たとえ私の全てを賭けてでも ③
「ああ……あああッ!!」
「――――――くっ!」
汗だか血だか分からない体液を散らかしながら、がむしゃらに箒を振るう。
右手の感覚はとうに失せ、左手だけで振るう箒の威力は心もとない。
それでもトワイライトを押し込んでいるのはひとえに気力だけだ。
「――――馬鹿力!」
「うっせぇ、こっちだって必死なんだよ!」
トワイライトのナイフが届かず、こちらの箒が命中する絶妙な間合いは紙一重で崩れる儚いものだ。
つかず離れずの距離を保ちながら、余計な真似をする隙を与えずに攻め続ける。 出血に合わせて耐えがたい疲労が積もるが、手を止めた瞬間に俺の喉は掻っ切られるのだろう。
《マスター、こっちは奥の手はことごとく使えないんですからね。 無茶は禁物です!》
「分かってるけどこの状況でどう無茶するなってんだよ!!」
《そこはなんか頑張ってください!》
「無茶言うな!!」
こちらは奥の手である黒衣、それに羽箒という手札も失っている。
武器は大量に転がっている石を使った打撃用の箒と、例のよくわからない凍らせる力だけだ。
「――――調子、に……乗るな!」
「戻れッ!」
こちらの攻勢を鈍らせるため、トワイライトがナイフを振るったタイミングに合わせて箒を元の石ころに戻す。
つかず離れずの距離、箒目掛けて振るわれたナイフは虚空を空振り、勢い余って崩れた姿勢はあらぬ隙を生み出した。
「な――――!?」
「油断した……なっ!」
振り抜いた腕を戻すよりも先に、一気に距離を詰め、石ころを掴んだ掌をトワイライトの腹部に当てる。
これから自分の身に起こる事を察してか、トワイライトも衝撃に合わせて後ろに飛び退こうとするが――――そうはさせない。
踏み込みと同時に発生させた冷気が、足場ごと相手の足を凍てつかせる。
「これで……逃げられないよなぁ!!」
「――――それは、あなたも同じ!!」
ナイフは間に合わないと見てか、トワイライトは迷いも無くナイフを持たない片手を握り込み、俺の鳩尾に向けて殴り込む。
互いの掌と拳が交錯し、直撃する。 鳩尾にめり込んだ拳は泣きたくなるほど痛いが、弱音も気絶も許される場面じゃない。
「――――グ……ガ、ハ……!」
「ウ゛ェ……ッ! ゴホ、ハァ゛……!」
相手の足場は固定したが、打ち込まれた拳の衝撃に、軽い身体が砂利の上を転がる。
その拍子に口の中を切ったのか鉄の味が滲む、痛みに喘いで呼吸が出来ない。 くるしい。
だが、それは相手も同じだ。
「―――――いい、加減。 諦めて―――――死んでよ!」
「こと……わ゛る゛! お前、まだ人殺したことないだろ……!」
「―――――そんなの関係ない!! 何で止めるの、なんで邪魔するの!? 自分が殺されそうなのに、なんで私を気に掛けるの、馬鹿なの!? 正義の味方みたいな真似しないでよ、むかつくんだよ!!」
「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせえなあ、なんで正義の味方面するときには大層な理由が必要なんだよ!!」
肩で呼吸を繰り返し、互いにフラフラの状態だが、それでも立つ。
「好きだから暴れる! 親に嫌われたから憂さ晴らし! 誰かに認めてほしいから! だってのに、こっち側には色々理由を求めやがって!」
「――――うるさい、うるさい! 私に関わらないでよ、こっちに来ないでよ!!」
「ふざけんな、意地でも絡むぞこちとらぁ!!」
動けないトワイライトに向かい、凍てつく足で一歩一歩と亀の歩みを進める。
こっちに来るなと駄々をこねるトワイライトは変な表現だが子供のようで、ようやく見えた年相応な振る舞いにこんな状況だというのに少しだけほっとしてしまう。
「誰のため、なんのためってな、最初から最後まで俺のためだよ……俺が放っておけねえからだ」
ふと、月夜の事を思い出す。
大切な家族であり、俺の目の前で見殺しにしてしまった魔法少女のことを。
「お前を見捨てたら俺が死ぬ。 道を曲げ、見て見ぬふりをしてしまえば二度とブルームスターは誰かに手を差し伸ばせなくなる」
ふと、スピネの事を思い出す。
東京事変の首謀者であり、自分の命と引き換えに元凶である扉を閉じた少女のことを。
「そんなの死んでもごめんだ、だから死んでも俺は目の前の誰かを見捨てられない」
「っ―――――……」
ふと、トワイライトと目が合う。 目じりに涙を溜めながら、迷った瞳が俺を見る。
彼女が握るナイフが喉仏を切り裂けば、それだけで死ぬ。 そうでなくてもすでに出血多量の満身創痍だ。
だから逃げるか、退くか? その選択に後悔はないか? ――――答えは否だ。
「―――――逃げる気がないなら、こうする」
トンと血塗れの腕に軽く押されたような感覚が走る。
続いて感じたのは違和感、身体の動きに腕が付いてこない。
腕を見れば、トワイライトが投げつけたナイフが突き刺さっていた。
「――――片腕を固定した……それ以上は踏み込めない!」
ナイフごと空間に固定されているのか、抜けやしない。
なので、仕方なく放置してあらためて歩を進める。
《マスター! この馬鹿!!!》
「――――なに、してるの……?」
ぷちぷちと嫌な音が聞こえるが、無視する。
動きを止められてしまえばそのままなぶり殺しが関の山、ならばどのみち腕は斬り捨てなければいけない。
「――――馬鹿なの? ただでさえボロボロで、腕……千切れ……っ!」
「どの道動かない腕なら使えないんだ」
トワイライトまであと2歩か3歩という所まで距離を詰める。
腕の感覚は殆どない、固定されているからだろうか。 それともすでに手遅れだったか。
まあ、今さらどっちだって関係ない。
ぷちぷち、ぷちぷち、取り返しのつかない音が続く。 ぷちぷち、ぷちぷちぷちぷち。
――――ぶちり。