うつ病と闘った3年の日々からの贈り物 3 | 森田ゆり/エンパワメント・センター

森田ゆり/エンパワメント・センター

心と身体のヒーリング、めい想とアロハ・ヒーリング・ヨーガのこと、スピリチュアルな意識のシフト。            
多様性、子どもの虐待、DVなどの専門職研修日米での提供40年から。

 

 

毎朝、一日分だけ摘みに行く
雨の畑は嬉しそう
私も嬉しくpic pic

   

 

   さやえんどう一日分だけpic pic 雨

 

 これ、いちおう、俳句。

「あめあめふれふれかあさんが〜」の童謡を思い起こしてくれると嬉しいのだけれど。

 

 

 もちろん七年前のうつ病の頃は、こんなささやかな喜びを感じることすらなかった。

何しろ喜びや嬉しさなどの「快」の感情が全く動かない。

その一方で「不快」の感情、恐怖と無力感は、ことあるごとに制御できないほど暴れまくり、私を内側から痛めつけた。

鎖骨の下から胸部一帯が痺れている感覚がとれず、内出血起こしているような気がしてならなかった。

そこを押したり手を当てたりしていないではいられなかった。

 

 いい精神科医に出会えないまま一年がすぎ、症状は悪化する一方。それでも仕事は続けていた。

 今度はカウンセラーを探した。ところがすぐに、予測していた問題にぶつかって立ち往生した。

 私の仕事は、カウンセリング分野とオーバーラップする。

 カリフォルニア在住時代の約20年間は、州の保健福祉局の子ども虐待対策室で、その後はカリフォルニア大学で、専門職への研修をする仕事についていた。

 1997年日本に住み始めてからは、研修センターを立ち上げ、行政、企業、民間の研修を続けていた。

 テーマは虐待、DV、いじめ、セクハラなどの被害者とその家族や組織による支援の方法に特化していたが、研修参加者の大半は、精神医療保健や社会福祉教育関係者だった。当然カウンセラーも多い。

 

 認知行動療法がうつ病に効果を持つとは到底思えなかったが、ワラをもつかむ状態だったので、専門書のワークシートなど使って、自分で試みていた。やっぱり自分では無理、誰かにやってもらわなければ、とネットで「うつ病・認知行動療法」と検索して出て来たクリニックで良さそうなところを見つけた。電話で予約をした数日後、「森田ゆり先生。お加減が悪いのでしょうか」とメールがきて仰天した。私の研修を以前、何度か受けたというカウンセラーだった。

 そこに行くわけにはいかなくなってしまった。

 

 2ヶ月後、「関西ではベストのカウンセラーだそうですよ」とスタッフが個人開業しているカウンセラーの連絡先を送って来た。なんと、そのカウンセラーは10年ほど前に、子ども時代のトラウマで私のセラピーを受けに2年ほど通われた人だった。その方が「関西ではベスト」の評判あるカウンセラーになられたことは嬉しいことだったが、立場上、私がその人のクライアントになるわけにはいかなかった。

 

 カウンセラー探しもうまくいかず、ああ、もう私は決してこの病から治ることはないと奈落の底に落ち込んだ。

 ちょっとしたことでも過剰に恐怖、絶望、無力感に陥るのがこの病気の特徴なのだ。

 

 うつを患う当事者の自助グループはないのか、ネットで探しまくったところ関西で一つだけあった。始まったばかりのグループのようだった。会合は趣旨やルールなどがはっきりしないままダラダラと始まり、自己紹介をして終わりになった。

私は自助グループのファシリテーションの仕方なども、自分の研修で教えていたので、会半ばで苛立ちばかり募って、参加しているのが苦痛になった。そもそも自己紹介などしたくなかった。その自助グループには一度きりの参加で終わった。

 

 アルコール依存、性暴力被害、犯罪被害の当事者グループはいくつもあったが、うつ病の当事者グループは他にはなかった。

 ちなみに今は、「うつの家族の会みなと」という当事者による支援団体が活動していて、テレビ電話などでカウンセリングも提供している。他にも今はたくさんあるのかもしれない。

 

 

 回復支援を求め続けて失敗だらけだった私にも、ようやく一条の希望が差し込んだ。

 マインドフルネスの当事者支援グループに出会えたのだ。

 

 当時、つまり10年前の日本は、マインドフルネスという用語を知っている人も珍しかった。

 私は1980年代のサンフランシスコ周辺で、瞑想や仏教思想を実践的に学ぶリトリートに継続的に参加していた。ティク・ナット・ハン師の講演会にも足を運んだ。彼は、今や、グーグルやアップル社などIT企業からもマインドフルネスのグルとして尊敬を集めている仏教僧であり、思想家だ。

 

 うつからの脱却には瞑想、ヨガ、ダンスなどが効果あるに違いないと予想はついていたが、その当時の日本にはマインドフルネスを心理療法に使える支援者は無きに等しかった。

 唯一、大田健次郎氏がIBMを定年退職後、自身のうつ病を座禅で治したことから、うつ・不安障害を治す瞑想療法を開発し実践されていた。その大田氏のお弟子さんが、大阪で当事者グループを開いていたのだ。嬉しかった。久しぶりに顔の筋肉と心が緩んだ。やっと回復への一歩を歩み出せる気がして、毎回熱心に通った。

 

ところが、ところが、その後生活の場をハワイ島に移さざるを得なくなってからも、私の闘病は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

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