蛇蝎の如く ②
「シルヴァ!!」
オーキスが肉盾にされた少女の襟首を引っ掴み、こちらに投げ飛ばす。
既に杖が割れた少女の変身は解け始めている、この魔力が満ちる東京の真っただ中でだ。
「さっきの結界、魔力は弾ける!?」
「ま、任せろ! 我ならその程度――――オーキス、前!!」
私へ注意を割いていたオーキスの隙を突き、怪物使いの魔女が刃を振るう。
毒液滴る刃の一太刀、傷口が深くなると彼女の魔法でもはぎ取る事が出来ない。
袈裟に振り下ろされたその刃は確実にオーキスの体を捉えた――――ように見えた。
「―――――!?」
「……ちょっと今機嫌悪いんだから邪魔しないでよ」
だがその刃はオーキスを切り裂くことなく、その身体をすり抜ける。
相手に切り裂かれるよりも早く、オーキスはカミソリで自らの体を切りつけていたのだ。
自分の体を半ば異空間の出入り口に変え、毒と刃をやり過ごした。 結果だけ見れば簡単な事だがやり遂げる胆力と技術精度が尋常じゃない。
「……はっ! 正気の沙汰ではない――――っ゛?」
「返すねぇ、あの子の傷」
笑う魔女の顔が途端に苦痛に歪む。 彼女の腹部にはジワリと赤いシミが浮かび上がり、鮮血が滴り落ちる。
その傷は、肉盾にされた少女に付けられたカミソリ跡と酷似していた。
「シルヴァ、その子の保護が終わったら援護お願い。 こいつはここで潰す」
「わ、分かった……!」
オーキスの瞳に灯っているのは怒りだ、そのあまりの殺意に味方である私すら気圧される。
10年間の死闘の中で鍛え上げられた経験とセンスは圧倒的だ、凡百の魔法少女であればその技量だけであしらわれる。
「……傷を、削いで張り付ける……か、みょうちきりんな魔法だ、根源は何だ?」
「知る必要はないよ、もう終わるから」
腹部からの出血を押さえ、怯む魔女に向けて再びそのカミソリを振りかぶるオーキス。
しかし……
「……駄目だオーキス、下がれ!!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
カミソリが振り下ろされるよりも早く、目が見えないままやたらめたらと暴れ回る怪物の大爪が降り落とされる。
間一髪でオーキスも気づいて後ろの飛び退いてくれたが、爪の衝撃で辺り一帯に砂塵が舞い上がる。
魔女たちの追走から私が逃げ回っていた時と同じく、周囲の視界は粉塵に閉ざされてしまった。
「無事か!?」
「平気ぃ、その子は?」
「今のところは問題ないが……このままでは動かせぬぞ」
変身が解除されてしまった少女には、自作の詩片を握らせている。
詩片から発生している防護結界は先程即興で作ったものよりも強力だ、完ぺきではないが人体に害があるほどの魔力は遮断してくれる。
しかし問題は……結界に守れたこの状態では彼女の体を運ぶことができない。
「このままじゃ危険だぁ、代わって」
オーキスがカミソリで結界が展開された床を削ぎ落す。
アスファルトを薄皮一枚残し、結界を保ったまま地面ごと引き剥がされた少女は持ち運びも可能だ。
「…………す、すごいな」
「そういう魔法だからねぇ……今のうちに体勢を――――」
オーキスの言葉を待たずして、突如背筋に極大の悪寒が走る。
何かを察したわけではない、直感だ。 この視界を埋め尽くす煙の向こうから絶対的な何かを感じる。
……脳裏によぎるのは、あの怪物の口から放たれる熱線―――――
「――――伏せよ!!」
叫んだ瞬間、砂塵の向こうから一度見た覚えのある赤い熱線が飛んで来た。
――――――――…………
――――……
――…
自分の血が滴る、腹が立つ。
何より腹立たしいのは傷が浅いことだ、あの瞬間にまだあいつには加減する余裕があったという事だ。
腹立たしい、何もかもが腹立たしい。 何故だ? 分からない、自分自身ですらこの怒りの根源が分からない。
「グオオオオ……!!」
この怒りに答えるかの如く、ようやく目くらましから視力を取り戻してきた化け物が低く唸る。
まるで自分の心が分かっているかのようなその振る舞いが、腹立たしい。
ああ、だがこの腹立ちも―――――何かをぶっ壊す中では気が紛れる。
「やってしまえ、何もかも」
同じかと思った、あいつは狂っている自分を前にして同じように笑っていた。
だから奴も同じようなものかと思ったんだ、だが違う。 咄嗟に構えた肉盾を前にあいつは“慈悲”を見せた。
化け物が撒き上げた土煙が陽炎に揺らめく、高い熱量が奴の口元へと収束していく。
密集した建造物に左右を閉ざされた一本道だ、逃げ場はない。 そのうえ、この火力では多少の盾も無意味と消える。
それでも予備動作は大きい、ただ躱すだけならばギリギリ間に合うかもしれない……自分達だけなら、の話だが。
「ただ私のそばにいたそいつが悪い、何を庇う必要がある? そら、逃げろ逃げろ」
イライラする、何故だかあいつらが逃げ出すイメージが浮かばない。
それともあのカミソリを使って地中に潜るか? それなら地中ごと焼き尽くしてやるだけだ。
大量の土煙を跳ね除け、眩しいほどの熱線が地上を舐める。
そこらに転がってた魔女も巻き込まれただろうが、関係ない。 こんな場所に来ておいて、死んで文句が言えるとでも?
――――熱線が通り過ぎた後には、大きく地面が抉れた更地だけが陽炎を揺らめかせている。
そこにはもう、あの魔法少女達の姿はなかった。