東京都内激戦区 ②
「なにこれ、何も見えな……きゃあ!?」
「声がしたわ、こっち!!」
「バっ、こっちはみか――――わああああああ!!?」
「……お、驚くほどきれいに嵌ってしまったな」
私が使ったのはただの煙幕、そこに集まって来た魔女たちが視界不良の中、勝手に同士討ちを始めてしまった。
元から顔も知らず集められたのだろう、その上戦闘経験もないはず。
一寸先も見えない状態で、数多の魔女の中からたった一人の魔法少女を探すのはそう簡単な話ではない。
「ゴルドロスよ、帰ったら何か奢ろう……」
一対多の戦い方を教えてくれた師匠に向かい、虚空に拝む。
相手にどんな魔法がある分からない以上、この状況もいつまで持つか分からない、この場は欲張らずに次の仕掛けを用意した方が得策か。
最後に爆発の術式を込めた紙飛行を煙幕の中に飛ばし、急いでその場を後にする。
「「「「「―――――ぎゃあああああああああああ!!!?!?!?」」」」」
遅れて聞こえてくる爆発音に呑まれる多くの悲鳴が効果のほどを示してくれる、この一連の流れで巻き込まれた魔女の数は少なくない。
だが十中八九まだ生き延びている者もいる、爆煙が晴れる前に一度戦場を切り替えねば。
「オーキスもブルームも無事だとよいのだが……む?」
ふと、走りながら紙面にペンを滑らせる手が止まる。
一瞬ではあるが、この魔力の密度が濃い東京の中で、一際高い魔力のうねりを感じた。
戦闘の余波とは違う、もっと大きな異質ななにかが――――
「……あそこから、か?」
―――視線の先には半ばからポッキリと折れたスカイツリーが自らの存在を誇示していた。
――――――――…………
――――……
――…
「――――そもそも、魔力とは一体何なんでしょうね?」
半ばで折れたスカイツリーの根本では、出入り口に設置されたモニターの上に腰かけたローレルが待っていた。
元々魔力が濃い東京ではあるが、ここら一帯はより異質な雰囲気を感じる。 感受性の高いシルヴァならまだ何か分かったのだろうか。
「世間話をする気はありませんよ、それに魔力に関してはここにいる誰よりもあなたの方が詳しいでしょう」
「いいえ、学術的な見解を聞きたいわけではないわ。 あなたの意見を聞きたいの」
「…………少なくとも、科学的ではないものでしょう」
魔力、10年前からこの世界にあふれてしまった異質な力。
ひとたび魔法少女が振るえばあらゆる常識を覆し、様々な奇跡を起こす。
だがその仕組みや性質に至っては10年前の研究からほぼ明かされず、ブラックボックスに近い。
「ええ、そうね。 力量とか熱量とか質量とか、多くの学者が卒倒するような現象を起こすのが魔力……一応、この世界の人類はこれを“万能の代替エネルギー”と呼称したわ」
「しかし制御に失敗した、その結果がこの東京でしょう」
物心ついた子供たちなら皆知っている話だ、人類に魔力は扱えなかった。
夢のエネルギーを夢見た研究施設は一晩で災厄に呑まれ、東京ごと隔離封鎖された。
そして、かつての東京を取り戻そうとししてオーキスたちが起こしたのが“東京事変”だ。
「その通り、そこでもう一度根幹の問題に立ち返りましょうか。 魔力とは一体どこから来たものなのか」
「それは――――……」
……わからない。 宇宙から飛来する粒子を測定するように、高度に発達した科学技術が偶然もともとそこにあった魔力を捕捉した、という話が一般的だ。
だが「魔力は科学的ではない」という大前提がある。 どんな機械でも魔力を正確な数値や波形に捉えることは非常に難しい。
そのうえ研究の大半を保管していた東京はほぼ壊滅、真相は闇の中へ屠られている。
「……ただ、魔力の正体が何であろうと私がやるべきことは変わりませんよ」
刀を引き抜き、炎を纏う。 ローレルが操る植物に対しては風よりもこちらの方が相性がいい。
「あなたの言う通り、この場にいるのは私だけです。 全ての魔女を解放してください」
「あらあら、怖い怖い。 こんな状況でまだ戦う意志を持っているなんて」
この期に及んでまだローレルは笑う。 まったくもって腹立たしい。
おそらく目の前のローレルもまた本物ではないだろうが、一体この不毛なやり取りを何度続けるのだろうか。
「……魔力は万能のエネルギー、ラピリスが望めばそれは炎にも風にも刃にもなる」
「だからそれがどうしたというのですか、いい加減私を見なさい!」
「ふふふ、そうよ! 魔力はあらゆるものを代替する、たとえそれが命であろうとも正確に模倣できる! 足りなかったのは量と質なのよ、ラピリス!」
アスファルトを貫き、地下から飛び出してきたツタを切り裂き燃やす。
まるでそれが合図だったかのように、次から次へと飛び出す根が、ツタが、茨が、私を捕らえんと次々に襲い掛かる。
「量は私が揃えたわ、あとは質よ……ラピリス、あなたの命を私に頂戴?」
「―――――ローレルッ!!」
刀と共に振るう火炎で迫りくる植物を焼き払い、スカイツリーの真下でほほ笑むローレルへと接近する。
「魔力が代替エネルギーだというのなら、命の蘇生などとうに不可能だと分かっているでしょう! たとえ成功したとしても、それはただの模造品に過ぎない!!」
「それでもいいから私はここにいるのよ! だって私達は押し付けられたのだから、少しぐらい最期にいい夢を見たっていいでしょう!?」
「なにを言って……!」
相互理解を拒むかのように、茨の壁が私とローレルの間を隔てる。
ローレルの狙いは分かっている、私の消耗だ。
魔力が切れた時が最期、きっとローレルの言う質の良い魔力の糧にされるのだろう。
「お願いよラピリス、私のために死んで?」
「――――お断りです」
迷うな、敵だ。 桂樹 縁はもういない。 魔法少女の敵が今そこにいる。
ならば、魔法少女として私がやるべきことは一つだ。
「魔力を振るい、人命を脅かすあなたを……殺します、ローレル」