悪魔の科学者 ⑦
「……ふふふ」
思わず笑みをこぼしながら、夜の街を歩く。
なに、多少は羽目を外しても大丈夫だろう。 なにせ気にする人目には限りなく少ない。
東京に近づくにつれ、人の数もまばらになって来た。
「まだまだ汚染された土壌だもの、魔物だって集まってくる。 東京の解明もまだあまり進んでいないようね」
まあ、それも私が裏から手を回していた成果ではあるが。
勘のいい怪物たちに嗅ぎつけられないように立ちまわるのは骨が折れた。
最も気を使ったのは、東京事変の最中に警備が手薄になった京都から杖を盗み出すところだ。
上質なサンプルが手に入ったおかげで研究も捗った、魔女の薬が完成したのは東京事変……ひいてはオーキスとスピネのお蔭だ。
しかし、それでも裏切ってくれたのはいただけない。
「まあ、いいわ。 私にはまだまだ魔女が沢山ついているもの」
「――――独り言多いし、てかやっと見つけたわ」
予想通り私に話しかけてくる声とともに、振り下ろされる鉄槌を茨でからめとって受け止める。
媒体である大槌に振れたものを拒絶する魔法……だがしかし、その力が働くのは面の部分のみだ。
手元を絡め取って放り投げてしまえばさほど脅威になる魔法ではない。
「ぐっ……!」
「手癖が悪いわね、魔女らしいわ。 良い顔するようになったじゃない、ヴィーラ」
「うるさい……うるさい!! パニオットに何をした!?」
目に大粒の涙を湛えて吠える彼女の表情には嘘偽りのない怒りがにじみ出ている。
周りを見渡しても、いつも隣にいた分身を扱う魔法少女の姿は見えない。
「あら、もう倒れちゃったの? 自己複製なんてレアな魔法持ちなんだから許容量はもっとあるものかと思ったのだけど」
「それは認めるって事でいいのかよッ!!」
怒りに囚われれば、当然ながら動きも単調なものになる。
真正面から馬鹿正直に振り下ろされた大槌は先ほどの再現の如く、あっけなく茨に絡めとられてしまうだけだ。
「クソッ! 人でなしとばかり思ってたけどマジでなんなんだよアンタ……!!」
「ふふふ、何だったかしらね。 今はローレル、魔女の親玉よ」
今度は投げ飛ばさず、腕を絡め盗られたまま空中で身動きが取れないヴィーラに向かい、さらに茨を絡みつかせる。
しかし、運か根性かは知らないがよく私を見つけ出したものだ。 やはりヴィーラは残しておいて正解だったか。
「ねえ、ヴィーラ。 お友達を助けたい?」
「……アンタのお願い聞いたら助けてくれるとでも?」
「その通り。 なに、簡単なことよ。 やる事はいつもと変わらない、これから私の邪魔をする魔法少女がやってくると思うから」
「…………」
沈黙するヴィーラ。 腹に抱えているのは不信、憎悪、殺意、様々なものが渦巻いているが彼女は私に従うしかない。
大事なお友達の命が掛かっているうえに、彼女は他の魔女とは違い背負ったものの重さが違う。
まったく、責任感という者はこういう時にばかり重くのしかかる。 だからこそ扱いやすくなるわけだが。
「ところで、ヴィーラ。 ブルームスターという魔法少女は知っているかしら?」
「……誰だし、そいつ。 知らねえけどむかっ腹する名前」
「そう、覚えていないのね―――――ならいいわ、好都合」
どうやらトワイライトとの戦闘で例の奥の手を切ったか、となればあの女誑しの野良ネコに誑かされる心配はない。
「それじゃ、そろそろ答えを聞かせてもらおうかしら。 お友達の事を助けたくはない?」
「――――――…………」
選択肢があるように見えて、実際に示された道は一つのみ。
結局のところ、ヴィーラが出した答えは私が予想していたものと何ら変わらなかった。
――――――――…………
――――……
――…
《おはようございます、マスター……よく眠れましたか》
「全然、その割には目が冴えてるけどな……」
スマホの画面に移された時刻で、朝を迎えた事を知る。
ベンチの上から起こした身体はいまだ鉛のように重く、節々の痛みが抜けない
昨日の騒ぎの中で倒れる様に眠っていたようだ、疲れが抜けた感じがしない。 まあ、こんな状況で眠れるはずもないが。
「……状況は?」
《お医者さんたちは昨日からひっきりなしにハードワーク中です、犠牲者は増える一方ですね》
ハクが画面の中で検索ウインドウを引っ張り出すと、朝のニュースが映る。
ツタに包まれた魔法局をバックに熱のこもったレポートを語るニュースキャスターに、上部に羅列されているのは恐らく被害者たちの名前だろう。
台風や地震とった災害時と同じように、L字型に展開されたテロップの上では右から左に次々と情報が流れていく。
「……何人だ?」
《すでに3桁は超えてます、その中で既に意識不明の状態まで悪化したのが2割ほど。 アンサーちゃんも……》
ハクの報告を聞きながら、静かに病室の扉を開く。
昨日、何とか確保したベッドの上には浅い呼吸を繰り返すアンサーの姿がある。
もはや変身を維持する力もないのか、状態は昨日よりずっと悪い。
「……ぁ、ブルーム……さん、だっけ? おはよ……」
「喋らなくていい。 具合は……って、聞かなくても分かるな」
快方に向かっていないはほぼ明らかだ。 医学的には手の施しようもなく、魔法的にも手を加えられるものがいない。
今の彼女に残された道は、このまま魔力が枯渇して意識を失うだけだ。
「……シノバス、たちは……」
「隣の部屋だ、昨日シルヴァが連れて無理矢理寝かしつけた」
「そっか……迷惑かけてたら、ごめんなさい……」
「迷惑なんてとんでもない、それに3人には随分助けられたって聞いたよ」
アンサーたちの武勇伝については、昨日の間にゴルドロスから情報共有されている。
シノバスたちの協力が無ければドクターの打倒も、ローレルの正体を暴くことも出来なかったはずだ。
……まあ、その結果こうなってしまったと考えると少し複雑ではあるが。
「あは、は……違うよ、何も出来なかった……魔法少女に憧れたけど……局長さんを置いて、逃げる事しか、できなかった……」
「……アンサー、違う。 君に落ち度はない、逃げたって恥じる事じゃない。 それが普通だ」
「普通が嫌だから、魔法少女に憧れて……魔女になって……それでも、力だけあっても駄目だって理解させられたんだぁ……」
アンサーが残り少ない力を振り絞って、点滴の管が通った腕を伸ばす。
その手を握ると、震えていた。 当たり前だ、彼女は最近までは普通の女の子で魔法少女なんかじゃない。
「ねえ、ブルームさん……このまま眠っちゃったら、どうなるんだろ……例えローレルを倒してもさ、私達がちゃんと目覚める保証はあるのかな……?」
「……それは」
大丈夫だ、と言える確証がなかった。
確かに魔力を吸われて失った意識が、ローレルを倒すことで戻る保証がない。
奴を倒すことで魔力は戻るのか? そもそも、砕けた杖が元に戻るのか――――
「……ごめん、私ね……怖い……こんなことになるなんて、思ってなかったんだ……」
「……ああ」
「ただ、友達の脚が動くようになれば……よかったって、それで……自分達もちょっとだけ……魔法が使えたら……」
「うん……分かってる、悪いのは全部ローレルだ」
「怖い……怖いよぉ……死にたくない、よ……!」
俺はただ、目覚めるかも分からない眠りに誘われる彼女の手を握る事しかできなかった。
一晩経っても体調は万全ではない、魔力も全快とはいかないだろう。 だがそれでもだ。
「……ハク、限界だ。 俺は動くぞ」
《はいはい、マスターの頭に血が上ってる分私はフォローしときますよ。 まずはコルトちゃん達起きてから作戦会議です》
昨日の今日で決して体勢を立て直したとは言えない、しかしこれ以上の傍観はただ事態が悪化するだけだ。
最悪の場合、俺はローレルを―――――殺さなければいけないだろう。