東京都内激戦区 ⑤
どこか遠いとこから戦闘音が2つ聞こえてくる。
一つは壁の中、もう一つは壁の外。 外から聞こえてくるのは十中八九ブルームスターだ。
そこは問題ない。 気になるのはもう一つ、壁の内側から聞こえてくる音だ。
「……頑張ってねぇ、シルヴァちゃん」
あっちこっちに移動しながら時たま響く銃撃戦と爆発、敵に見つかったシルヴァが戦闘しているのか。
今のところは上手く撒いているようだが、それもいつまで持つか。
「――――そろそろ休憩は済んだか?」
「うぇへへ……ま、待ってくれるなんて優しいんだぁ」
瓦礫の山から体を起こす。
体の節々が痛い、まともに相手の攻撃を受けた左腕はケロイド状に融解し始めている。
すぐにカミソリで毒を喰らった状態を削ぎ落すが、内部まで浸透してしまったダメージまでは無視できない。
暫く片腕は麻痺で使い物にならないだろう。
「……随分と攻撃的な魔法だぁ、教養が知れるねえ」
「は、生まれは橋の下の段ボールだ。 同情でもしてくれるのか?」
「別に、ああそうなんだって納得するだけ――――で、何体いるの?」
刃を備えた杖を構える……ヘビ使いとでも呼ぼうか、相手の魔法は大方察しがつく。
前提としてまず、元になったパイロンと同じく倒した魔物の調伏、および元となった魔物の特性を模した魔法の複製。 ただしそれがより攻撃的な形で再現されている。
ヘビ使いが使役している魔物は1体だけではない。
「馬鹿正直に教えてやるとでも?」
「だぁよねぇ――――」
ずるり、とヘビ使いの背後でヘビ型の魔物が蠢く。
そうだ、最初はあの1体だけを操っているものだと思い込んでいたが、思考の外から飛んで来た不意打ちをまともに受けてこのざまだ。
少なくとも地中に潜る魚型が1体、そして障害物を貫いて猛進する馬力を持つ四足歩行の魔物が1体ずつ確認している。
実際の感覚は分からないが、何の代償も無く魔物を3体も従えられるはずもない。
自身の心象に魔物を3体住まわせる、それだけ本人の心がイカれているということだ。
「こ、怖いなぁ。 恐ろしいなぁ、こっちは一人なのに寄ってたかってさぁ」
「その割には笑っているように見えるぞ?」
「……うぇっへぇ、やっぱり?」
ふと、足元の地面が波打つ。
反射的に盾として構えたカミソリに、地面から飛び出してきた針のような何かが直撃した。
これだ、最初はこの一撃で不意を打たれてヘビの毒を浴びてしまった。
「尻尾かなぁこれは、こっちにも毒があるねぇ。 麻痺毒かなぁ?」
すぐさま地中に戻る針のような尻尾――――を追いかけ、カミソリを振るう。
切り裂いた地面の下からはビチビチと空をのたうつマンタのような魔物が出て来た、人一人は乗れそうな大きさだ。
「お・か・え……しっ!」
『―――――ピギアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
自らの腕から剥がした毒素を張り付ける。 魔法少女が喰らってあの有様だ、魔物とて無事ではすむまい。
甲高い悲鳴を上げ、再び地中に潜ろうとするマンタの背にカミソリを突き刺し、トドメを差す。
ビクンビクンと何度か痙攣したのち、糸が切れたように力尽きて次第にその身体が崩壊する。
「まず一体……あと2体、かなぁ?」
「……なるほど、引き剥がすだけが能の魔法ではないな」
一体やられたというのに、ヘビ使いはまるで動揺していない。
マンタ一匹ぐらいどうって事ないという余裕か、それともあくまで魔物たちの使役はオマケとでも言わんばかりの自信だ。
「それじゃ、そろそろ本気でやろうか」
「いいよぉ、サーカスごっこはそろそろお終い―――――」
ヘビ使いが刃を構えて飛び掛かると同時に、背後のビル群を突き破って新たな魔物が顔を出す。
顔面を堅い鉄皮で覆い、鋭利な角を携えたそれはサイのようにも見える、障害物をものともしない速度で突っ込んでくるそれは正面からぶつかればひとたまりもない。
かと言って避けようにも反対からは毒液が滴る刃を振りかぶるヘビ使いが迫る、挟み撃ちの形だ。
「……まあ、この程度でくたばるようなら」
既に半ば魔石へと帰りつつあるマンタをサイに向けて向けて投げつける。
馬鹿正直に突っ込んできたサイは飛んで来た死体に視界を奪われ、僅かに減速する。
「この東京で10年、生き残ってないよねぇ」
そして見事なまでにサイは足元に刻んでおいた切れ込みに足を取られた。
視界を失い、つんのめった体が宙に浮かぶ。 それを私は屈んで躱すだけだ。
それだけでサイは背後から飛び掛かって来るヘビ使いたちにぶつける弾になる。
「ふへっ、多数で一人を囲むときはさぁ……同士討ちに気を付けないと駄目だよォ?」
「――――同士討ちだと?」
ヘビ使いは真正面から飛び込んできたサイの体を、迷うことなく斬り捨てた。
切れ味が鋭いというよりも、強い腐食性を持つ毒液によって溶かし千切ったような傷口を刻み、サイは真っ二つに割かれる。 魔物の生命力でも間違いなく絶命する一太刀だ。
「……い、いいのぉ? 手駒減っちゃったけど」
「手駒か、一つお前の間違いを正そう。 こいつらは手駒ではないさ」
あまりにも躊躇なく斬り捨てたため、茫然と一連の所作を眺める事しかできなかった。
瓦礫の上を器用に這い、鎌首をもたげたヘビが彼女の背後に現れる。
そしてヘビ使いはサイとマンタから取り出した魔石を――――大口を開けたヘビの口内へと投げ込む。
「……ただのエサだ」
ああ、ドジった。 見てる場合じゃなかった。
しかし時すでに遅し、すでにヘビは放り込まれた2つの魔石を嚥下してしまったのだから。