距離が離れた分薄まっているとは思うが念のためにだ」
「そっか、助かった。 つまりこの子たちも杖を砕かれたのか」
「……うむ、我の力不足でな」
シルヴァの顔に影が差す、彼女の魔法少女衣装は所々が擦り切れ、泥まみれでボロボロだ。
俺たちがヴィーラと戦っている間にも、シルヴァたちの激戦があったことが分かる。
「……落ち込むな、まずは待機してるヘリにこの4人を預ける。 そうしたら東京に戻るぞ、いけるか?」
「…………うむ」
「ローレルを倒して、この魔女騒動を止めるんだ。 そうしたらこの子たちだって目を覚ますさ」
「……うむ、そうだな。 落ち込んでいるような場合ではなかった」
陰りを振り払い、シルヴァが顔を上げる。 その顔つきに迷いはなさそうだ。
「すまぬな、盟友よ! お蔭で気合いが入った、そのケガも治療が必要だろう」
「いや、走りながらでいい。 そっちは大丈夫か?」
「仔細ない。 ああ、それと……」
シルヴァは走りながらも文字を綴っていたペンを一度止め、視線をこちらに向ける。
「――――そうだな、盟友に任せる方が良い。 東京内に戻り次第、見せたいものがある」
「……見せたいもの?」