奥さんの買い物に付き合ってる“つもり”になってるおじさん、マジで何しに来てるの?
カートを押すわけでもなく、荷物を持つわけでもなく、ただ手ぶらで奥さんの後ろをついて歩くだけ。子どもも成人しているような年齢で、母親をサポートしているのにね。おじさんは特売品を探すわけでも、献立を提案するわけでもない。
あれはもう、人間としてカウントしちゃいけないんじゃないか。低学年の子どもならまだ「これ買ってー!」と意思表示をするだけマシだ。彼らは意思表示すらない。ただそこにいるだけ。奥さんが右に行けば右に、左に行けば左に。まるで奥さんが身につけている、生きてるアクセサリーか何かだ。
たぶん、家に一人でいても何もできないから、仕方なく連れてこられているんだろうな、と邪推してしまう。家のどこに何があるか分からず、腹が減ってもカップラーメンのお湯の沸かし方すら怪しい。だから、奥さんも置いていけない。犬や猫に「お留守番よろしくね」と言うのと同じ感覚。
長年の「家事は女の仕事」という価値観が生み出した、悲しいモンスター。それが、スーパーを徘徊する「何もしないおじさん」。
せめてカートくらい押せばいいのに。ああ、でもダメか。カートを押したら、自分の意志で進む方向を決めなきゃいけなくなるもんな。それは彼らにとっては、あまりにも高度なミッションなんだろう。
帰りに荷物を持つ役