250830 消すエントリー #74
August 30th, 2025 20:56・All users
そのうち消します
【250828 木 9:30】
今日も幸せでふしぎな他人を演っている
娘とサマーランドへ向かってる
スマホを見ながら私の肩に首を預けてくる
これは他人の現実だよな明らかに私のような人間の人生ではない
自分らしくない幸せと負荷を背負う事
誰かに慕われ、自分もそれに応えようと思える事
誰かに尽くしたことは忘れる。してもらったことは忘れない
その上で温みはがっつり手に入れる
温(ぬく)い! と断言できる立場になる
誰にも触れられず独りで過ごすのは健康によくないし自分という生ゴミを早く片付けたい欲求を加速させる
誰かに求められ、その求めてくる存在を愛おしいと思えるなら、自分の生にも価値があったのだなと思える
誰かに選ばれた時いつも思うよな。どんだけ他のやつに断られたら自分みたいなやつのとこに回ってくんだよそのチョイス、って
選ぶやつも相当な嫌われ者か酔狂か、あるいは自分から何か絞れると思ってる詐欺師か
けど私は詐欺師でも嫌われ者でも嘘つきでも構わないよ
私に確かな温みをくれる人ならば
温みというものは、それを得られない人間にとっちゃ命を差し出してもいいと思えるくらい価値あるものなんだ
あなたにとって「仕事」とはなんなのかって?
野暮なこと聞くなよ。温みくれる愛する人を護る為のバッファ稼ぎだよ
ホストに貢ぐキャバ嬢の心理と一緒だよ
人は優しさと温み得る為ならいくらでも自分を犠牲にできるし、そういう狂気が横行する愚かなシーンでのみ、大きなお金や責任ってものは動くんだ
ま、なんだ。だから皆もとっとと「他人」を目指せ
弱い自分とはかけ離れた「他者と社会を大好きな強い他人」を演じ切るんだ
プレーンですっぴんのどうしようもない自分を無理に他人に食わせようとするな
【250830金 20:00】
青春フロンティア 最新話更新。届いた荷物のデザインをやってます
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昨日は娘とサマーランド行って遊んでた。新しくできた高波を再現できるプールが面白すぎて親子で笑いまくってた
他にもすごいウォータースライダーがいくつかあるのだが、どれも2時間半待ちみたいな異常な人気なので一度も乗ったことがなく
今年からオープンした高波プールは30分待ちだったので並んで入ったらめちゃくちゃ面白くて自分の中の遊園地プールランキング1位を塗り替えた。行列に並ぶの大嫌いな娘でさえ「30分並んででも遊ぶ価値あるわー」言っていた
サマーランドの遊園地エリアのアトラクションはどれも年季が入っている。一番怖い乗り物は観覧車だ。ゴンドラの至る所に隙間が開いていて風や雨が入り込んでくるし、ちょっと体を動かすとゴンドラがギシギシ揺れる
スイングする海賊船も他の遊園地と比べて旧式(たぶん90年代に作られて以降大して改修されていない)な上、初速が1.5倍くらい早い。面白いのはどのアトラクションも軽く上着羽織った程度で水着のまま乗ることが黙認されていることだ(遊園地エリアでは服を着てくださいと注意書きがあるが実質護られてはいない)
なにもかもテキトーでいい加減に遊べる感じがいい
今年の夏も最後にいい思い出が作れてよかった
コミケも鬼滅の映画も楽しかったし
夏って、一緒に遊んでくれる人がいるとこんなにも楽しいものなんだな
妻が存命だった頃は彼女の身体が弱かったので夏は基本的に家で静かに過ごしていた(私はそれ以外の時間は会社で働いていた)
けど、娘とプールに行くようになってからは1年の内で最も楽しい季節になった
つくづく、夏というものは「リア充用の季節」なんだな、と―
できるなら20年早く味わいたかったもんだ。この充足感を
【250830土 20:00】
記録残していかないと何もかも忘れて時間感覚自体が消える
娘といっしょにいると娘がリアルタイムで「今」を処理しているのがよくわかる
自分くらいの歳になると単調な刺激しか入力されない状況続くと「過去回想」始まるんだよな。それだけで40時間とか余裕で潰せる
10時間くらいの虚無なんてどうとでもなる。なんか地下鍾乳洞の肩幅ギリギリの下り坂の穴の奥深くでアタマに血が登るような体勢でギチギチに詰まってる的なシチュじゃない限りさ
娘はしょっちゅう「暇!」という
私は「だから?」と返す
結論はいつも「だからなんか買いに行きたい」「遊びに行きたい」である
思い出ガム噛むのが趣味の人じゃなければ大人だって同じなんだよな
子供は一人で何処かへ行って自己責任でお金使える自由がない
親が株取引かYouTuberでもやらせていれば「自由になるお金がある小学生」も、あるいはいるだろうけどな
なので友達と遊んでいる時間以外は親に「なんかちょうだい」「どこか連れてって」と言うしかない
「4km先の井戸の水汲んでこい」的ミッションも「下の子の子守」的タスクもないしな、我々が住んでいる都市社会には
私が今の記憶維持して娘の年齢に戻れた(タイムリープできた)ら何をするかいつも考える
転生だとダメだ。もう新しいこと覚えるのも新しい人間関係作るのも面倒くさすぎて
「前回失敗したとこを訂正していく」ならアリなんだがこれも多少問題あって進学先や就職先が変わると「転生したのと似たような初体験」が増えてしまって面倒くさい
ああっ、面倒くせえな、って妄想の中ですら疲れてる
精神の衰えだよこれは
いや、違うか。やるとなったらある程度他人を説得できるレベルのクオリティ出さなきゃやった事にならないという自身のハードル設定の高さがこのウンザリを生んでいる
毎日元気に何かやってる人を観ると「自分だったらもっとクオリティ高くやるなー。それじゃ毎日やったとこで積み上げが雀の涙(=小数点以下)だし端数切り捨てでゼロになっちまう」って思ってる
私だって、私よりサボリ魔の人々からはそう思われているのを理解している
よくそんな利益に繋がらないわけわかんない事毎日やってんね、って
うん、マジにそう。やめたいよ正直
いや、ごめん嘘。やめたいと思った時にはもう「やめちまってる」から思う必要がねーんだ
俺達ギャングはな....
なにかしら「今日も生きていました」という「記録」を残してゆく
それだけが私がここにいた証明
【250831日 11:55 人生は◯◯◯ケ】
※シングルカット候補
起き
「FANBOX続けるのがしんどい」と言ってる人ぽつぽつ見かけるんだけど、ネットでなんか発信してるくせに「まだそこ」にいられんの凄くねぇ? って思う
これ「カラオケ」っすよ、カラオケ。好きな曲を好き勝手唄ってりゃいいんです
カラオケ唄ってる時の「自分らしさ」なんてどうだっていいでしょ
とりあえず「あ、そこそこいい感じに唱えてんな、気持ちいいな」って思えりゃ周りも「彼 / 彼女は気持ちよさそうに唄ってんな。さて、次何の曲入れるかな」としか思わない
なんか周りにおもねって巧く唄おうとか、古い曲唄うと流れを寸断しちゃうから最近聴いた新しいやつ唄わなきゃ... とか考えすぎると焦ってなんも唱えなくなる
オールでやるカラオケは最終的に「学生の頃好きだった歌」を好き勝手唄って終わることになる
歌唱力魅せつけてカッコつけたいなら(仕込みなりなんなり)相当頑張らなきゃいけないけど、ダラっと楽しく気持ちよく唄うぶんにはほとんどの人が「素の自分」を居直って自然体で楽しめる
あ、ところで東南アジアだとカラオケは性的サービス伴うお店のことなんで、気軽にそのワード出すとマズイです....(カラオケをしながらそういう事をするお店らしい。トルコ政府が風評被害だと言っていたトルコ風呂の逆バージョンですね...)
「んー? 全然違くないすか? カラオケは参加者がお金払ってお酒飲んで皆で楽しむもので、FANBOXは一人の人間がホスト努めて客がそれにお金払ってサービスを受けるものなんだから責任のレベルが全然違うでしょ」という意見にはイエス
けどね、YouTuberなりVTuberもそうだけど「どんだけ観客に許されるか」がポイントだと思うんです結局は
エンターテイメントと水商売は「無益さ / 無為さに価値を感じさせる技術」によって成り立つものというのが私の持論です
ロマンの正体は「無駄」です
ロマンティストは人の役に立ったら「敗け」なんです
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【12:20】
私は他者との親密度は「どれだけ同じ箱や枠組みの中で一緒に過ごしたか」によって決まると考えております
これは皆さんと共に閉じこもって過ごす「ハコ」
FANBOXも、Discordも、ネット上のありとあらゆるセミ・クローズドな枠組みもすべてそう
当然ゲームだってそうです
「ハコ」や「枠」の中で同じ時間を過ごしたという実感に、人は愛着と納得と満足を感じる生き物なんです
そしてあらゆる知識 / 技術 / 思想はそのハコと枠の中で自分を「より魅力的に見せかける為のツール」に過ぎません
最終的にハコの中にタダで居られて、周りから許されながら生きていられれば人は100%幸せに生きられるんです
つまり誰かのハコに間借りして生きるのではなく、自分で自分のハコを作って運用すれば自ずとものごとはうまく回ってゆく
FANBOXはpixiv社が作ったハコだから利用料をpixivに支払う必要がありますけどね
だから厳密にはここも借家
・
あ、正直全然ピンと来ないし「またお為ごかし言って満悦してら この人」って思っているでしょう
その感覚、正しいです。私も今読み返したら「なんだこりゃ」って思いましたもん
何がカラオケだよ、と
「今の私のこの "寄る辺のなさ" や "不安感" に対する共感や歩み寄りが1ミリもない 突き放したような冷たい文章だし、最悪だ」と―
うん。そう。まさにそこがポイントですよ(は?)
要するに「ああ... この人 私の弱さに全然寄り添ってくれない "私とは全然別のタイプ" の人なんだ」って思わせてくる人。意識的に「それ(=素の自分と全然違うタイプ)」になることこそが「カラオケの本質」だって言ってるんですよ
カラオケに参加して「虚しさ」感じる人は、他のあらゆる状況においても(カラオケが好きな人と比べて)「疎外感」感じるタイプの人だと思うんですよね
カラオケはめちゃくちゃ音痴でもヘタでも「楽しく唄えていること」こそが正義なので、一度その扉開けちゃえば拙い発信行為や恥ずかしさへのおもねりも軽くなると私は考えております
カラオケが嫌いな私はFANBOXの記事更新が億劫で億劫で仕方ないという確信があります
ああ、次何の曲唄おう? どれくらいの再現度で唄おう? ああ、こんなにしんどいのに割り勘(使用料は均等)だなんてしんどすぎる.... と、"唱えない私" は思っている
人が "応援したくなる人" とはどんな人か
それは「今を全力で愉しんでいる人」です
つづく
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