Re:東京事変 ③
「―――――全員乗ったか?」
「日向さん! あんたも一緒……というか、運転手か!」
「愚問だな、太陽が空を登るのに理由が必要とでも?」
「うわぁ……な、何この人?」
自信満々の操縦桿を握る日向さんに向け、訝しむような視線を向けるオーキスの反応は間違ってはいまい。
あまり広いとは言えないヘリの中、俺たち魔法少女が乗り込むとぎゅうぎゅう詰めだ。
「こっちは日向 空、私の同僚で元魔法少女だよ。 見ての通り変な奴だ」
「ひ、人の事言えないんじゃもがむぐ」
《まあ、魔法少女になれる子なんてみんなどこかしらネジ飛んでますよ……》
正直すぎるオーキスの口を塞ぎ、誰にも聞こえないようにつぶやくハクの頭を弾く。
確かに否定はできないが、流石に失礼が過ぎる。
「これで全員かな? 他の二人は……」
「ゴルドロスは街の防衛、花子ちゃんは……彼女は魔女だ、連れてはいけない」
「花子……そうか、見覚えがある気がしたが良子の妹か」
ヘリを操縦しながら日向さんが呟く、そう言えば始まりの10人同士なら面識があって当たり前か。
過去に妹である花子ちゃんを見ていてもおかしくはない。
「ああ、そう言えば年が離れた妹がいるって言ってたっけ、いやはやこんな状況でもなければハグの一つでもしたかったところだ」
「しかし魔女、か……あいつの妹らしい、姉を思っての事だろう」
「だけど乗せる訳にはいかない、東京じゃ何が待ってるか分からないからな……このヘリで東京までどれぐらいでつく?」
「小一時間ほど、私達も魔法少女だった名残で濃度の高い魔力には抵抗性がある。 ギリギリまで近づくつもりさ」
「そ、それはありがたいが……東京は壁で覆われているのではないのか?」
「なに、その辺りは問題ないよ、シルヴァ。 任せていいか、オーキス?」
「ま、任せてよぉ。 何度も出入りしてるし慣れてるからねぇ……ふへっ」
ローレルたちが何を構えているか分かったものではないが、こちらには東京については誰よりも詳しいオーキスが付いている。
彼女の魔法であれば東京への進入も用意だろう、本人にとっては辛い記憶ではあるが……
「き、気にしないでよぉ……このために出所してきたんだから、ね?」
「ああ、そうか。 君が例の……っと、そうだ。 ロウゼキから君達に渡すものがあったんだ」
「ぴっ」
ロウゼキの名を聞いてオーキスが小さな悲鳴を上げる。
赤銅さんから渡されたのは片手に余るほどのゴツい無線機だったが、オーキスは受け取る事すら怖がって俺の背後に隠れてしまった。
……京都で2人の間に一体何があったかは聞かないでおこう。
「で、この無線機は?」
『あーあー、聞こえとる? こちらロウゼキ、おーばー?』
「ぴえっ」
オーキス、二度目の悲鳴。 無線機から聞こえて来たのはロウゼキの声だ。
これは緊急時の連絡無線か、わざわざ京都から運んで来たのだろうか。
『えろう苦労掛けてすんません、今そっちにオーキスはん含めて何人おるん?』
「ヒッ、バレてる……」
「そりゃあれだけ悲鳴上げてたらな……オーキスとシルヴァ、そして俺の3人だ」
『んー、ゴルドロスとラピリスはんは?』
「色々あってゴルドロスは留守番、ラピリスは先に東京に向かった」
『はぁ、なるほどな。 そういうこと』
ラピリスの性格と現在の状況を知ってか、今のやり取りだけで大体察しがついたらしい。
無線機との間に少し静寂が流れる……すると、微かなノイズに紛れて何かがぶつかるような戦闘音が聞こえて来た。
「騒がしいけど……そっちは大丈夫なのか?」
『ん? ああ、京都の方でも暴動起きてるけど心配せんでええよ、京都の魔法少女は優秀やさかい』
よく耳を澄ませると、聞こえてくるのは戦闘音ばかりではなく魔女のものらしき悲鳴も随分と混ざっている。
まさかロウゼキが片手間にあしらいながら通話しているんだろうか、あまり向こうの絵面については想像したくないな。
『けど、そっちの局長さんに頼まれて色々準備しといてよかったわぁ。 オーキスはんの派遣も前々から備えとったから助かったみたいで』
「局長がそんな事を……?」
『せやで、シルヴァはん。 あの人なぁ、最悪の状況だけは絶対に避けようとこっそり手は打ってたんやで、自分が倒れても最低限の指揮機能は保てるようにってな』
「と、いうわけで、この街の魔法局に対する指揮権限はロウゼキと一部我々始まりの10人に託されている!」
「ふ、不安な面子だなぁ……」
「オーキス、お口にチャック」
大人しく口を噤むオーキス、普段はおどおどしている割に結構ズケズケと物を言うタイプだ。
しかし局長がそこまで先の事を考えていたとは、流石にコネだけで登り上がれるほど魔法局局長の座は安くないらしい。
『今は全国各地で魔法少女が魔女の暴走を抑えとる、けどこれも時間の問題やな』
「ああ、空に登る太陽が落ちるころには沈静化してしまうだろう」
「だね、魔法少女よりも魔女の方が力尽きるのは速い」
始まりの10人、そのうちの3人が無線機越しに話を続ける。
3人の言う通りだ、魔女にはローレルによって定められたタイムリミットがある。
戦闘にもなればより一層魔力の消費は激しくなる、そうなれば吸い尽くされるのも時間の問題だ。
『問題はその魔力はどこに行くか、そして何に使われるやな。 これには関しては本人に問いただすほかないなぁ』
「……シルヴァ、君はその辺りの覚悟は出来ているかい?」
「わ、我? もももちろん! ローレルを倒す心構えは十分……」
「違う、辛いことだろうが話はその先だ。 君は最悪の場合、ローレルを殺す覚悟があるか?」
シルヴァが息が詰まった様な表情で固まる。
だがシルヴァ本人だって気づいていなかったわけではあるまい、ローレルはそれだけの真似をしたのだ。
頭の隅っこに追いやっていた考えたくない事態を、無理矢理に突きつけられる。
「迷いがあるようなら致命傷になる前に降りる事も出来る、街の防衛にも人手がいるだろう」
「わ、我は……我は……盟友」
「駄目だ、こればかりは手を貸せない。 お前が決めろ、シルヴァ」
もちろんシルヴァに手を汚させたくはない、トドメを刺すとすれば俺の仕事だ。
しかしそれでもこの先の決戦に向けて迷いや同情があってはいけない、弱みを見せれば容赦なく相手はそこを突いて来るのだ。
シルヴァに今試されているのは、ローレルを前に100%魔法少女として戦えるかという覚悟だ。