ある魔法少女について ⑦
「……繋がらないですね」
「オノーレ、電源を切るとは生意気な真似をするものだヨ」
定期的なコール音を鳴らす携帯はいつまでたっても繋がらない。
窓の外に見える空はとっぷりと黒く染まっている、時間が時間なのですでに眠ってしまったのだろうか。
……いや、その場合は“どこで”寝泊まりしているのかが大変な問題となる。
「コルト、やはりあなたが無理強いするから嫌がって出て行ったのではないですか?」
「そ、そんな事はないヨ!? ただ……まあ、うちには衝動買いした服がたくさんあるわけだから……ねえ?」
「そ、それが駄目なんじゃないかなぁ……?」
バツが悪そうに視線を背けるコルトを睨み、これから先も繋がらないであろう携帯をしまう。
今日は夜も遅い、ブルームスターも疲労がたまっているだろうから明日掛け直そう。
「あら、3人とも。 帰ってきてたのね」
「むっ、縁さん。 おつかれs……いや、本当お疲れですね」
「うふふぁはぁ……わかるぅ?」
最近治ったばかりの自動扉をぬるりと抜けて現れたのは縁さん……たぶん、縁さんだと思われる人物だ。
いつもの5割増しで髪の毛はぼさぼさ、目の下にはどす黒いクマが刻まれ、クシャクシャの白衣や丸まった猫背と相成りさながらゾンビのようだ。
昨日の祭り会場で起きた事件からもしや今の今まで働き詰め……?
「うふふふふ、現場の事後処理にぃ、被害報告の取りまとめにぃ、クーロンちゃんのメディカルチェック、更に倉庫での被害報告も受けて仕事量は倍率ドン……人材不足っていやぁになるわねぇ……」
「かける言葉も見つからないヨ……」
「ろ、労働基準法は……大丈夫……?」
「私が仕事しなくなったらこの魔法局は終わりよ、詩織ちゃん。 平時ならともかく魔女騒動で混沌としている今はパンク間違いなし」
「コーヒーでも淹れてきましょうか……」
子供の私たちが口を挟めるような内容ではなく、居たたまれなく部屋の隅にあるコーヒーサーバーの方へと避難する。
サーバーの隣には紙コップ・ミルク・砂糖のストックが置いてあるが、在庫の量が怪しい。
ここを頻繁に使い、なおかつミルク類の消費が激しいのは局長だけだ。 いつも残りが少なくなってきたら補充するようにといっているのに。
「……そういえば、局長はどこに行ったんですか? あの人にも承認が必要な書類を任せれば少しは縁さんの負担も減りそうですけど」
「んー、それが入れ違いになったのかどこにもいないの。 手伝ってくれたら1割ぐらいは負担も減るんだけど」
「むしろ1割しか仕事任せられないのかヨ、局長の存在意義って……」
「まあ文句は後でたっぷり言わせてもらうけど、どこに行ったのかしらねえこんな時に」
手ごろな椅子に腰かけて、縁さんが本日一番の溜息を零す。
「……アンサーちゃん達の居場所も徹底的に隠しているみたいだし、何か変な事でも考えてないと良いけど」
――――――――…………
――――……
――…
《……マスター、朝ですよ。 起きてくださーい》
「ん……うん!? 7時!? 不味い、朝の仕込みが!」
《寝ぼけてますね、今の状況ちゃんとわかってますか?》
「…………あっ」
ハクに窘められ、改めて自分の手を確認する。
小さくふにふにした腕は頼りなく、それでも自分がいまだ子供のままの姿である現実を突きつけてくる。
時間経過による魔法の解除を淡く期待していたが、2日目ともなるとその希望も大分薄れて来た。
《こうなると戻った時に感覚がズレて大変そうですね、この身体とも長い付き合いになりそうですし》
「嫌な事を言うな、その前に何とかしないとな……」
年季の入った布団を剥ぎ、改めて周囲を見渡す。
……パニオットに連れてこられたアジト、そこは町はずれの廃ビルにある地下倉庫だった。
元はコンクリで埋め立てられていたのであろうこの倉庫は、何らかの魔法で掘り起こされのか根っこがはい回った様な形跡が壁に刻まれている。
なるほど、あるはずのない存在なら見つかりにくいのも道理だ。 拠点もここだけではなく幾つか備えもあるのだろう。
「はぁー、顔洗……えるのか?」
《水道は生きてるみたいですよ、どこからか引っ張ったのか知りませんけどそれなりの設備が整っています》
ハクが言う通り、小さな倉庫には水回りから冷蔵庫、タンスに入った着替え一式に電気や空調まで整っている。
ちょっとした生活空間だ、贅沢を言わなければこの地下に1週間ぐらいは籠っていられる。
《ちゃっちゃと身だしなみ整えてください、今は女の子なんですから怪しまれない程度の事はしましょう。 ほらほらパニオットちゃんが迎えに来ちゃいますよ》
「はいはい、分かってますよっと」
言われた通り身だしなみを整えていると、タイミングよく地上に続く階段からこつこつと足音が聞こえて来た。
そして倉庫を隔てる鉄扉を2回、3回、2回とノック。 昨日の夜にパニオットが話していた合図だ、彼女で間違いない。
「どうぞ、こっちは準備出来てるよ」
「……失礼する」
招き入れると、パニオットは昨日とは違い魔法少女に変身した状態だった。
しかしその人数は1人だ、魔法は使っていないらしい。
「……って、何で変身してんだ?」
「ここまで来るのに変身した方が移動が早い、それより支度は?」
「ああ、出来てるよ。 さあて昨日の掃除の続き……と朝飯の用意も必要かな」
自分の空腹とヴィーラの家の冷蔵庫事情を思い出す。
確か昨日、ヴィーラがコンビに買ってきた総菜の余りもあるがあまり健康的ではないメニューだ、出来れば途中で食材を買って向こうで調理したいが。
「……朝食? それならこのアジトにも使えるものがあるかも、冷蔵庫を見て」
「んー? 昨日見た限りじゃカップ麺が殆どだったけど……」
パニオットに指を指され、冷蔵庫がある方へ振りむいた……次の瞬間、背筋に悪寒が走った。
「しまった」と後悔するよりも早く、俺の首筋にはパニオットの杖が当てられていた。
「……パニオット、これは?」
「凶器を当てられて、動揺もしない。 やはりただの子供にしては不自然」
首当てられたナイフの冷たい感触が僅かに力強くなる、更にもう少しだけ力を込めれば容易く俺の頸動脈は切り裂かれる。
「―――――ヴィーラは気を許していたけど、私は解せない。 あなた、何者?」
祭りの日から二日目、早朝一発目から俺は命の危機に瀕していた。