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藪医者の攻略戦 ⑤

「っ――――――――……!!」


鮮烈な業火があたり一帯を焼き尽くす。

無尽蔵に等しい魔力の防壁が身を包む限り、ボクへのダメージはない。

しかしいくら無敵とはいえ中身はただの人間、睡眠を取らねば意識は朦朧とするし、食事をしなければ力が出ない。 そして()()()()()()()()()()()()()


「く、は……!!」


息が出来ない、ボクたちを取り巻く火災旋風が内部の酸素を根こそぎ燃やし尽くす。

そうだ、これが無敵の弱点だ。 外から与えられる害意には強いが、あるべきものを差し引かれるような悪意には抵抗できない。

理解はしていた、しかしそれがこうも常識外れな方法で攻略されるとは。


(それでも、この状態は長くは持たない……!)


酸素不足により蒙昧とした意識の中、それでもボクにとって有利な状況なのは変わらない。

いくら自分の魔法とは言え、ラピリスは自らの炎によって焼き続かれている状況だ。

元から戦闘で蓄積したダメージと、磁化の過程で与えられた電撃、ただでさえ体力(HP)に絶対の差がある。


(持久戦だというのなら、君がボクより長く意識を保てるはずがない――――……!!)


――――――しかし、ラピリスが大剣を握る握力を緩める事はない。

巻き上がる火炎が弱まる気配は一切ない、低酸素の極限状態において意識を失う事がない。


髪をぼさぼさに振り乱し、泥にまみれた顔で真っ直ぐにボクを見つめ続ける。

不細工な格好なのに、凛と輝く彼女の蒼い瞳はどこまでも美しく見えた。


(…………諦めろ)


 ―――――諦めませんよ。


(……君では勝てない)


 ―――――誰がそんなこと決めたんですか。


(君の体が持たない)


 ―――――命を懸ける価値があります。


(―――――……)


言葉を交わしたわけじゃない、だというのに、会話が出来たような気がした。 

違う、そんなはずがない。 ただの極限状態が思わせる幻だ。

それでも……彼女が命を懸けてこの状況を作り出したのは確かだ。


(…………何故だ)


考える。 この状況は君の「命の価値」に適うものなのかと瞳で問う。

違う、君の価値はそこまで低くはない。 ボクにそこまでの価値なんてない。

こんなこと、レートが釣り合わない話じゃないか。


「……馬鹿、ですね……ドクターは……」


幻聴ではなく、今度は彼女の言葉ではっきりと聞こえた。

僅かな酸素すらも貴重なこの状況で、なおも彼女は言葉を紡いだ。


「命の価値、なんて……相対的なんですよ……世間で悪とされる人でも、家族や友人がいるように……」


熱波に(いぶ)されたラピリスの腕がボクの頬を撫でる。

無敵の力が活きているせいか、この灼熱の中でも乾かぬ涙を拭いながら。


「……私は、あなたの事が好きですよ……ドクター。 友達として……ね」


とうに限界を超えているはずの彼女が、笑う。

魔力は既に枯渇しているはずだ、体力も気力も振り絞ったはずだ。

それでもなぜ立っている、何のために戦える? その答えを彼女は敵である「ボクのため」と言った。


「…………ボクの」


ああ、卑怯だ、ハメ技だ。 そんなの絶対勝てるはずがないじゃないか。

彼女の事を“死んでほしくない”と思った時点で僕の理想は破綻している。


「……ボクの負けだ、ラピリス」


「―――――ええ。 帰りましょう、ドクター」


そしてまるでその瞬間を待っていたかのように、炎の壁を突き破って飛んできた2つの腕が僕たちの体を引っ掴んだ。



――――――――…………

――――……

――…



「ぎーがー……熱いのは、勘弁……」


「れ、レトロ殿ー!? もっと丁寧に扱うでござる、魔法局の大先輩でござるよ!?」


炎の壁を突き破って飛来した腕に捕まれた私達は、そのまま近くの川まで運ばれて投げ捨てられた。

くるぶしほどの水嵩しかない浅瀬だ、溺れる事はない。 炎に焼かれた体に水の冷たさが染み渡る。


「ゲホッ、うぇえ……ありがとう、ございます……レトロ、さん……」


「お安い御用」


無表情のまま私達と同じく水に浸かるレトロ、熱された彼女の鉄の体からは激しい水蒸気が噴き出している。

空気を根こそぎ奪うほどの灼熱の中、渦中の私たちを引っ張り出せる適任は彼女しかいなかった。


「……魔女に協力を取り付けるなんて、カタブツの君が思いつくとは思えないな」


「……ゴルドロスの案ですよ、私が火災旋風を思いついた時に乗っかる形で提案してきました」


「だろうな、ハハ……ああ、読み違えたか」


水に濡れながら空を見上げるドクターが、片腕で自分の目元を隠す。

ゴルドロスは今、火災の鎮火処理中だ。 駆け付けるまでまだ時間はかかるが……ドクターが再び無敵のカセットを取り出す素振りはない。


「…………父さんがいた、そして目の前で死んだ。 それがボクの魔法少女としてのルーツだ」


「………………」


「家を顧みない人だった、だが医者としての腕は一流だ。 親としては最低で、医者としては最高の人。 だけど最後はボクを、()()()()()()()()()


ドクターがぽつぽつと語り始める。 

家族の不幸など魔法少女の中のありふれた話だ、だが当事者はそんなよくある話などとは切り捨てられない。

レトロたちも察してか、何も言わずにゴルドロスの手伝いへと向かう形でこの場を離れる。


「父さんは、たくさんの命を救っていた……今も生きていれば、誰かの命を救っていただろう……だけど、ボクのせいで死んだ。 じゃあなんだ、それだけの対価を得て救われた、ボクの命の価値って何なんだ……!?」


彼女の頬を伝うものか、きっと水飛沫なんかじゃない。

私はただ、彼女が今までため込んでいたものを吐き出すまでその手を握る事しかできなかった。


「分からなかったんだ、それだけがずっと……ずっと……」


「ドクター、私たちはお互いの事何も分かってなかったですね」


「ああ……ああ……!」


「……罪を償ってください、ドクター。 そうしたらまた一緒にご飯でも食べましょう」


「はは、今さら雪ぎきれるかよ……それに、ボクはもう手遅れだ」


「――――えっ?」


パキリとプラスチックが割れる音が耳を刺す。

反射的に音のなる方へ目を向けると、ドクターの杖であるはずのゲーム機に木の根のようなものが巻き付いていた。


「ドクター!?」


「……無敵のリソースである魔力、そのパイプはローレルから分け与えられたものだ……いわば、君達を裏切った時からボクは彼女に命を握られていた」


刀で巻き付く木の根を斬り払うが、それ以上のスピードで根がゲーム機を侵食する。

万全ならともかく、今の私では焼き払う事も出来ない。


「無駄だ、もうじきボクも他の魔女と同じく廃人のような状態になる。 今までのツケさ」


「何を言っているんですか、まだ手はあります! なにか、きっと……」


「あったとしても間に合わない。 だから聞け、ラピリス……ローレルの正体は―――――」


ドクターが震える口で、ローレルの正体を告げる。

彼女に残された時間は少ない、その中で私に伝えられたのは最小限の……「名前」だけだ。


「………………え?」


一言一句聞き逃すつもりはなかったが、聞き違えるはずもない。

だけど私は、ドクターが最期に告げた名が聞き間違いであってほしかった。




――――――――…………

――――……

――…



「びゃあああああああああ!!!?? びっくりした! 何してんですかぁ局長!?」


「ほわあああああああああ!!! びっくりした!! 急に大声出さんでくれるかね、縁クン!?」


魔法局の奥にある資料室、半壊してもなお無事だったその部屋の奥に蹲る巨漢の影があった。

思わず心臓が飛び出るような声を上げると、資料室で作業をしていた局長もまた同じような声を上げたのだった。


「だってもぉ深夜ですよ? 私は変わらず残業ですけどねうぇへへ……」


「せ、精が出るねえ……私もちょっと調べ物をしていた所だよ」


「局長が調べ物ぉ?」


思わず鼻で笑ってしまう、最近何やらこそこそやっていると思えばこんなことか。

努力は関心こそするけど、この狭い資料室で彼の巨体は圧迫感がある。


「まったくもー、その奥にある資料が必要なんですから」


「あ、ああ、すまんね。 しかしこんな深夜に何の調べ物かね」


「例の魔女化錠剤についてシルヴァちゃんの見解も踏まえた再検証です、そういう局長こそ何調べてたんですか」


「ああ、私はだね……」


――――高い所の資料を取ろうと伸ばした背に、何か冷たくて硬いものが当てられる。


「…………すまないね、縁クン。 調べ物とは嘘だよ」


「………………へっ?」

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― 新着の感想 ―
[一言] メタ的に考えないと気付けないよ、これ。でも証拠的なのとか伏線とかいっぱいだったんだろうなぁ。自分がアホだっただけで。 まだ確定ではないけれど。
[一言] そんなこったろうと思ってたぜぃ(歓喜)(後出しジャンケン)(いいぞもっとやれ)(圧倒的感謝)
[良い点] やっぱそうだよなー1人だけクソ怪しかったもんな。
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