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永遠にさようなら ⑤

小鳥のさえずりに意識を起こされ、まだ気怠い瞼を開くと、カーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込む。

今日も一日容赦のない猛暑が予測されるが、エアコンに管理された部屋の気温は快適そのものだ。

ベッドも相当高いものなのだろう、普通なら目を覚ましてもこのまま体を預けてしまえば再び深い眠りに落とされかねない。


《おはようございます、マスター。 目覚めの気分はどうですか?》


「最悪だよ……」


腹に乗ったコルトの脚を退けて、半身を起こす。

結局昨日はコルトに連行され、この超高級アパートに寝泊まりさせてもらう事になった。

が、家主の寝相が大層悪い。 一緒のベッドで寝ようものなら蹴られ殴られ羽交い絞めにされ挙句の果てには齧られた。


「もう二度とこいつの家には泊まらねえ……ハク、俺はちゃんと五体満足か……?」


《ほっぺたに歯型ついてますけどそれ以外は異常無しです、コンディションはばっちりですね》


「どこがだ!」


『モキュー……』


ふと、半開きになった扉の向こうからこちらを憐れむような表情で覗き見るバンクと目が合った。

そっか、寝ると決まったらそそくさと退散したので人見知りしてんのかと思ったら、お前も被害にあった事があるんだなこの野郎。


「ハク、耳元でとびっきり目覚めの良いアラーム鳴らしてやれ。 朝飯作って来る」


《人ん家の厨房勝手に使うのはマナー悪くないですかー?》


「新品同然で使われない調理器具たちが浮かばれないだろ、それにピザばっかじゃ体にも悪い」


冷蔵庫の中にまだ生き残ってるタマゴと、調味料も未開封のものがいくつか残っていた。

あとはトーストと、ベーコンぐらい焼けるだろう。 野菜が足りないのは少し不満だが仕方ない。


台所に到達すると、ちょうど寝室の方からコルトのキレが悪い悲鳴が聞こえて来た。



――――――――…………

――――……

――…



「レディーはもっと優雅に起こすべきだヨォ……」


「レディーを名乗るならもう少し気品ってもんを覚えてこい」


高そうなテーブルの上に、両手ごと半身をぐったりと預ける姿を乙女と呼ぶには、あまりにもあんまりだ。

髪もぼさぼさでパジャマ姿のまま、目もしょぼしょぼで気品の欠片も無い。


「ほら、朝食。 飲み物はオレンジジュースとミルクのどっちがいい?」


「うぅー……オレンジィ」


「はいはい、ゆっくりでいいからちゃんと全部食べろよ」


スクランブルエッグとバターを乗せたトーストにベーコン、葉物野菜を添えられたら上々だったが仕方ない。

冷蔵庫のラインナップについては後々苦言を呈するとして、今は本日分の活力を胃に収めよう。


「うむぅ……卵焼いただけでなんでこんなに違うカナ……」


「卵液に味付けしてんだよ、味には一番気を付けなきゃいけない仕事だしな」


「んー、ベーコンもカリカリ……これは愛情も詰まってるネ」


「そちらは別料金となっておりまーす」


「なんでサ!」


なんでもないようなやり取りを交わしていると、足元に鼻を鳴らしてバンクがすり寄ってくる。

そういえばバンクの分の朝食を忘れていたか、とは言っても何を与えれば良いんだろうか。


「そいつは野菜以外何でも食べるヨ、ベーコンやピザが好物だネ」


「お前がそういう食生活だから似た好みになったんじゃないのか?」


「………………」


コルトがトーストを咥えたまま、ゆっくりと視線を逸らす。

こいつの食生活についてはあとでアオ達も交えてじっくり話す必要がありそうだ。 下手に金がある分、ヴィーラよりも栄養が偏っているかもしれない。


「そ、それよりこんなのんびりしてて良いのカナ? ほら、トワイライトとの決戦とかサ」


「まだ朝だぞ、指定した時間は夜だ。 話題を逸らすにしてももっとうまくできないのか」


「HAHAHA、ブルームの料理ほどうまくはならないネー」


「おべっか取るなら食生活正そうか、若いうちはいいけど将来絶対ガタがくるぞ」


「ずっと子供でいたいナー……」


時間なんてあっという間、子供の間はなおさらだ。

アオもコルトも、詩織ちゃんもそのうち大人になる。 そう考えると朝っぱらからなんだかしんみりしてしまうな。


《ヘイヘーイ、コルトちゃん。 メールが入ってるので、一旦マスターにパスしてもらえますか》


「ん、OK。 ほら、ブルーム」


「サンキュ、しっかしメールか。 多分相手は――――」


内容を確認すると、予想通りヴィーラからだ。

昨日、深夜の間に「事情が変わったから家に帰る」と連絡はしていたが、その返信だろう。

本文には「おけまる」「悲ピクミンだけどしゃーなし」「また今度ご飯食べよう」という言葉が並んでる。


「むー……別の女からのメールだネ? 女の勘がビンビンいってるよ」


「やかましい、冷める前に食べろっての。 ……ヴィーラたちは朝飯どうしてんのかな」


昨日は3人で共に作ったが、あれも簡単な仕込みを任せただけで実質的な調理は俺が殆ど担っていた。

一日二日で調理スキルが上がるわけもない、できれば一人である程度は作れるように教えておきたかった。


「ブルームが気にする事じゃないヨ、全部終わった後にひょっこり顔出せばいいサ」


「そうもいかないよ、騙してたんだからな。 部屋の片付けも中途半端だったし……」


「ま、とにかく今日を何とかしないとお先真っ暗なんだヨ。 トワイライトに勝つ自信はあるのカナ?」


……正直、トワイライトの魔法は強力だ。 対して俺は本来の力を発揮できない。

1vs1で戦った場合、10割勝てるかと聞かれたら答えはNOだ。


「何とかして勝つよ、それよりそっちもドクター対策は十分なのか?」


「ん……まあネ、なんとかなるヨ」


「……死ぬなよ、怒るからな」


「そっちこそ、人の事言えないんじゃないカナ」


そのやり取りを最後に、二人の間に長い沈黙が訪れる。

外は快晴、折角の健やかな朝だというのに部屋には重い空気が漂ってしまった。

朝食を片付けるまで、部屋の中にはトーストを齧る音と、バンクがベーコンを()む音だけが響いた。

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