自宅に封筒「示談金払うか裁判か」 アダルト動画を違法ダウンロード

米田優人

 始まりは、一通の封筒だった。

 昨年6月、神奈川県内に住む会社員の40代男性の自宅に封書が届いた。差出人は、男性が契約するインターネットのプロバイダー。「意見照会」という文書が入っていた。

 読み進めるうち、恐怖を覚えた。

 「アダルト動画の制作会社が、あなたの違法なダウンロードで著作権を侵害されたとして、あなたの名前や住所の開示を求めて裁判所に申し立てた。プロバイダーとして、あなたの情報を開示していいか」――。そんな趣旨が書かれており、男性がダウンロードした動画1本の作品名も記されていた。

「自業自得だが…」妻にも相談できず

 確かに、自宅のパソコンで動画をダウンロードしたことがあった。ファイル共有ソフト「ビットトレント」を7、8年前から使っていた。

 ビットトレントの利用者は数万人とされ、大容量のデータを手軽に送受信できるのが特徴だ。だが、映画やゲームなどのデータのダウンロードは、著作権侵害に問われる可能性がある。

 男性は著作権の仕組みを理解せず、安易にダウンロードしてしまったという。「誰にも知られたくない」と思い、プロバイダーに「開示しない」と返信した。妻にも相談できなかった。

 今年5月、再びプロバイダーから封書が届いた。裁判所から情報の開示命令が出たため、制作会社に男性の個人情報を渡した、と書かれていた。

 次に届いた封書は、制作会社側からだった。動画1本で44万円の示談金の支払いを求める内容で、支払わない場合は刑事告訴をすることや損害賠償訴訟を起こすことを検討するという。

 男性は現在、示談金の額を下げられないか、制作会社と弁護士を通じて交渉中だ。男性は「自業自得だが、今後どうなるのか不安だ」とうなだれた。

 制作会社側にも取材を申し込んだが、期日までに回答はなかった。

弁護士に相談「1千人以上」

 男性の代理人を務める笹浪靖史弁護士は「悪意なく動画をダウンロードしたユーザーが、著作権侵害で示談金を請求されるケースが後を絶たない」と話す。

 同様の相談をここ数年で、1千人以上から受けたという。

 国民生活センターへの相談も近年、増加傾向だ。今年7月には、ファイル共有ソフトの安易な利用を控えるよう求めた。複数のインターネットプロバイダーも、ウェブサイトで同様の注意を呼びかけている。

 アダルト動画の制作会社が権利侵害者の情報開示を求める申し立ては、実際に急増している。

 東京地裁によると、著作権などを扱う「知財部」への発信者情報開示命令の申し立ては、2024年度に2454件あった。

 ベテラン裁判官は「このうち大半が、ビットトレント利用による著作権侵害を主張する事案だ」と打ち明ける。

高額な示談金請求も

 その背景について、情報法が専門の明治大法学部の丸橋透教授は「制作会社が、調査会社に依頼するなどして監視を強めている」とみる。

 ただ、示談金の額について丸橋教授は「裁判で認められる相場は1本数万円程度。だが、権利侵害の程度と比較してかなり高額な示談金を請求されるケースがあり、家族に知られることなどを回避したいというユーザー側の心情を利用している」と指摘する。権利侵害をしたユーザーの行為は違法だとしたうえで、「拙速な示談をしないように弁護士らに相談する自衛策が必要だ」と話している。

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この記事を書いた人
米田優人
東京社会部|最高裁
専門・関心分野
司法、刑事政策、消費者問題、独禁法
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    小西美穂
    (関西学院大学総合政策学部特別客員教授)
    2025年8月31日13時43分 投稿
    【視点】

    「誰も見ていない」「バレない」と思っていた行為が、実は監視、追跡されていた…。ネット時代の落とし穴を感じました。一通の封筒から始まり、動画1本で44万円もの請求に発展していく過程から、当事者の不安が伝わってきます。違法ダウンロードは確かに問題です。しかし、裁判での相場が「数万円程度」なのに44万円とは、家族に知られたくない心理につけこんだ過度な請求と感じます。年間2454件という申し立て件数の多さにも驚きました。もはや個人の問題にとどまらず、社会現象といえるでしょう。根底には著作権に対する理解不足があり、記事はデジタル時代の法的リテラシーの重要性も物語っています。議論と啓発がより必要ではないでしょうか。

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    上西充子
    (法政大学教授)
    2025年8月31日14時45分 投稿
    【視点】

     違法なことに手を出すとこんなことになるので気をつけましょう、で終わる記事ではなく、弁護士に相談するという道を示しているところに好感を持ちました。  違法なことをやってしまった、あるいは、面倒なことに巻き込まれてしまった、というとき、どうしたらよいかわらかず、一人で抱え込んでしまいがちだと思うのですが、トラブル対処の専門家である弁護士に相談してみる、というのは有効な方策でしょう。  この記事でも、この男性が請求された44万円は相場からみて過大であることが示されていますが、そういう判断は同様の事例に詳しい弁護士だからこそできることで、初めてトラブルに直面した個人にはわからないことです。弁護士に相談することによって、専門的なアドバイスを得ながら、相応の責任を適切に果たすことができる――そういう知見が得られる記事です。

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