企画制作:朝日新聞社メディアビジネス局 広告特集
一汁一菜企画
一汁一菜でよいという提案
「もう お料理で苦しむ必要はありません」
文 土井 善晴
時間に追われ忙しい毎日を過ごす現代の私たち。あたりまえに人間を守ってくれていた地球という大前提の変化に脅かされる今。ひとつであるはずの食事の意味は、何が安心して食べられるのか、何を食べるべきか、何を食べたいかという三つの問いに分断され、異なる立場の答えが用意されているのです。日々大量の情報が生まれ消えゆくなか、私たちは何を信じて生きていけばいいのでしょう。はたして、どうすれば自分を守れるのか、心安らぐ暮らしはどうすれば維持できるのでしょうか。
家庭料理という原初の料理を軸にして、料理と生命を追求し続ける料理研究家 土井善晴さん。土井さんは自身が開催する勉強会に集まった若い人たちから「結婚して幸福な家庭を持ちたいけれどお料理したことがない」「子供を自分の手料理で育てたいのにお料理できない」という心配の声を、直に聞いて書いたのが、「一汁一菜でよいという提案」(新潮文庫)だそうです。発売後、一汁一菜で「救われた」「健康になった」「お料理が楽しくなった」「人生が変わった」という人が大勢あらわれて大反響、33万部のベストセラーになりました。近代という時代を振り返り、食事の今と未来について・・・一汁一菜という食事の考え方と可能性を伺いました。
近代の始まりの食生活向上運動
敗戦からの復興「体力を高めよ」とメインディッシュを中心にした(栄養学に基づく)一汁三菜が国を挙げて奨励されました。全国で油を使用する料理指導を展開する「フライパン運動」、テレビという新しいメディアが登場し料理番組では、和食にはなかった肉料理を西洋料理や中国料理から学んだのです。
高度経済成長とは右肩上がりの希望の時代。アメリカのテレビドラマを見て特大の冷蔵庫に憧れ、食卓にはごちそうが並ぶ西洋の豊かな暮らしを、(専業)主婦たちは日本の食卓に実現したのです。聡明な女性はお料理上手だと言われ、「料理」は愛情の度合い・栄養学の知識・人生の姿勢まで計られてしまう万能の指標となっていたのです。後年、特に女性のそんな思い込みが自縄自縛の苦しみとなるのです。
手抜き・時短料理は問題解決にならない
安定成長の時代になって、女性の社会進出が進んでいきますが、家事にとどまらず、子育ても親の面倒も女性がしてあたり前という世間の風潮は変わりません。そこで「これ以上頑張れない」と女性たちは声を上げました。それまで、きちんと料理はすることを美徳としてきた家庭の料理ですが、現実には無理をせず臨機応変にしてきたことが助長され、刺激的な「手抜き料理」という言葉がブームになりました。同時に中食、外食の機会は増え、食べるものはいくらでも売っています。女性が「私は料理しません」とも言える時代にもなったのです。(一方で、男性は「料理ができる」と言える時代になり、この頃から「主夫」という言葉が生まれたのです。)
しかし、それではちっとも問題解決にはなりません。人間は料理する動物、愛情から生まれる料理には人間をよくする力が備わっているのです。料理は、「人間」というものが持つ無意識の女性性(愛情)そのもので、人を料理に向かわせます。料理することで心身のバランスが取れるのです。身体で料理はちゃんとした方がいいと知っているから、しないことに苦しみ、反発してしまうのです。
私たちは安心できるものが食べたい
油脂を使ったカロリーの高い食事に慣れた超うまい「ごちそう」は、マグロのトロや霜降り肉に象徴されます。脂の旨味につながる濃厚なラーメンやカレーライス、餃子も日本人の大好きな国民食なのです。そうした外食的な料理は、忙しい日に、家でそれをつくれないのに、そんなごちそうを日常的に食べたいと思うようになったのです。
でも本当の私たちは安心できるものが食べたいのです。日常の毎日はふつうにおいしいでよいのです。ふつうにおいしいって安心できるものでしょう。それはあたりまえを前提にした季節にあるもの、無理のないもの、身体を傷つけないものなのです。
昔ながらの一汁一菜
一汁一菜は、東アジアの島々にあった土着の文化と、大陸からもたらされた稲作文化が習合して生まれた食事の形です。昔から食べていた一汁一菜は、ご飯(雑穀)、みそ汁、漬物(最小単位としてのおかず)です。毎日繰り返しても食べ飽きるなんてことがないのは、汁飯香のおいしさは自然からのものだからです。自然と人間(体内の自然)が重なり溶け合うような心地よい感覚です。こうしたものをいただいた後、人は思わず「身体がきれいになったような気がする」と言うのです。ご飯は水加減して炊いただけ。みそや漬物は有用菌である微生物のおかげです。一汁一菜のすべてが自然の摂理にあるのです。
みそ汁のすごいところ
①みそ汁は、みそを湯にとけばみそ汁です。古い酒蔵で仕事する杜氏は、手弁当に鉄瓶で沸かした湯でみそを溶いて飲んだそうです。混じりっけを嫌うけじめのついた杜氏のみそ汁です。
②みそ汁は、濃くても、薄くても、熱くても、冷たくてもおいしいのです。だから夏暑いのに、わざわざ温めなおさなくてけっこうです。
③みそ汁の具材は なにを入れてもいいのです。
みそ汁には・・・入れたくないものはあっても・・・入れていけないものはありません。トマトやピーマンなどの洋野菜、ベーコンやソーセージ、ちくわ、バターや牛乳、具材を油で炒めてつくってもいいのです。
④みそ汁は健康の要
健康オタクだったと言われる徳川家康がみそ汁を奨励したように、昔からみそ汁の保健効果はいろいろ言われるところです。しかし、なにより、「みそは体調を整える調和料」だと長崎で被爆者の治療にあたった医師の秋月辰一郎(「体質と食物」より)はいきついたのです。
さあ 具だくさんのみそ汁をつくりましょう
おかずがたくさん並ぶ食卓では、みそ汁の具はごく少なくてけっこうです。いつもの豆腐にわかめ、大根の千六本に油揚げのみそ汁、それはそれでよいのですが、私がお勧めするのは具だくさんのみそ汁。
「具だくさんのみそ汁」は、手間いらず。みそ汁の具が、おかずの一品を兼ねるので、ご飯とみそ汁だけでバランスの取れた食事が完成するのです。
一人分のつくり方:【お椀に一杯の具材と、お椀に一杯のお水をお鍋に入れて一煮立ち、おみそをといて、しばらく馴染ませればできあがり。】
一汁一菜はストレスフリー
料理をする人が「今晩何つくろうか」と考えることは一番のストレスになるのです。だから一汁一菜。まず、なにも考えずにご飯を炊いて、その間に具だくさんのみそ汁をつくればいいのです。お膳(食卓)にご飯とみそ汁と漬物を三角形に並べて箸を真横に置く。きちんと整えることで心は改まります。ここまでがお料理です。
「暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムをつくることだと思います。その柱となることが食事です。一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。」(「一汁一菜でよいという提案」より)
もう一品のおかずは、気持ちに、お金に、時間に余裕のある時に、つくるもの。そうした時につくるおかずは、つくる人にとっても、食べる人にとっても、楽しみでしかありません。
食文化とは、人間の命を守るもの
「料理して食べる」という人間原初の行為は、「人間らしさ」を守ります。一汁一菜という食事の形は、現代に日本の食文化を堅持して、私たちの暮らしを持続可能にするのです。食文化とは家族の命を守るもの。たとえ一人暮らしでも、お料理をして食べることで、自分を大切に守ることができるのです。家庭料理は無償の愛。だからこそ「お料理をするすでに愛している。お料理を食べるすでに愛されている」のです。
「一汁一菜」で私たちの暮らしや地球を取り戻すことができる?
経済成長のための自然破壊や搾取を繰り返したことで、あたりまえにあると思っていた地球環境は崩れ、生命の多様性は失われました。地球の悲鳴をひしひしと肌で感じる今、私たちに何ができるでしょう。
日常を慎ましくすれば心身健康になるでしょ。一人ひとりの身を少しばかり小さくすることで、地球を労わることができるのです。料理をすることは「自立」です。自立とは、自分で判断して決める力です。自分がしっかりして家族を愛することが、地球を守ることになるのです。一人の人間の力は小さくても、小さな力が集まれば、とてつもなく大きな力になるのです。
どうぞ家族のもとに戻って、暮らしに重きを置いてください。一汁一菜で健康になって、笑顔になって、豊かな感性を育めば、それが地球とつながって循環するのです。
料理研究家 土井善晴先生
どい よしはる/ 1957年、大阪府生まれ。料理研究家。十文字学園女子大学特別招聘教授。東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。スイス、フランス、大阪で料理を修業、土井勝料理学校講師を経て、92年に「おいしいもの研究所」を設立。「きょうの料理」(NHK)出演。著書に「一汁一菜でよいという提案」「一汁一菜でよいと至るまで」「料理と利他」(共著)など多数。10月に「ええかげん論」(共著)ミシマ社より発刊予定。