東京都内激戦区 ⑥
「うぎゃああああああああああ!!?」
「ひぃ……ひぃ……!」
追いかけてくる魔女を罠に嵌めてこれで何度目か、というか何人いるのだろうか。
振り返るとどこか見覚えがあるような顔もちらつく、一度や二度の迎撃では諦めてくれないのか、その執念はかなりのものと知れる。
それもそのはずか、向こうは命が掛かっていると思っているのだから。
「と、ともあれこれは……われの体力が持たぬのだが……!」
走りながら本を抱えてペンを走らせ罠を張り次のポイントへとさらに走る。
一回だけでも重労働なこの運動を複数回だ、息が切れる。
「こ、この事件が片付いたら……ちょっとは、運動しよう……!」
魔法少女としてのトレーニングも積んではいるが、ラピリス達に比べれば軽く、その分魔力のコントロールに比重を割いたものだ。
長期戦になると化けの皮が剥がれてくる、野良の魔女相手にしても持久力がない。
今度からは、ラピリス達と一緒に走り込みを頑張ってみようと思う。
「まあ、生きて……帰れたらの話だがなぁ……!」
「チャンスよ! 息が上がってるわ、今のう――――へぶっ!!?」
「ほえっ?」
突如地中から飛び出した何かが魔女たちを巻き込み、遥か彼方の空へと弾き上げる。
相当強烈な一撃だったのか、宙を舞う魔女たちの殆どは気を失っている。 だがその光景を見ても脳裏に浮かぶのは疑問と混乱だけだ。
なにせ、空を舞う魔女の中に先ほどまでいなかったはずの見知った顔が紛れていたのだから。
「オーキス!!」
『―――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
重力に引かれて落下するウエディングドレスの魔法少女へ向かって叫ぶ声は、見上げるほどの巨大な怪物によって遮られる。
太く、鋭利な爪が生え揃った二足の脚。 ノコギリめいた牙から零れる唾液はアスファルトに滴るたびにシュウシュウと焼き溶かす音を鳴らす。
西洋の龍を思わせるシルエットは2m以上は優にある――――魔物だ、間違いない。 だがどこからこれほどの大物が現れた?
「……何だ、お前も魔法少女か?」
この阿鼻叫喚の絵図の中、背中に氷柱を突き刺されたような冷たい声が届く。
狂暴極まりない龍の肩に乗り、こちらを見下ろす魔女がいる。
「なんだ、あのカミソリほどは面白くなさそうだ」
「お……お前か……お前がオーキスをあんな目に……!?」
「わめくな、折角の気分をいらだたせるなよ」
龍の肩から飛び降りた魔女が目の前まで迫る。
時間の流れが酷く遅い、巻き上げられた土砂が雨のように降り注ぐ。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、今となっては私の周りは時間が止まったかのような静寂に包まれている。
「あいつをぶっ壊して多少はムシャクシャも晴れたんだ。 それともお前が相手するのか?」
「っ……!!」
汗がにじむ腕でペンを構える。
頼れる味方はいない、今戦えるのは私だけだ。 この魔女は私が何とか――――
「―――駄目だよぉ、一人で無理しちゃ」
「……っ!!」
未だ降り注ぐ土砂の陰から、一際大きな瓦礫を切り裂いてオーキスが現れる。
大きく振りかぶったカミソリをそのまま落下の勢いを乗せて振り降ろすが、その一撃は間一髪で差し込まれた杖によって防がれる。
「お、オーキス!!」
「まだ生きてたか、驚いた」
「これぐらい、東京じゃ軽傷だ……よっ!」
重さが乗った一撃は、そのまま魔女の体をひっかけて弾き飛ばす。
だが相手も悠々と空中で一回転し、猛る魔物の足元に着地した。
「オーキス! 無事だったかオーキス! でもボロボロではないか!!」
「さっすがにあのデカブツの相手はねぇ……気を付けて、あれかなり強い」
なんとか無事ではあるが、オーキスの負傷は少なくない。
一人であの魔物と魔女を相手取っていたのだ、むしろよくぞ無事で戻って来た。
「あれはなんだ、魔物を使役しているのか!?」
「そうだねぇ、元は3体だけどヘビ型の魔物が残り2体を喰らってあの姿になった。 “弱肉強食”ってところかなぁ……すさんだ魔法だよ」
「つ、つまり3体分の魔物の力があるということか?」
「あるいはそれ以上だねぇ……うぇへへ」
「笑っている場合ではないのではないか!?」
何か面白いものを見たかの如くオーキスが笑う、この状況におかしくなってしまったのだろうか。
実際の状況はかなりまずいと思う、頭数こそ2vs2だが個体の戦力がどう見ても1対だけ突出している。
「ご、ごめんねぇシルヴァちゃん。 出来れば巻き込む前に片付けたかったんだけど……」
「まったくだ、私は怒っているぞオーキス! 何故私を戦力外のように思っているのだ!」
「……え、えぇ?」
「我とてこの東京には覚悟を持ってきているというのだ、それは道中確認したばかりであろう! 我にも戦う力は十分にある」
「でも魔法少女事変の時にはあっさり捕まったから……」
「そーれーはーそーれ! こーれーはーこーれっ!」
古い記憶を頭の隅に追いやり、状況を整理する。
頭数は2vs2、五分五分だ。 それに今の混乱で周囲の魔女たちも散っている、横やりの可能性は低い。
ならば目下の脅威である、目の前の1人と1体を倒してしまう方が先決だ。
「き、協力するぞオーキス! わわわ我に続け!」
「えぇ……無理しなくていいよ、後方で支援して?」
「我も頑張るもん!!」
奇妙なものだ、かつてはこの地に幽閉された私と首謀者のオーキス。
その二人が手を組み、共闘するとは。