ある魔法少女について ⑧
「えーっと……何の話、かな?」
「とぼけないで」
背後を取られ、首にナイフを当てられたこの状況、こちらから成す術は一切ない。
黙って両手を上げて降参の構えだ、いつもなら少しでも隙があれば変身も出来るのだが……
《マスター、動かない方が良いです。 錠剤使って変身する暇は一切ないですよ》
今の俺が変身するための錠剤は、ズボンのポケットに突っ込んだままだ。
幸いまだ気づかれていないが、魔女の錠剤に気付かれたら終わりだ。
「質問を繰り返す。 あなたは何者?」
「……ただのホームレス小学生だよ、それ以上でも以下でもない」
「なぜ、橋の下に?」
「…………親と離別してさ」
嘘は言っていない、ヴィーラと出会う直前に俺は母さんたちと分かれてここにいる。
ある程度事実を交えた言葉だったからだろうか、あまり動揺や緊張も出ずにすんなりと言葉が出て来た。
「両親と、何があったの?」
「色々あったんだよ、聞くなよ」
「…………」
こちらを脅しつける圧倒的優位に立っているというのに、パニオットはそれ以上踏み込みはしなかった。
元から同じような問題を抱えた子供たちが集まったのがヴィーラが抱えるグループだ、思う所があったのかもしれない。
「……忘れられたんだよ、母親に。 心の病気でね、多分俺の名前は一生思い出してもらえない」
「…………だから、逃げたの?」
「ご想像にお任せするよ、どのみち今の俺には帰る場所がない。 ここも追い出されたらまた野宿するだけだ」
僅かな逡巡――――そして、パニオットのナイフが首筋から離れた。
疑いは晴れた、のだろうか。
「……私達は、ヴィーラに恩がある」
「ああ、だろうな」
「だから、ヴィーラを裏切るような真似は許さない。 その時は私があなたを殺す」
「…………」
振り返り、パニオットと視線が合う。 その瞳は酷く真剣だった。
ナイフ自体は首元から離れたが、それでも返答を間違えれば俺の首は胴体と離れる事になる。
「ああ、ヴィーラを悲しませるような真似はしない。 誓うよ」
「……疑って申し訳ない真似をした、許してほしい」
そこでようやく疑いが晴れたのだろう、パニオットが変身を解いて頭を下げる。
それは魔法も何も関わっていない、何の確約も無い口約束に過ぎない。 それでも彼女には十分だったのだろう。
……だが、大人は卑怯なものだ。 俺はこの先、きっと彼女と交わした約束を破る事になるのだから。
――――――――…………
――――……
――…
「やっほー、箒! よく眠れ……ん? ちょっちお疲れさん?」
「んー……ちょっと色々あってな」
パニオットに抱えられ、ヴィーラの家まで戻って来たのは結局朝の8時になってしまった。
今日は平日のはずだが、学校は良いのだろうか……いや、俺も見た目通りならサボりになるわけだからあまり強くは言えないが。
「んー、パニオットがなんかした?」
「なにかって……まさか、同じような事を俺以外にもやってたのか?」
「ん、最初に脅しとけば半端な心意気の奴は入ってこないだろうってさ。 止めろっつってんだけどねー、ケガしなかった?」
「いやまあ、俺はなんともないけどさ……」
首に当てられたナイフの冷たさは今でも思い出せるが、薄皮一枚切れた程度だ。
ほぼケガのうちに入らない。 それに当人のパニオットも後ろで肩をすくめて反省中だ、今回に関しては不問にしておこう。
「けど俺だからいいものの万が一大事に繋がってからじゃ遅いからな、次からはしっかり注意しといてくれ」
「自分は良いって肝すわってんねー、箒。 わかった、パニパニも今の聞いてたっしょー?」
「……次回から、気を付ける」
「もう次やったら絶交だかんね。 そんで箒は何もってんのそれ?」
「ん、食材だよ。 昨日言ったろ」
ここに来る途中、早朝から開いてる業務スーパーを探して買ってきた食材だ。
本当に調味料から何まで揃え直しだから量がかさばったが、これでそれなりの献立は組み立てられる。
「マ? 昨日言ってたの本当だったの? ヤッバ、箒っていいお嫁さんになれるよマジで」
「ほっとけ、手伝うんだよお前も! ほら、パニオットも」
「…………私も?」
「他に誰がいるんだよ、プラ包丁も人数分買ってきたから簡単なのから覚えろ。 コンビニばっかの食生活じゃ駄目だ」
「面白そうじゃん! ほらほら、一緒にやろうよパニパニー」
「わ、私は……ちょ、腕……引っ張らな……!」
ヴィーラと協力し、遠慮するパニオットを強引に家の中へと引きずり込む。
ヴィーラはともかくパニオットの家庭事情は分からないが、まあ家事は身につ活けておいて損はない。
「いいか、料理は1に衛生、2に衛生だ。 ハンドソープも買ってきたから徹底的に洗浄! そして飯を食ったら掃除の続きだ!」
「は、はーい……パニパニ、飯食べたら一緒に抜け出さね?」
「あのスゴ味を前にすると……逃げると後が怖い」
「聞こえてんだよなぁそこなァ?」
こそこそと算段する2人を睨みつけ、ビニール袋の中から2人分のプラスチック包丁を取り出す。
アオが愛用しているものと同じメーカーだ、性能については信頼できる。
「ひゃー怖い。 箒ってさ、元ヤンキーだったりする?」
「ガラが悪い、とても悪い」
「うっせ、生まれつきだよ!」
渋々と文句を垂れながらもハンドソープで両手を洗う2人、二人の腕前は分からないがこちらの指示には従ってくれそうだ。
既に時刻は8時過ぎ、あまりこだわったものも作れない。 朝は総菜も合わせて簡単に栄養バランスを補うもので賄おう。
「そういえばさ、呼んだら来るかな?」
「分からない、いつも付き合いは悪いから……」
「ん? 誰の話してるんだ、あと1人2人ぐらいなら増えても問題ないぞ」
「どっちが家主だって話だし……まーね、朝飯食べてんのかって心配な奴がいるんだよね」
「……トワイライト、私たちの仲間の1人」
唐突に2人が告げた名前は、俺が今一番会いたい奴の名前だった。