永遠にさようなら ⑦
見上げた星空はどこまでも澄んで、せせらぐ水面に反射してキラキラと輝いている。
もう23時は超えたというのに、月明かりに照らされた河川敷は電灯がいらないほどに明るい。
「魔法少女って不思議だよな、こうして変身してりゃ蚊にも刺されないわけだし」
《情緒もへったくれもねえですね、マスター》
スマホの中から相棒の呆れかえった声が響く。
真夏の水場だ、風情や情緒よりもやぶ蚊に食われないかが気になるのはしょうがないじゃないか。
《まあそれは別にいいですけど、もう23時ですよ。 もしかしなくても来ないんじゃないですか》
「その時にはその時だ、また改めて考えるよ」
《そんな悠長な事言ってられない状況でしょうに、いつまでも女の子のままでいる訳にもいかないですよ》
「…………」
変身を断たれ、魔女の錠剤で形成されたこの白いブルームスターの姿はあくまで一時しのぎでしかない。
本物の魔法少女に比べ、魔女のスペックは低い。 魔女同士の戦闘ならばどうにか出来ない事もないが、魔物と戦い続けるとなると難しい。
錠剤にだって限りがある、安定して戦い続けるなら変身能力の奪還は絶対だ。
《馬鹿ですね、昨日のうちに倒してしまえばマスターだって楽に元の姿を取り戻せたんじゃないですか》
「それじゃ駄目だ、無理矢理奪い返しても意味はない。 トワイライトの問題が解決しない」
《余計なお世話って言われたじゃないですか……と言っても首を突っ込むんでしょうけどね、まあそんなマスターに憑いてしまったんですから付き合いますよ》
「はっ、悪いな相棒」
互いに他愛のない雑談を交わしていると、そこにちょうど砂利を踏む軽い足跡が聞こえてくる。
……どうやら、お出ましか。
――――――――…………
――――……
――…
暗い夜道を独り歩く。 昨日も歩いた道だというのに、夜闇に染まった道は僅かな先も見通せない。
点々と立ちそびえる街灯はチカチカと点滅し、頼りない明かりをともすだけだ。
あいつを殺す前に足を捻るわけにもいかない、足元を確かめながらも塗装された砂利道を一歩一歩、確かめるように踏みしめる。
「―――――ブルーム、スター」
殺意を込め、その名前を口ずさむ。
私は奴を殺さないといけない、そうしないとお父さんは私を認めてくれない。
私は自らの存在を証明するために、奴を殺す。 そう決意するたびに吐き気が込み上げてくるのはどうしてだろう。
足取りは重い、だというのに止まってはくれない。
ジャリ、ジャリと鉛の様な足取りを進め、ようやくたどり着いた河川敷では、待ってほしくない待ち人が座っていた。
「よお、遅かったな。 もう来ないんじゃないと思ってたよ」
「―――――ううん、今来たところ」
「そのセリフは待ってた側が……いや、いいや」
夜の黒の中に存在する真っ白な彼女の姿は、彼女の精神性をそのまま表しているかのように眩しかった。
まっすぐで、優しくて、鬱陶しいほどに正しくて、私のような存在は直視が出来ない。
ああ、そうか。 今になってヴィーラがブルームスターを毛嫌いする理由が分かった。
「……お前ひとりか、ヴィーラたちは?」
「―――――誰にも伝えるな、と言われた。 ……“取り分”が、減るから」
もしブルームスターを倒せたなら、ローレルはその功績に対してお金で応えてくれるだろう。
しかし、それがヴィーラたち複数人による功績であれば? ……金額は分配して渡される。
お父さんはそこを危惧して私だけを送り込んだ、と。 自分で話していてなんだか笑えて来てしまう。
「―――――あなたは、私の生き方を否定する。 どうして?」
「……俺が納得できないからだよ」
「―――――勝手な人、私はそんなこと望んでいないのに」
「だけど迷ってんだろ、父親の言いなりになる事が本当に正しいのか。 それに……ヴィーラたちも悲しむ」
「―――――ヴィーラたちは関係ない」
ナイフを握る腕に力がこもる。
自分でもなぜいら立っているのかは分からないが、ブルームスターへの躊躇いを誤魔化すには好都合だ。
「まあ話し合いで解決できるわけがないよな、互いに意地ぶつけ合うしかねえんだ」
まるで牛が土を蹴るかのように、ブルームスターが靴底を砂利にガリガリと擦る。
火の粉の代わりに吹き上がるのは氷の結晶、夏の熱気に負けじと煌めく冷気の輝きはとても幻想的なものだ。
「―――――あなたを殺す」
「お前を倒す」
「――――お父さんのために……!」
「俺が納得するために」
どういう形であれ、私は今夜この場所で自分の胸中に渦巻く環状に決着を付けないといけない。
お父さんに認められるために、私が正しいと証明するために。
「――――さようなら、永遠に」
――――――――…………
――――……
――…
「……さて、これはどういう事かな」
河川敷の方から微かに聞こえる鋼がぶつかり合うような音を聞きながら、目の前の3人に問う。
ラピリス、ゴルドロス、シルヴァ、なんとまあ懐かしい面々じゃないか。 昔はシルヴァの立ち位置にボクが立っていたわけだが。
「用事なんて、聞く必要がありますか?」
「トワイライトを助けに来ると思っていたヨ、やって来るってわかっていたら私の鼻で正確な場所は追えるからネ」
「1vs3だぞ。 降伏をするなら認めよう!」
「なるほど。 だがボクに対して降伏とは片腹痛い提案だな、シルヴァ」
ゴルドロスがいかに正確に魔力の気配を辿れようとも、3人の作戦は破綻している。
裏切り者のボクを捕獲しに来たのだろうが、結局のところ倒さなければ意味がない話だ。
「諦めろ、無敵の力は攻略不能だ。 君達じゃ束になってもボクを倒せない」
「おや、優しいですね。 敵に情けをかけるなんて」
「……そうか、残念だ」
ああ、そうだ。 確かに余計な世話だった。
魔法局と出会えば交戦は免れないというのに、ボクは何を言っているのやら。
「それなら名残惜しいけど……君達はここで永遠にさようならだ」
≪―――――超・無敵大戦!!≫