たとえ私の全てを賭けてでも ④
「――――ゴルドロス、前に!」
「アイヨー! 任せてヨ!!」
目の前を退けたサムライガールに合わせ、両手に構えた機関銃の引き金を目いっぱいに引く。
戦闘が始まってどれほどの時間が過ぎただろうか。 1時間は過ぎていない、数十分? それとも数分? どちらにせよ私達の感覚で言えば途方もない時間のように感じる。
こちらからの攻撃はほぼ通らず、向こうから一方的な蹂躙劇だけが続けられている中、3人掛かりで代わる代わる凌いでいる状況ばかりが続いているのだから。
「ふむ……粘るね。 そして参ったな、ここまでの長期戦は想定していなかった」
「なんだヨ、制限時間でもあったのカナ?」
「いいや、いくら無敵でも攻め手に欠けるのはいかがなものかと。 欠点が1つ見つかった」
「あーそうかヨ!! 余裕たっぷりで羨ましいネ!!」
一切の攻撃が効かない無敵の力、魔法少女とは言え規格外すぎるその能力はどこかに欠点があるはずだと考えていた。
まず第一に「燃費」。 魔力の消費が大きいため、何らかの時間制限があるかという希望的観測だった。
しかし、長期戦の場を整えたというのにドクターは一切焦るような様子を見せない。 この予想は外れたと思っていい。
「……チッ」
知らずの内に舌打ちが漏れる。 できればサムライガールが提案した術は使わせたくない。
そのためにも何か打てる手がないかと探してはいるが、こちらの切れる手札が残り少ない。
「……どうした、ゴルドロス。 バンクには頼らないのかい?」
「はっ、使うほどの相手じゃないってことだヨ」
「笑える冗談だね、残高不足なんじゃないのかい?」
「………………」
ドクターの指摘は当たっている。 バンクを経由して取り出せる道具は、通常のそれよりレートが格段に高い。
それでもいつもなら魔法局から十分な供給があるため、低頻度の使用であれば問題はない。
しかし、最近は魔女が好き勝手に魔物を倒してしまうせいで、魔法局に入る魔石の数も減少しているのだ。
「沈黙は肯定と受け取るよ。 物品の用途を拡大解釈して適用するバンクの能力は恐ろしいが、使えないと分かれば怖くない」
「ほんっとうに可愛くないナー、ドクターってば……!」
―――今のはつまり、私は脅威ではないと侮られている。
こめかみの血管がヒクつくが、安い挑発に乗っていられる立場ではないと自分を宥める。
それに、警戒されていないという事は逆に私が一番動きやすいという事だ。
「……ゴルドロス、分かっているとは思いますが」
「モチロン、私はいたってクールだヨ。 次に弾倉が切れたらスイッチするネ」
両手の機関銃が作り出す弾幕は少なくとも鬱陶しいと思っているのか、ドクターの攻め手は鈍っている。
状況は辛うじて拮抗、相手の心には私に対する油断もある。 状況は悪くない……だというのに、胸がざわつくのは何故だろうか。
……ブルームスターは、上手くやっているのだろうか。
――――――――…………
――――……
――…
《――――スター……マスター、マスター! 生きてますか!?》
……ハクの声に目を覚ます。 どうやら立ったまま少し気を失っていたらしい。
状況はどうなったのか、少なくとも俺はまだ生きているらしい。
確かめようと上げた右腕は――――皮一枚でつながった肘から先がブラリと真下を向いている。
「……なんだ、まだ繋がってるな」
《馬鹿言わないでくださいよ!! 自分が何やったか分かってんですか!? 腕だって殆ど千切れている状態なんですよ!!》
激昂するハクの言う通り、右手の状況は辛うじて薄皮一枚が繋がっている状態だ。
神経や腕の腱はもう手遅れ、切断ならともかく千切れてしまったんじゃ手術でつなぎ直すというのも難しいだろう。
「ごめん、心配かけたな……トワイライトは……?」
そこで、ようやく血が巡って広がり始めた視界の中でトワイライトの姿を捕らえる。
彼女はただ、泣きじゃくっていた。 ぼーと突っ立ったままの俺の足元にへたり込んだ格好で。
腕に突き刺さっていたナイフは抜け、同じく足元に転がっている。 完全に千切れる前に彼女が自身の魔法を解除したのだろうか。
「……トワイライト」
「――――違う、私は……そんな、つもりじゃ……っ!」
「気にするな、お前の責任じゃない。 俺が勝手に首突っ込んだことだ」
もはやトワイライトからは完全に戦意が喪失している、手を伸ばせばすぐ届く距離にあるナイフを握る気配もない。
それにトワイライトの顔は真っ青で、こちらには一切目を合わせてもくれなかった。
「私は――――私は、本当は……! 愛されたかった……愛してほしかった! 分かってた、お父さんは私を愛してくれないって……」
「………………」
「だから――――せめて……認めてほしかった。 私の存在を、ここにいて良いよって……! 家族の愛が、ほしかった……!」
片膝をつき、震えるトワイライトの肩を残った左腕で抱きよせる。
彼女の肩は血を失った俺よりも冷たく、まるで氷のようだった。
「……お前を愛する奴はクソッタレな父親の他にもいるさ、気づいてるだろ」
「――――やだ、私は……愛される資格がない……!」
「それを決めるのはお前じゃない、あいつらだ。 ……だから、もういいだろ」
「っ―――――でも、でも……私は、もう……」
ガラスが軋むような音を立てて、トワイライトの足元を凍てつかせていた氷がひび割れていく。
……? いや、違う。 この音は氷だけじゃない、もっと硬質な――――
「――――私はもう、手遅れだから」
その瞬間、トワイライトの足元に転がっていたナイフが――――音を立てて砕け散った。