悪魔の科学者 ④
「……で、状況整理だヨ!」
「ええ」「ほい」「うむ」「はぁい……」「はい!」「ござる」「うが」「っす!」
「うん、狭いネェ!」
「我慢しろ、病室だって限りがあるんだ」
来るのは何度目か、流石魔法局とコネクションが繋がった病院だけあって深夜だというのに対応は迅速だった。
局長にあてがわれたのは地下に用意された特別個室、ドクターも同じく隣の個室に運び込まれている。
特別とはいっても内装はそこまで一般的な病室とさほど変わりない。 その中にこれだけの数の魔法少女が集まればスペースはいっぱいだ。
「まず、局長の様子だけどサ」
「……うむ、目覚めぬな」
ベッドの上で寝かせられた局長は、多少血色がよくなった気はするがまだまだ顔色が悪い。
診察した医師の見解では、特に異常は見受けられないらしい。 少なくとも外傷や出血の類は見受けられない。 だとすればこれは……
「……ローレルの魔法か?」
「そだねぇ、まずはこれ見てもらおうかな」
そういってオーキスが広げたのは、緑色の薄っぺらいシートのようなものだ。
よくみれば緑色の正体はコケかカビのようなもので、下の布地を隙間なく覆っている。
「ローレルはねぇ、植物を操るの。 これは局長さんから引っぺがした寄生植物」
「ひ、引っぺがしたとは……相当グロテスクな事になっているのではないでござるか?」
「そこは問題ありませんよ、オーキスの魔法はカミソリで対象を損壊させずに切り貼りできるものです」
例え負傷しても、その部分をカミソリでそぎ落とすことでケガや傷といった情報を切り取る魔法。
過去には刀傷を負ったスピネから傷を切り取り、そのままラピリスへと張り付けるなんて芸当もやって見せた。
「うん……あとはねぇ、切り取った空間のテクスチャの間に潜り込んだりとかできるよぉ」
「あの、ラピリスさん。 この人かなり強いんじゃ?」
「ええ、私が知る限りトップクラスの魔法少女ですよ」
オーキスと面識のないアンサーたちが憧れの視線を向ける。
しかし視線を浴びた本人は後ろめたいものがあるのか、こそこそと俺の後ろに回り込んで隠れようとしている。
「でも、その植物は引っぺがせたんだろ?」
「うん、表皮はね。 ふ、深く複雑に食い込むと流石に私の魔法じゃ剥がせなくなるからねぇ……血管と
か臓器とか、傷つけちゃう……」
「……ってことは体内にまだ残ってるってのか?」
「う、うん……即死しないなら、量は少ないと思うけど……体内に魔力が残留してるわけだから、このままだと回復は難しいかな……」
ベッドに横たわったまま、栄養剤を点滴される局長に視線を戻す。
常人にとって魔力は毒だ、それは東京事変を経験したオーキスがもっとも理解している。
「単刀直入に聞くが、どれぐらい持つ?」
「本人の体力にもよるけど、2日か……持って3日ぐらいかなぁ……」
魔力に汚染された人間ならそれこそ数えきれないほど見て来た魔法少女の言葉だ、あながち間違った見解ではないだろう。
それはつまり局長に残された時間は残り少ないという裏付けになるわけだが。
「よ、よく分かんないっすけど……局長さんの命が危ないって事っすよね」
「ええ……今、局長の命はローレルに握られています」
ラピリスが自らの二の腕を強く握りしめる。
今日一日だけで多くの事が起きすぎた、彼女の中では今いろんな感情が渦巻いているに違いない。
「……今現在、この魔法局は指揮を取る人物がいません。 我々は自分達でこの先の行動を選ばなければいけない」
「ま、そうなるよネ。 悠長に代理の指揮を待ってたら局長が先にオダブツだヨ」
「ええ、ですから我々はこれから……縁さん、を……」
「ローレルを殺さないといけないわけだねぇ」
ラピリスがオーキスの胸倉を掴みかかる。
「…………!!」
「し、ショックなのはわかるけどさぁ、駄目だよ? アレはねぇ、君達と出会うずっとずっと前から“ローレル”だったんだ、説得も交渉も通じない」
「だとしても、魔法少女の力は人を殺すためのものじゃない! 無力化し、拘束を……」
「まだ分かってないようだね、あれはもう人間じゃないんだよ。 殺したところでローレルという名前の魔物を殺したに過ぎない。 それともまだ誰も傷つかない終わり方があるとでも思ってるのかな?」
「――――訂正しなさい、オーキス!!」
「嫌だね、同情する気ならその感情も利用されるよ」
「やめろ2人とも!」
互いに刃を抜こうとする2人の間に割り込んで引き剥がす。
俺がオーキスを、シルヴァとゴルドロスがラピリスを抑え込み、なんとか2人を落ち着ける。
「ここは病院だ、そんなもの抜いたらどうなるかぐらいわかるだろ! いったん落ち着け!」
「何故ですか! そもそも、オーキスが局長を守っていればこんな事には……!」
「ラピリス!!」
叱責を飛ばすと、バツの悪そうな顔を見せて視線を逸らす。
……思えば、こうしてアオを叱るなんてことは随分久しぶりのことかもしれない。
「…………離してください、少し頭を冷やしてきます」
「で、でも……」
「シルヴァ-ガール、離すヨ。 そこまで馬鹿な奴じゃないからサ」
シルヴァたちが羽交い絞めにしていた手を離すと、ラピリスはすぐさま病室から走り去って行った。
残された俺たちの間には気まずい沈黙だけが残される。
「オーキス、わざとだろ。 なんであんな煽るような真似をしたんだ」
「あはは、バレたぁ……でも誰かが言わなきゃいけなかったと思うし、嫌われるなら私かなってねぇ」
「怒るぞ」
「うぇへへぇ……優しいなぁ、ブルームは」
縁さんの敵対に一番心を痛めているのは、付き合いが長いラピリスのはずだ。
だけど悠長に心の傷の回復を待っている時間はない、叱咤激励するにしても荒療治というもんだ。
万が一止めるのが間に合わなかったら斬りかかられていたかもしれないというのに。
「とにかく、ラピリスもあの調子だ。 全員混乱してるだろ、今夜はもう休もう」
「ソダネ、魔力も体力もすっからかんだヨ」
「花子ちゃん達も何があるか分からない、今日はこの病院に泊めてもらおう。 いいか?」
「わ、分かったっす……」
時間は確かにない、焦る気持ちは否めないが今のコンディションではなにも出来まい。
縁さんの裏切り、ローレルの参戦、局長たちの容態……諸々を一度頭の隅に置き、俺たちは病院で一夜を明かした。